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 背後に草を踏むかすかな足音がする。私はゆっくりと首を向け、視界に人影を認めてから振り向いた。

松の立木に凭れていた人影は少し動き、黒い輪郭は松から離れた。

「俺のメッセージ、わかってもらえたようだな」

 人影はささくれた声でそう言った。

暗がりでカチリと金属音がすると、人影の真ん中が明るくなった。灯りは少し上に移動して、タバコをくわえた男の顔を照らす。

揺らめく炎はタバコに着火すると、また金属音を鳴らして消えた。私は人影の正体を認める。

『椿本浩次』は一歩踏み出してきた。

椿本は学生時代の同級生で、私が捨てた故郷の悪仲間であった。私は椿本と再会することを予想していた。


  ―――日曜日の夜、食卓についた私に息子が、

 「お父さん、ここ長野だって」

 と、指差したテレビ画面には、この男が映っていた。

男は地元の隣の村の山奥で、ひっそりと一人暮らしする住民として取材に応じていた。


椿本はもう一歩近づき、虚空に煙を吐き出す。

「慶城湖、正確には『けいしろこ』って名前なんだそうだ」

 そう言うと、いがらっぽい声で笑った。


―――男は自宅の居間らしき場所で、テレビ局スタッフとやり取りしていた。

山奥の廃墟を改装して、畑作で自給自足生活。電気だけは復旧させたが、あとのインフラはなく水は川から配管で引いて、暖と炊事と風呂は薪を利用すると言っていた。

人脈をつてに『なんでも屋』をやる一環で、人探しや探偵のようなこともするとカメラに向かって意味深な表情を浮かべていた。

その背景の壁に『慶城湖』と筆で書かれた半紙が逆さまに貼られていて、隣りには『たちばな』の家紋の額が吊るされていた。

テレビ局スタッフは、壁の装飾についてはなにも触れなかった。私の家族にしても気づいた様子はなかった。


「藤松さんの件、お前が殺った証拠を揃えるのに、こんなに時間が掛かっちまったよ」

椿本はタバコを噛んだまま喋るので、蛍のような赤い点は上下した。


 ―――『藤松勇市』20年前、慶城湖反対派失踪事件の真相を知りたがり、後に自分も失踪して行方知れずの町商工会青年部長の名前だ。

藤松家は町で一番の大地主で、本業は穀類や燃料を扱う商家だが、高利貸しでの儲けの方が圧倒的に大きく、貧しい町財政にも多額の貸し付けをしていたことから、行政にも幅を利かせていた。

歴代の町長や助役は、藤松家が推す人間で固めていたから、やりたい放題であった。

藤松興産の本社建物は豪勢で厳つく、出入りする面々もまるでヤクザだが町を牛耳っている一家なので、文句を言う度胸のある人間はどこにもいなかった。

勇市は藤松家の長男で私や椿本より10歳年上だったが、典型的な甘やかされの能なし倅で、家の財力や町への影響力を傘に好き放題な暮らしをしていた。

まともに仕事もしないため、同世代の連中には相手にされないからか、年下の不良少年どもに小遣いを与えては親分を気取っていた。

その志向がエスカレートしたのか、私や椿本が中学生の頃、勇市は町の不良少年たちを束ねる組織を作った。

常に自分が絶対的なトップ体制を敷き、年々入れ替わる不良学生たちに、ヤクザまがいの襲名披露をさせては喜んでいた。

裕福な経済環境にも関わらず、不良少年グループには毎月のノルマを決めて、徹底的な献金をさせていた。

小党のかしらに金を持たせ謀反でも起こされると、自分の立場が危なくなるからだ。

勇市はサディスティックな独裁者体質だった。自分は裕福な館の離れ部屋で、ヤク漬けにした10代の小娘たちの身体を弄びながら、献金のノルマ額を次々に上げていく。それもヤクで酩酊した脳みその気まぐれでだ。

中学生頭領も高校生頭領も、命令に反論することは絶対に出来ない。藤松の館をあとにすると、腹わたを煮えくり返しながら、ノルマを頭数割りして苦しまぎれの予算を立てた。

恐喝・万引き・窃盗・シンナー転売・強姦による脅迫・当たり屋・大麻栽培と販売・覚醒剤の横流し…

のどかな風景の田舎町の実態は、ひとりの愚者のせいで無法地帯と化していた。



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