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 藪道の先はまだだいぶ奥まであるが、その先で実際に道路が崩れているのであろう、『この先 路肩崩落」と『車両通行止め』の工事看板が立っていた。

 私はそこまで歩き、看板の足元に載っている転倒防止用ウエイトを拝借する。5キロほどの鋳物の重りを4個を携え、ボートの足元に並べる。

 

 軽バンのリアゲートを開けると、勇市は手足の束縛を解こうともがいていた。床のビニールマットの一部が破れて浮いている。後ろ手を必死に使って剥いだのだろう。

 私は後ろ窓の横桟に掛けてある雨合羽を肩に掛けると、勇市の背中を叩く。ビクッとなり一層早くうごめくが、構わずに太い腹回りに腕を回して勇市を持ち上げる。たぶん80キロはあると思うが、大した重量ではない。全身をくねらしているが手足を縛っているので気にもならなかった。

 湖面までの傾斜を降りると、ボートの床のすのこの上に放りだした。勇市は座面の段差に頭をぶつける。

 自分も乗り込むと立ち木のもやいを解いて岸から離れた。2本のオールを漕いで沖の方へと進む。月明りもないが目は暗闇にすっかり慣れていたので、遠くの山林の輪郭は見えた。

 慶城湖はダム湖なので、沖に行くと水深はかなり深い。竣工当時のデータでは30メートルと聞いたが、現在は堆積物などで少しは浅くなっているかもしれない。

 

 おおよそ湖の中央まで来ると、マグライトを点けて足元に置いた。横になっている勇市の襟首をつかみ、真ん中の箱のような席に座らせた。目隠しのガムテープを剥ぐ。

 勇市は苦痛に顔をしかめたあと、媚びるような眼差しとともに猿ぐつわの下で必死に訴えの唸り声を発していた。私はナイフの先でロープを切ってやると、汚れた下着を吐きだした。しばらく咳き込んだあと口を開く。

 「立花、殺さねえでくれよ…さっきの銭や他のものも全部おめえにくれてやるからよ」

 勇市は息を切らしながら、懐柔の言葉を探していた。私は無言で勇市のすがるような目を見据える。

 「…そうだ、これからは俺のすぐ下で楽な思いさせてやるからよ…シャブの胴元を任せてやってもいい。献金の3割はおめえにやるしよ」

 黙っている私に脈ありと感じたのか、勇市は早口でまくしたてた。

 「…女だって自由にしていいんだぜ。それも上等なヤツだ。ゴミ箱に捨てた、あんな程度の悪いバカなスケどもじゃねえぞ。街からうんといいのをいくらでも連れてこれるからよ」

 …地下のふたつの亡骸、赤いふたつの発光体、ミラー越しに見えた青白い寂しげなふたつの影。その瞬間、私の脳裏で全部がつながった。砕けそうになるほど奥歯を嚙み締める。

 

 立ち上がると雨合羽を羽織る、勇市は私を見上げながら慌てて、「それから…」と早口でなにか喚いているが、私の耳にはもうなにも入ってこない。

 丈が長めの白い合羽、雨や雪の日はこれを着て保線仕事だ。土砂降りだろうと真冬の吹雪の中だろうと、一心不乱にハンマーを振る。この能なしには藤松興産傘下の会社に、そういう仕事があるということも知るまい。

 私は蔑みの目で見下ろし、口の止まらない勇市の頬に平手をくらわすと、凍りついたように押し黙った。ヤツから奪ったサバイバルナイフの刃を上向きに構えた。左手で勇市の頭髪をつかみ立ち上がらせる。

 「ま、待ってくれ!…まだ全部話してねえだろ!…おめえはいづれ藤松のいいところに世話するつもりなんだよ!」

 勇市は血走るまなこを見開き、精一杯後ろにのけ反る。

 「…天誅だ」

 私は勇市の耳に口を寄せると、間髪入れずにナイフを突き立てた。

 「おうっっ!」

 勇市は呻く。鋭利な刃は鳩尾の下に吸い込まれ、一気に柄まで到達する。

 「があああ…」

 勇市の吐息に合わせて刃を上に抉りあげ、内臓の内部をズタズタに切断する。柄を両手で持ち替え全身を押し付けて、勇市を押し倒す。その弾みでナイフは傷口から抜ける。同時に血が刃形に噴き出し、私は顔から白い合羽まで血の噴水を浴びた。勇市はスローモーションのようにボートの床に倒れた。

 顔にぶっかかった温かい血のシャワーを合羽の袖で拭ったが、鉄サビのような生臭さは鼻についた。

 


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