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第23話|残っていたもの

――狸視点


店を出ると。


冷たい風が。


頬に当たった。


「さむっ」


狐が肩をすくめる。


「食ったら余計寒くなった」


「逆じゃない?」


「外が寒いんだよ」


「それはそう」


狐は。


満足そうだった。


結局。


最後まで海老の大きさを気にしていた。


俺の方が衣が厚いだの。


次はもっと大きい店を探すだの。


さっき。


思い出したものが。


まだ。


指先に残っている。


小さな木の板。


そこへ刻んだ。


二人の姿。


一人は。


俺。


その隣に。


誰かがいた。


あの板を。


俺は。


どこに残したんだろう。


「狸」


「ん?」


「どっち?」


狐が。


道の分かれ目で止まっている。


「ああ。こっち」


「お前、今日ぼーっとしすぎじゃねえ?」


「そう?」


「そうだよ」


狐が歩き出す。


俺も。


その隣へ並ぶ。


しばらくして。


狐が。


「あ」


と声を出した。


「なんかあった?」


「あれ」


狐が指を差す。


その先に。


赤い鳥居が見えた。


「……」


足が。


止まる。


見覚えのある。


鳥居。


「ここ、あれじゃね?」


狐が言う。


「祭りんとき来た神社」


ここだった。


夢で見た場所。


記憶の中に。


何度も出てきた場所。


あいつと。


長い時間を過ごした場所。


「……そうだな」


「こんな近くだったんだな」


狐は。


鳥居を見上げる。


俺も。


見る。


あの板は。


もしかしたら。


「なあ」


「ん?」


「あの神社って、本当に効くのか?」


「何が?」


「縁結び」


狐を見る。


「……気になるの?」


「別に」


答えが早い。


「人いっぱい来てたじゃん。だから本当に御利益あんのかなって思っただけだ」


「へえ」


「なんだよ」


「いや」


「その顔やめろ」


「どの顔?」


「今の顔」


狐が。


少しだけむっとする。


それから。


もう一度。


鳥居を見る。


「せっかく近くまで来たし」


軽い声で。


「寄ってくか?」


と言った。


俺は。


鳥居の向こうを見る。


「……行くか」


「おう」


     *


鳥居をくぐる。


祭りの日ほどではないけれど。


今日も。


人がいる。


話し声。


足音。


そして。


並んだ絵馬。


数えきれないほどの。


誰かの願い。


昔。


ここには。


こんなにたくさんの願いはなかった。


絵馬も。


数えるほどだった。


「すげえな」


狐が。


絵馬掛けを眺める。


「ああ」


「こんだけ願ってんのか」


「そうだな」


狐は。


しばらく眺めていた。


それから。


「狸」


「ん?」


「お前、書く?」


「何を」


「絵馬」


「狐は?」


「俺?」


狐が。


少し考える。


「……別にいい」


「そう」


「一緒にいたいやつがいるなら、一緒にいりゃいいだろ」


胸の奥が。


わずかに。


揺れた。


「わざわざ書くことか?」


「……そうだな」


「だろ?」


狐は。


それで話は終わったというように。


境内の奥を見る。


「あっち何あんだ?」


「狐」


「ん?」


「勝手に行くなよ」


「子供じゃねえよ!」


言いながら。


狐は行く。


俺も。


そのあとを追った。


     *


境内の奥。


人の声が。


少し遠くなる。


大きな木が。


見えた。


「……」


足が。


止まった。


覚えている。


この木。


昔。


境内の端にあった。


見上げる。


記憶にあるものより。


ずっと大きい。


「狸?」


狐が。


振り返る。


「どうした?」


「……ちょっと見てくる」


「何を?」


「分からない」


「なんだそれ」


自分でも。


分からなかった。


ただ。


足が。


そちらへ向かう。


木の近く。


新しい絵馬掛けから。


少し離れたところ。


古い木札が。


いくつか残されている。


色の褪せたもの。


黒ずんだもの。


文字すら。


ほとんど読めないもの。


手を伸ばす。


一枚。


違う。


その奥。


もう一枚。


違う。


胸の奥が。


騒ぐ。


指先が。


覚えている。


――がり。


乾いた音。


「……狸」


少し離れたところから。


狐の声がした。


返事をせず。


もう一枚。


そっと動かす。


その奥に。


小さな板があった。


黒ずんでいる。


ほとんど。


色は残っていない。


雨に濡れ。


風に晒され。


どれだけ。


ここにあったのか。


分からない。


それでも。


表面に。


線が残っている。


深く。


何度も。


削った跡。


「……」


手が。


止まった。


一人。


その隣に。


もう一人。


二人が。


肩を並べている。


同じ方向を。


向いている。


指先が。


震えた。


触れる。


線を。


なぞる。


――がり。


耳の奥で。


音がした。


昨日まで。


思い出せなかった。


今日。


ようやく戻ってきた。


自分の手。


木の感触。


二人の姿。


それが。


目の前にある。


「……あった」


声が。


小さく漏れた。


忘れていた。


ずっと。


忘れていたのに。


これは。


残っていた。


「――俺が、彫ったんだ」


「え?」


後ろから。


狐の声がした。


振り返る。


狐が。


少し離れたところに立っている。


「何かあったのか?」


「ああ」


もう一度。


板を見る。


「昔のもの」


「ふうん」


狐が。


こっちへ来ようとする。


その足音に。


手が止まった。


なぜか。


見せる気には。


ならなかった。


板から。


手を離す。


「……狸?」


「なんでもない」


「なんでもなくねえだろ」


狐が。


眉を寄せる。


俺は。


板を元の場所へ戻した。


古い木札の。


その奥へ。


「行くか」


「もういいのか?」


「ああ」


狐は。


納得していない顔をしている。


でも。


それ以上。


聞かなかった。


歩き出す。


数歩。


進んで。


一度だけ。


振り返った。


古い板は。


もう。


木札の陰に隠れている。


「狸」


前から。


狐が呼ぶ。


「置いてくぞ」


「今行く」


狐のところまで。


歩く。


隣へ並ぶ。


「帰り、なんか甘いもん買ってくか」


「まだ食べるの?」


「別腹だろ」


「誰の?」


「俺の」


思わず。


笑った。


「何にする?」


「団子」


「即答だね」


「お前も食うだろ」


「まあね」


「じゃあ行くぞ」


狐が。


歩き出す。


俺も。


その隣を歩いた。


――狐視点


店を出た瞬間。


冷たい風が。


顔に当たった。


「さむっ」


思わず。


肩をすくめる。


「食ったら余計寒くなった」


「逆じゃない?」


「外が寒いんだよ」


「それはそう」


腹は。


いっぱいだった。


海老天も。


思っていたより。


でかかった。


狸の方が。


ほんの少し。


衣がでかかった気もするけど。


まあ。


うまかったからいい。


「狸」


「ん?」


「どっち?」


道の分かれ目で。


狸が止まっている。


「ああ。こっち」


「お前、今日ぼーっとしすぎじゃねえ?」


「そう?」


「そうだよ」


店の中でも。


急に黙って。


何かを。


思い出したと言っていた。


何を。


とは。


聞かなかった。


「最初から言えよ」


狸の隣を。


歩く。


少しして。


道の先に。


赤い鳥居が見えた。


「あ」


足を止める。


どこかで見た。


「なんかあった?」


「あれ」


指を差す。


「ここ、あれじゃね?」


狸も。


鳥居を見る。


「祭りんとき来た神社」


「ああ」


縁結び。


確か。


そんな神社だった。


祭りの日は。


人が多かった。


絵馬も。


いっぱいあった。


「こんな近くだったんだな」


天丼の店ばかり。


見ていたから。


気づかなかった。


鳥居を見る。


ふと。


思う。


「あの神社って、本当に効くのか?」


「何が?」


「縁結び」


狸が。


こっちを見る。


「……気になるの?」


「別に」


なんだ。


その顔。


「人いっぱい来てたじゃん。だから本当に御利益あんのかなって思っただけだ」


「へえ」


「なんだよ」


「いや」


「その顔やめろ」


「どの顔?」


「今の顔」


狸が。


少し笑っている。


腹が立つ。


もう一度。


鳥居を見る。


せっかく。


ここまで来た。


「寄ってくか?」


狸が。


黙った。


「……狸?」


「ああ」


少しして。


「行くか」


と言った。


     *


鳥居をくぐる。


祭りの日より。


人は少ない。


それでも。


結構いる。


絵馬も。


相変わらず。


いっぱい掛かっていた。


「すげえな」


「何が?」


「こんだけ願ってんのか」


知らない誰かの願いが。


ずらっと。


並んでいる。


「狸」


「ん?」


「お前、書く?」


「何を」


「絵馬」


狸が。


こっちを見る。


「狐は?」


「俺?」


少し。


考える。


何か。


願いたいこと。


「……別にいい」


「そう」


「一緒にいたいやつがいるなら、一緒にいりゃいいだろ」


わざわざ。


木の板に書かなくても。


会いたければ。


会えばいい。


隣にいたければ。


いればいい。


「わざわざ書くことか?」


狸が。


少し。


変な顔をした。


「……そうだな」


「だろ?」


境内を見る。


奥の方に。


何かある。


「あっち何あんだ?」


「狐」


「ん?」


「勝手に行くなよ」


「子供じゃねえよ!」


なんで。


神社に来てまで。


そんなこと言われなきゃならない。


そのまま。


奥へ歩く。


     *


大きな木があった。


ずいぶん。


でかい。


近くには。


新しい絵馬掛けとは違う。


古そうなものが。


いくつか残っている。


「へえ」


眺めていたら。


後ろの狸が。


来ない。


「狸?」


振り返る。


狸が。


木を見ていた。


また。


あの顔。


「どうした?」


「……ちょっと見てくる」


「何を?」


「分からない」


「なんだそれ」


狸は。


古い木札の方へ行った。


俺も。


少し離れて。


ついていく。


狸が。


一枚ずつ。


何かを見ている。


声をかけようとして。


やめた。


狸の手が。


止まった。


古い。


黒ずんだ木の板。


何があるのか。


ここからじゃ。


よく見えない。


狸が。


指で。


何かをなぞっている。


「……あった」


小さな声だった。


「狸?」


返事がない。


少しして。


狸が。


何かを言った。


「――俺が、彫ったんだ」


「え?」


聞こえた。


けど。


意味が分からない。


「何かあったのか?」


「ああ」


狸が。


こっちを見る。


「昔のもの」


「ふうん」


昔。


狸の。


昔。


少しだけ。


気になった。


どんなものなのか。


近くで見ようと。


一歩。


そっちへ行く。


その瞬間。


狸が。


木の板から。


手を離した。


「……狸?」


「なんでもない」


「なんでもなくねえだろ」


明らかに。


なんでもなくない。


でも。


狸は。


古い板を。


元の場所へ戻した。


その手元に。


何か。


二つ。


並んでいたように見えた。


でも。


古すぎて。


よく分からない。


「行くか」


「もういいのか?」


「ああ」


変な狸。


そう思ったけど。


それ以上。


聞かなかった。


歩き出す。


狸が。


少し後ろに残っている。


「狸」


振り返る。


「置いてくぞ」


「今行く」


狸が。


こっちへ来る。


隣に。


並ぶ。


「帰り、なんか甘いもん買ってくか」


「まだ食べるの?」


「別腹だろ」


「誰の?」


「俺の」


狸が笑う。


「何にする?」


「団子」


「即答だね」


「お前も食うだろ」


「まあね」


「じゃあ行くぞ」


歩き出す。


団子。


どこで買うか。


何本買うか。


狸は。


何味を食うか。


後ろから。


狸の足音がする。


すぐ。


隣に並ぶ。


そのまま。


次に食うものの話をしながら。


狸と一緒に。


神社を出た。

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