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 「君が使っているそのボート、当社の所有物だということを知っているかね」

 男は銃口を向けたまま、ゆっくりした口調で言った。まったく姿勢を動かさず、マスクの口元だけがわずかに動いた。

 ボートの横腹には『慶城湖観光開発』の文字がある。かつて管理棟の脇にあったものだが、対岸のこの場所に移動させた。

 私が勝手にやったことだが、たかだかボートを無断使用した程度で、拳銃を向けるこの男はいったい何者なのだと訝しむ。

 そもそも拳銃が本物だとすれば、所持している時点でボートの無断使用以上の犯罪だ。

 「私は慶城湖観光開発の楢崎という者だ。この湖周辺の施設や別荘地の所有権が、昨年より100%我が社に移譲されてから定期的に巡視をしている」

 楢崎と名乗った男は淡々と説明したが、一見紳士風に見える風貌の裏に、危険な別の顔を持っているように見える。自然体で立っているが、雰囲気に1ミリの隙もなさそうだ。

 「深夜、バリケードを撤去して立入禁止路線に侵入した車両を発見したので、追跡してみるとこの車両が停まっていた」

 楢崎は藪道の軽バンの方へ少し顔を向けた。

 「私が見たままのことを話そう」

 少し逡巡したような表情を作ってから話しはじめた。

「…隠してあったボートを藪から出すと、両手両足を拘束した男性と思しき人物を車両から降ろし、ボートに乗せると沖へ漕いでいった。そしてボート上で相手を刃物で刺殺してから、遺体に重りのようなものを固縛し、水中に沈めた。…違うかね」

 楢崎は一部始終を見ていた。そして論理的に言い終えると、サングラスの下に少し透けて見える眼が異常に鋭くなった。まるで爬虫類の眼のようだ。

 私は黙ったまま、爬虫類の眼を見据える。今まで遭遇したことのない別世界の人間、そんな印象だ。

 楢崎はわざとのように、少し間を置いた。

 「まさか目の前で、殺人行為が行われるとは思ってなかったので正直驚いたよ。…そしてその危険な殺人者に対峙するのだから、護身用に携帯しているモデルガンを向けさせてもらったよ」

 そう言うと、右手のリボルバーに目を落とし、弾倉シリンダーをカラカラ回した。

 私にはそれがモデルガンとは思えなかった。黒光りする銃身は見るからに重厚そうで、もし手を出したら即座にズドンと来そうだ。


 「好まざることだが、私の目の前で殺人事件が起こり、そして容疑者が目の前にいる。…仕方ないが、この状況を警察に通報することが、善良な市民としての義務であり当然のことだろう」

 楢崎は抑揚のない声で淡々と言った。

 私は窮地に追い込まれた、絶体絶命だ。と同時に切り抜けるすべを考えた。『こうなったら一人も二人も同じだ』

 もう一度尻ポケットに手を回し、素早くPPKを抜く。しかし構える前に手は止まる。

 『カチャリ』という音と同時に、楢崎は両手で構え、すでに撃鉄ハンマーは起こされていた。PPKはチャチだが本物だ、楢崎は、構えているリボルバーはモデルガンだと言った。

 しかし私は動かなかった、いや動けなかった。楢崎から発する得体の知れない不気味な『気』が、鋭利なナイフのように神経を突き刺してくる。


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