20
仰向けに倒れた勇市の刃傷から盛り上がるように血が溢れ、体をつたい床のすのこを真っ赤に染めた。船底には血だまりができはじめている。
勇市は死の痙攣をはじめ、金魚のように口をパクパクさせていたがやがて止まり、目と口を開けたまま死んだ。
私は首に絡んでいる麻ロープの輪を解き、引き抜くと4個の重りの穴にロープを通す。勇市の腰を持ち上げ、重りの付いたロープを体に縛りつけた。
足首を持ち上げて腰のあたりをボートの縁に預けると、後頭部を抱えて背中も縁に載せる。片手で押すと、勇市の体は反転して湖面に落ちた。ウエイトとともに暗い水中に沈んでいく、わずかに水泡が上がってきた。
私は血まみれの合羽を脱ぐと床に放り、オールを握ると岸へと漕ぎ出した。
《現在の慶城湖に戻る》
日が落ちた松林の湖畔、私は椿本と向かい合っている。
「勇市さんが失踪したって聞いた時、正直嬉しかったよな。俺たちみんな。…ずっと行方不明のままならいいなと思ったよ。献金地獄から解放されるからな。…で、実際そうなった」
椿本は枯れ葉の上にタバコを落とし、足で踏み潰した。
「当時は、町側の誰かがプロを雇って連れ去ったのかとか誰もが考えたよ。レジャー人気が落ちて収入が減ってる時に、昔の失踪事件をほじくり返された上、真実を暴いたら懸賞金なんてやられたら、町の信用にも関わるし、万が一住民の血判書なんて出てきたら警察沙汰だしな」
一度下を向いてから、顔を上げて私と目を合わす。
「でもそれはおかしいと気づいたよ。…実際に町を牛耳ってるのは藤松だし、歴代の町長はみんな藤松の息のかかった連中だ。そんな状況でプロを雇って、藤松の跡取り息子を連れ去るなんてことはあり得ねえだろう。…これは昔の失踪事件の騒動に乗っかった、無関係な人間の仕業じゃねえかと俺は思いはじめた」
薄暗がりの中で、椿本は唇を歪める。
「こないだのテレビで言ったように、俺は5年前から人探しや探偵稼業もやっててな。…その業界はとにかく、情報屋が集めた情報というヤツが氾濫している。ヤツらもそれで食ってるわけだから出まかせやガセネタなんかは流せない、信用を失くして干されちまうしな。…とにかくアンテナを張ってるとあらゆる分野の有益な話が舞い込むのさ」
椿本はポケットからタバコを出して火を点けた。
「ある時、解体屋に積んであった廃車の中から、高価なプラチナのリングが出てきたって情報が入った。俺は妙な胸騒ぎがしたんですぐさま飛びついた。…解体屋でそれを見た時、勇市さんがいつも小指にはめていた細いリングだと気づいたよ。解体屋に聞くと、白い軽バンの荷台のビニールマットの下から出てきたんだと」
そう言うと、うまそうに煙を吐き出した。
「ビニールマットに不自然な膨らみがあったんで、なにげなく剥いでみたらリングが出てきたんだと。…俺はそのバンの履歴を調べてみたよ。そしたら勇市さんが失踪した当時、バンを使っていたのがお前だと判明したよ」
椿本は半笑いの声で言った。
「それだけじゃねえ、徹底的に調べたら毛髪が数本見つかってね。…専門の業者に高い金を払って調べてもらったら、勇市さんの毛髪の可能性が極めて高いって言われたよ」
そう言うとクックッと笑ったが、私は黙ったままだった。




