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 勇市の部屋は寒いぐらいに冷房が効いていた。部屋の入口で息を殺していると、常夜灯の薄明りにも目が慣れてきた。

 20畳はあるフローリング部屋の一番奥に、キングサイズのベッドがある。私は床の上の雑多なものを踏まないように近づいた。

 オレンジ色の薄明りの下、勇市は黒いシーツの上に大の字で眠っていた。口を開けて天下泰平の表情でいびきをかいている。

 しばらく様子を窺ってから、宙にぶら下がっている蛍光灯の紐を引っぱって全灯にした。眩しさに目が眩んだが、勇市は目を覚まさなかった。

 

私は勇市を見下ろす体勢から左頬を平手打ちした。顔が横を向くと同時に、ギャーッと叫び声を上げ、ベッドの上をのたうち回った。そして憎悪に燃える眼を見開いて私に向け、

 「誰だ!てめえは!」

 と、かすれた声で怒鳴りあげた。眩しさに顔をしかめながら、頬を押さえた手はブルブルと震えている。

 この部屋はレコーディングスタジオ並みの防音構造になってるから、夜中に乱痴気騒ぎしたって外に音が漏れることはない。勇市がたまに自慢していたことを、私は憶えていた。

 勇市の問いには答えず、右頬に黒革の拳を叩きつける、したたかな手応えがあった。ふり抜きざま拳は鼻梁を掠めた。勇市は横に吹っ飛び、ふたたび転げまわると、背を丸めて獣のように喚き続ける。私はその様子をしばらく見下ろしていた。

 喚きを止めた勇市はハアハアと荒い息を吐きながら、上目づかいに目出し帽の私を見上げる。

 「てめえ、誰だよ…俺にこんな真似してただで済むと思うなよ…あとで後悔させてやるからな」

 恐怖に怯えた眼でつぶやくと上体を起こし、枕元の方へ後ずさりした。鼻血が噴き出ているが気が付いていないようだ。

 私は手を伸ばして頭髪をつかむと手前へ引き倒す、勇市は頭からベッドを転げ落ち、派手な音を立てて床に突っ伏した。背は170センチ足らずだが、好き放題の不摂生な生活のせいでブヨブヨの肥満体は、まるでカエルのようにうつ伏せた。

 腹や太ももを執拗に蹴りつけると、その度にウッと呻いた。爪先で勇市の体を仰向けにさせる。グレイのトランクスは失禁で変色していて、床は濡れていた。顔中血まみれだが濁った眼玉は無言で私を睨んでいる。先ほどと同様に口で息をしていた。

 蛍光灯に照らされた部屋の中を見回す、床に女物の下着が散乱していた。恥部や尻の部分に黄色い染みや汚れが付着しているので、使用済みだとわかった。血で汚れたものも混じっている。ヤク中の小娘たちのものだろう。

 私はそれを数枚まとめて拾い上げ、床に付いた血と小便を拭ったあと、勇市の口にねじ込んだ。一度吐き出そうとしたが、指で押し込むと抵抗するのをやめた。

 

部屋の隅に黒く大きな金庫がある、私は無言でそれを指差した。勇市はそっぽを向いて見ようとしない。私を含む不良学生たちが、決死の思いで貢いできた献金のすべてを飲み込んでいる金庫だ。

 私はふと、川瀬という悪友のことを思い出した。献金のノルマに追いつめられ、仕方なく祖母の預金通帳を盗み、勝手に100万円引き出して納めたと泣きながら話していた姿。

 『小さい頃からかわいがってくれたばあちゃんを、こんな形で裏切ってしまった』と嗚咽していた。川瀬は本来、勇市のようなクズと関わるような男ではなかった。無理やり組織に引っぱり込まれたひとりだった。

 私は目出し帽の下で奥歯を噛みしめると、そっぽを向いた勇市のトランクスの腰を引っつかみ、金庫の前に引きずっていった。

床の上に乱暴に投げ出す、勇市はグェッと唸った。

当時の私は、藤松興産傘下の土木会社に属していた。鉄道保線区の現場で一日中大ハンマーを振っていたので、強靭な肉体をしていた。




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