第9話|触れられる側
――狐視点
狸に触ることには、もう慣れた。
足首を掴むのも。
脛に頬を乗せるのも。
脚を勝手に引き寄せるのも。
最近では、胸元に寄りかかることだってある。
最初はいちいちうるさかった狸も、今では何も言わない。
だから狐は。
自分たちの距離が近くなったことを、少し甘く見ていた。
触るのと。
触られるのは。
たぶん同じようなものだと思っていた。
*
「……痛っ」
仕事を終え、人力車を戻したときだった。
肩を回した瞬間、背中の奥が引き攣った。
思わず顔をしかめる。
「狐」
少し離れたところにいた狸が振り向いた。
「何」
「今、痛かっただろ」
「痛くねえ」
「嘘つけ」
「うるせえな。ちょっと張っただけだ」
一日中、車を引いていたのだ。
それくらい珍しくもない。
いつもなら放っておけば治る。
そう思って歩き出そうとしたら、
「今日、俺んとこ来い」
「は?」
「揉んでやる」
足が止まった。
振り返る。
狸はいつもの、何を考えているのか分からない顔をしていた。
「……誰が」
「お前」
「誰が誰を」
「俺がお前を」
「いらねえよ!」
思ったより大きな声が出た。
狸が僅かに眉を上げる。
「なんで怒るんだよ」
「怒ってねえ!」
「怒ってるだろ」
「自分でできる!」
「背中を?」
「…………」
届かない。
いや。
頑張れば届く。
たぶん。
「俺はお前に何回揉んでもらったっけな」
「それはお前が怪我してたからだろ」
「治ってからも揉んでたけど」
「…………」
「最近なんて俺の脚、枕にしてるけど」
「それは関係ねえだろ!」
狸が笑った。
腹が立つ。
「借りを返すだけだ」
「借りって……」
「嫌ならやめる」
そう言われると。
断る理由もない気がした。
「……一回だけだからな」
「はいはい」
その返事が気に入らなかった。
*
風呂を済ませてから狸の部屋へ行った。
いつもの場所。
何度も来ている。
見慣れた畳。
見慣れた狸。
なのに今日は妙に落ち着かない。
「そこ座れ」
「命令すんな」
文句を言いながら狸の前へ座る。
「上、少し開けろ」
「…………」
「狐?」
「分かってる」
肩の衣を少し緩める。
背中に夜気が触れた。
それだけで、妙に無防備になった気がした。
普段なら逆だ。
狸が脚を投げ出して。
自分がその前に座る。
触るのは自分。
狸は触られる側。
今日は。
後ろに狸がいる。
見えない。
「……変なことすんなよ」
「変なことって?」
「知らねえよ!」
「じゃあ言うなよ」
「うるせえ!」
その直後。
両肩に手が乗った。
「――っ」
身体が跳ねた。
「何だよ」
「いきなり触んな!」
「揉むって言っただろ」
「そうだけど!」
自分でも無茶苦茶なのは分かっている。
でも。
違った。
想像していたのと。
全然。
違う。
狸の手は大きい。
掌が肩を包む。
指がゆっくり沈み込んでくる。
「……硬いな」
「仕事してりゃこんなもんだろ」
「力抜け」
「抜いてる」
「抜けてねえ」
ぐ、と押された。
「いっ……」
「ここ?」
「……そこ」
「痛い?」
「ちょっと」
「じゃあ弱くする」
すぐに力が緩んだ。
狐は黙った。
思っていたより。
丁寧だった。
狸の指が、張ったところを探すように動く。
肩から。
首の付け根。
肩甲骨のあたりへ。
ゆっくり。
「…………」
「痛いか?」
「……いや」
「じゃあ続けるぞ」
「いちいち聞かなくていい」
「怒るかと思って」
「怒らねえよ」
言ってから。
少しだけ考える。
――なんで、こんなに落ち着かねえんだ。
自分はもっと触っている。
狸の足首も。
脛も。
膝の裏も。
太腿も。
この前なんて胸に頭まで乗せた。
それに比べれば。
肩を揉まれているだけだ。
なのに。
「狐」
「何」
「また力入ってる」
「…………」
狸の手が肩を包む。
「力抜け」
「……分かってる」
息を吐いた。
少しずつ。
身体の力が抜ける。
すると。
狸の手の感触が、さっきよりはっきりした。
熱い。
やっぱり狸は熱い。
狐の身体とは違う。
大きな掌から伝わった熱が、皮膚の下へゆっくり染みてくる。
「……あったけえ」
「ん?」
「手」
狸の動きが僅かに止まった。
「お前が冷たいんじゃねえの」
「俺は普通だ」
「前も言ってたな、それ」
「普通だって」
「はいはい」
肩を揉まれる。
熱が移る。
今までは。
自分が狸に触れて。
いつの間にか、自分の手が温かくなっていた。
今日は逆だ。
狸の方から。
熱が入ってくる。
「……変なの」
「何が」
「なんでもねえ」
目を閉じる。
肩の奥にあった痛みが、少しずつ薄れていった。
*
「背中も張ってるな」
「そうか?」
「ここ」
肩甲骨の脇を押される。
「あ、そこ……」
「痛い?」
「違う」
「じゃあ?」
「……気持ちいい」
言ってしまった。
しまったと思った。
狸が黙る。
狐は振り返らない。
絶対に振り返らない。
「……何だよ」
「いや」
「笑っただろ」
「笑ってない」
「嘘つけ」
「気持ちいいならよかったなと思って」
「そういう言い方すんな!」
「どういう言い方だよ」
狸がまた笑っている。
分かる。
声で分かる。
けれど。
手は止まらなかった。
からかう声とは反対に、触れ方は穏やかだった。
指が背中を押す。
掌が筋肉をほぐす。
熱が広がる。
次にどこへ手が来るのか。
いつの間にか。
待っていた。
それに気づいて。
少し腹が立った。
――なんだよ、これ。
「狐?」
「何でもねえ」
「何も聞いてないけど」
「うるせえ」
「今日はよく怒るな」
「お前のせいだ」
狸の手が肩から腕へ移る。
上腕を軽く揉まれる。
「……ここも疲れてる」
「車夫なんだから当たり前だろ」
「毎日よく引いてるよな」
「お前もだろ」
「まあな」
何でもない会話だった。
狸の手は。
まだ温かかった。
*
しばらくして。
狸の手が止まった。
「終わり」
「…………」
狐は動かなかった。
「狐?」
「……何」
「終わったぞ」
「分かってる」
「じゃあ服戻せよ」
「分かってるって」
それでも。
すぐには動かなかった。
肩が軽い。
背中も。
でも。
狸の手が離れたところだけ。
少し涼しい。
「…………」
さっきまであった熱が。
もうない。
「……狸」
「ん?」
狐は少し迷った。
「もう終わりか?」
言ってから。
時間が止まった。
――何言ってんだ俺。
「違う!」
勢いよく振り返る。
「今のは――肩がまだ――」
狸が見ていた。
笑っていない。
からかってもいない。
ただ。
少し驚いたように。
「……まだやる?」
「…………」
いらないと言えば。
たぶん。
それで終わる。
狐は視線を逸らした。
「……別に」
「うん」
「お前がやりてえなら」
「俺?」
「借り返すんだろ!」
「そうだったな」
狸が小さく笑った。
「じゃあ、もう少し」
「……勝手にしろ」
前を向く。
もう一度。
肩に狸の手が乗った。
今度は。
身体は跳ねなかった。
自然に息が抜けた。
「……狐」
「何」
「さっきより力抜けてる」
「慣れただけだ」
「そうか」
「そうだ」
それ以上、狸は言わなかった。
肩を揉む。
背中を押す。
腕をほぐす。
狐は目を閉じた。
後ろにいる狸は見えない。
でも。
肩に手がある。
それで。
そこにいるのは分かった。
「狸」
「ん?」
「……なんでもねえ」
「そうか」
狐はもう一度、目を閉じた。
*
帰るころ。
身体はすっかり軽くなっていた。
「明日にはだいぶ楽だろ」
「……まあ」
「ちゃんと礼言えよ」
「言うか」
「俺は言ったぞ」
「いつ」
「手当てしてもらったとき」
「覚えてねえ」
「都合いいな」
狐は立ち上がる。
戸口へ向かって。
そこで一度、止まった。
「……狸」
「ん?」
振り返らずに言う。
「また張ったら」
言葉が止まる。
「うん」
狸は急かさなかった。
「…………」
何でこんなことを言うのに。
こんなに腹が立つんだ。
「……また、やってもいい」
後ろから小さな笑い声。
「やってほしい、じゃなくて?」
「うるせえ!」
振り返る。
狸はやっぱり笑っていた。
薄い。
いつもの笑い方。
「じゃあ、またな」
「頼んでねえからな!」
「はいはい」
「その返事やめろ!」
戸を閉める。
廊下を歩く。
肩に手を置いた。
自分の手。
さっきまで狸が触れていた場所。
「…………」
違う。
同じところに触っているのに。
さっきとは違う。
もう痛くない。
なのに。
もう一度。
狸の手が来ても。
たぶん。
嫌じゃない。
「……変なの」
分からない。
でも。
嫌じゃなかった。
肩に残った熱を感じながら。
狐は自分の部屋へ戻った。
――狸視点
狐は、自分が触ることには随分慣れた。
俺の足首を掴む。
脛を枕にする。
脚を勝手に引き寄せる。
この前なんて、俺の胸に耳を当てたまま、いつまでも心臓の音を聞いていた。
少し前まで。
触れる理由をあれほど必死に探していた奴とは思えない。
それが今では。
俺の身体の一部を、自分のものみたいに扱っている。
悪い気はしない。
むしろ。
最近は、それが普通になりつつあった。
だから。
仕事を終えた狐が肩を回して。
「……痛っ」
小さく顔をしかめたのを見たとき。
特に深く考えず、声をかけた。
「狐」
「何」
「今、痛かっただろ」
「痛くねえ」
「嘘つけ」
「うるせえな。ちょっと張っただけだ」
狐は歩き出そうとする。
少し迷ってから。
「今日、俺んとこ来い」
狐が止まった。
「は?」
「揉んでやる」
怪訝そうな顔。
「……誰が」
「お前」
「誰が誰を」
「俺がお前を」
「いらねえよ!」
思ったより大きな声だった。
「なんで怒るんだよ」
「怒ってねえ!」
「怒ってるだろ」
「自分でできる!」
「背中を?」
狐が黙る。
笑いそうになった。
「俺はお前に何回揉んでもらったっけな」
「それはお前が怪我してたからだろ」
「治ってからも揉んでたけど」
また黙った。
「最近なんて俺の脚、枕にしてるけど」
「それは関係ねえだろ!」
あると思うけどな。
でも、それ以上は言わなかった。
「借りを返すだけだ」
「借りって……」
「嫌ならやめる」
狐の顔から、少しだけ勢いがなくなった。
俺は待った。
前なら。
ここで何か一つ。
余計なことを言っていたかもしれない。
けれど今日は。
狐が断るなら、それ以上は言わないつもりだった。
「……一回だけだからな」
「はいはい」
狐が睨んでくる。
――来るのか。
それだけで。
少し嬉しかった。
*
風呂上がりの狐は、俺の前に座った。
「そこ座れ」
「命令すんな」
言いながら座る。
こういうところは狐らしい。
文句を言いながら。
結局、俺の前にいる。
「上、少し開けろ」
狐の肩が止まった。
「…………」
「狐?」
「分かってる」
衣を少し緩める。
肩から背中が見える。
いつもと逆だった。
俺が脚を出して。
狐がその前に座る。
触るのは狐。
触られるのが俺。
それがいつもの形だった。
だから。
狐の後ろに座っているだけで、妙に新鮮だった。
「……変なことすんなよ」
「変なことって?」
「知らねえよ!」
「じゃあ言うなよ」
「うるせえ!」
両肩へ手を置く。
「――っ」
狐の身体が跳ねた。
思わず手を止める。
「何だよ」
「いきなり触んな!」
「揉むって言っただろ」
「そうだけど!」
――なんだ、それ。
あれだけ俺の脚には好き勝手しておいて。
自分が触られるとこれか。
「……硬いな」
肩へ指を沈める。
かなり張っている。
「仕事してりゃこんなもんだろ」
「力抜け」
「抜いてる」
「抜けてねえ」
少し押す。
「いっ……」
すぐに力を緩めた。
「ここ?」
「……そこ」
「痛い?」
「ちょっと」
「じゃあ弱くする」
狐が静かになった。
肩から首の付け根へ。
それから肩甲骨の周り。
指で張りを探していく。
思っていたより細い。
もちろん。
狐だって車夫だ。
毎日、人を乗せて走っている。
身体にはきちんと筋肉がついている。
それでも俺より一回り小さい。
肩も。
腕も。
背中も。
普段、隣に立っているだけでは気づかない違いが、掌から伝わってくる。
――こいつも毎日、これで引いてるんだな。
そんな当たり前のことを思う。
「痛いか?」
「……いや」
「じゃあ続けるぞ」
「いちいち聞かなくていい」
「怒るかと思って」
「怒らねえよ」
そう言いながら。
まだ少し肩に力が入っている。
急がずに揉んだ。
狐が俺にしていたように。
いや。
たぶん、狐より少し弱く。
*
しばらくすると。
肩の硬さが少し変わった。
「狐」
「何」
「また力入ってる」
「…………」
肩を包む。
「力抜け」
「……分かってる」
狐が息を吐く。
ようやく身体が少し沈んだ。
その瞬間。
掌へ伝わってくるものが増えた。
体温。
――冷たい。
冷え切っているわけじゃない。
風呂上がりなのに。
俺より明らかに低い。
「……あったけえ」
狐が呟いた。
「ん?」
「手」
その一言で。
少し前の夜を思い出した。
俺の胸に耳をつけた狐。
触れているうちに、少しずつ温かくなっていった手。
「お前が冷たいんじゃねえの」
「俺は普通だ」
「前も言ってたな、それ」
「普通だって」
「はいはい」
狐の肩を揉む。
掌の下が。
少しずつ温かくなっていく。
前は。
狐が俺に触れて。
狐の方が温かくなった。
今日は逆。
俺から狐へ。
それが。
妙にいい。
何かを確かめたいわけじゃない。
ただ。
冷たいなら。
温かくなればいい。
それくらいだった。
*
「背中も張ってるな」
「そうか?」
「ここ」
肩甲骨の脇を押す。
「あ、そこ……」
「痛い?」
「違う」
「じゃあ?」
少し間があった。
「……気持ちいい」
手が止まりそうになった。
――素直に言うんだな。
狐自身も、言ってから気づいたらしい。
耳が少し赤い。
こっちを見ない。
前なら。
たぶん。
もう一言。
余計なことを言っていた。
もっとやってほしいのか。
気持ちいいのか。
狐が怒ると分かっていて。
それでも。
「気持ちいいならよかったなと思って」
それだけにした。
「そういう言い方すんな!」
「どういう言い方だよ」
やっぱり怒った。
少し笑う。
けれど。
それ以上は追わなかった。
肩を揉む。
背中を押す。
腕をほぐす。
少しずつ。
狐の身体から余計な力が抜けていく。
最初はあれほど警戒していたのに。
いつの間にか。
俺の手が動くたび。
身体を預けるようになっていた。
その変化を。
黙って掌で感じていた。
*
上腕へ手を移す。
「……ここも疲れてる」
「車夫なんだから当たり前だろ」
「毎日よく引いてるよな」
「お前もだろ」
「まあな」
狐の腕を揉みながら。
少しだけ不思議になる。
俺は。
こいつの身体を、案外知らなかった。
狐は俺の脚を知っている。
どこが張るのか。
どこを押せば力が抜けるのか。
怪我をした場所。
古い傷。
体温。
匂い。
最近では心臓の音まで。
なのに俺は。
狐のことを見ているつもりで。
触れているのは、いつも狐の方だった。
掌の下に。
狐の身体がある。
骨があって。
筋肉があって。
熱がある。
見ているだけでは分からなかったものが。
触れると。
少しずつ伝わってきた。
*
十分ほぐれたところで手を離す。
「終わり」
狐は動かない。
「狐?」
「……何」
「終わったぞ」
「分かってる」
「じゃあ服戻せよ」
「分かってるって」
それでも。
動かない。
どうしたんだろうと思って見ていると。
「……狸」
「ん?」
「もう終わりか?」
一瞬。
言葉の意味を考えた。
狐も。
言った直後に気づいたらしい。
「違う!」
勢いよく振り返る。
「今のは――肩がまだ――」
目が合った。
顔が赤い。
でも。
今日は笑わなかった。
狐が。
俺の手を。
もう少し欲しがった。
それが分かったから。
からかいたくなかった。
「……まだやる?」
狐が黙る。
断るなら。
それでいい。
「……別に」
「うん」
「お前がやりてえなら」
――またそれか。
本当に。
素直じゃない。
「俺?」
「借り返すんだろ!」
「そうだったな」
少しだけ笑う。
「じゃあ、もう少し」
「……勝手にしろ」
狐が前を向いた。
肩へ手を戻す。
今度は。
触れた瞬間にも、身体が跳ねなかった。
それどころか。
ふう、と。
小さく息が抜けた。
「……狐」
「何」
「さっきより力抜けてる」
「慣れただけだ」
「そうか」
「そうだ」
それ以上は言わない。
狐も黙った。
静かだった。
肩へ触れる。
背中を揉む。
腕をほぐす。
それだけ。
何かを言わせなくていい。
何かを確かめなくてもいい。
掌の下で。
狐の身体がゆっくり温かくなっていく。
「狸」
「ん?」
「……なんでもねえ」
「そうか」
狐は目を閉じた。
そのまま。
俺の手から逃げなかった。
*
帰るころには。
狐の肩は最初よりずっと柔らかくなっていた。
「明日にはだいぶ楽だろ」
「……まあ」
「ちゃんと礼言えよ」
「言うか」
「俺は言ったぞ」
「いつ」
「手当てしてもらったとき」
「覚えてねえ」
「都合いいな」
狐が立つ。
衣を直して。
戸口へ向かう。
「……狸」
狐が止まった。
「ん?」
振り返らない。
「また張ったら」
そこまで言って。
黙る。
俺は待った。
「…………」
やがて。
「……また、やってもいい」
思わず笑った。
「やってほしい、じゃなくて?」
「うるせえ!」
振り返った狐が怒鳴る。
――あ。
結局からかってしまった。
でも。
このくらいならいいだろう。
「じゃあ、またな」
「頼んでねえからな!」
「はいはい」
「その返事やめろ!」
戸が閉まった。
部屋が静かになる。
さっきまで狐が座っていた場所を見る。
それから。
自分の掌を見る。
少し冷たかった肩。
硬かった背中。
力の抜けた腕。
触れているうちに。
少しずつ。
俺の手との温度差が小さくなっていった。
「…………」
――もう終わりか。
あの声を思い出す。
少しだけ。
笑った。
俺の手から。
狐へ。
熱が移った。
それだけのはずなのに。
掌にはまだ。
何かが残っている気がした。
手を閉じる。
何なのかは。
今は考えなかった。
また張ったら。
また来るらしい。
そのときは。
また。
触れればいい。




