第14話|笑ってればいいのに
――狐視点
寒くなってきた。
朝。
「……さむ」
外に出た瞬間。
そう思った。
少し前より。
空気が冷たい。
暑いより。
こっちの方が楽だ。
*
休憩所へ行く。
狸がいた。
いつもの場所。
長椅子に座って。
寝ている。
「…………」
またか。
近づく。
「狸」
反応がない。
「おい」
肩を軽く揺らす。
「狸」
「……んー?」
やっと。
目を開けた。
「寝てた?」
「見れば分かるだろ」
「そうだね」
「最近よく寝てねえ?」
狸が。
少し考える。
「そう?」
「そうだよ」
「よく見てるね」
「見てねえよ」
「じゃあ何で知ってるの」
「……うるせえ」
狸が。
少し笑った。
腹が立つ。
隣に座る。
肩が。
少しだけ触れた。
あったかい。
「疲れてんじゃねえの」
「そう見える?」
「休憩するたび寝てんじゃん」
「寝るのも休憩でしょ」
「そうだけど」
狸が。
また目を閉じる。
「おい」
「何」
「また寝んのかよ」
「ちょっとだけ」
「俺いるぞ」
「知ってる」
「…………」
何だそれ。
俺がいるのに。
狸は。
そのまま目を閉じている。
「……またやるか?」
「何を」
目を閉じたまま。
狸が聞く。
「マッサージ」
片目だけ。
開いた。
「してくれるの?」
「疲れてんならな」
「優しいね」
「やっぱやらねえ」
「残念」
狸が。
少し笑う。
「…………」
また。
笑った。
*
狸は。
いつも。
気怠そうな顔をしている。
眠そうというか。
面倒くさそうというか。
だいたい。
そんな顔だ。
最近は。
本当に寝てることも多い。
でも。
たまに。
笑う。
俺が何か言ったとき。
俺が怒ったとき。
俺が何か失敗したとき。
……なんで。
俺のときばっかなんだ。
「お前さ」
「ん?」
「よく笑うよな」
狸が。
こっちを見る。
「そう?」
「俺といるとき」
「…………」
「何だよ」
「いや」
また。
口元が上がる。
「ほら」
「何が」
「今笑っただろ」
「笑ってないよ」
「笑った」
「気のせいじゃない?」
「絶対笑った!」
「狐が面白いから」
「俺は面白くねえ!」
「そういうところ」
「どういうところだよ!」
狸が。
声を出して笑った。
「…………」
目が。
少し細くなる。
いつもの。
気怠そうな顔じゃなくなる。
「……何」
「別に」
「また見てる」
「見てねえ!」
「見てるって」
「うるせえ!」
狸は。
まだ笑っていた。
*
「もっと笑えばいいのに」
口から出た。
狸の笑いが。
止まる。
「……何?」
「だから」
なんでだ。
急に。
言いづらい。
「もっと笑えばいいって言ったんだよ」
「俺が?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「急にどうしたの」
「別に」
「別にって」
「いつもそんな顔してるから」
「そんな顔?」
「だるそうな顔」
「ひどいな」
「ほんとのことだろ」
「狐に言われたくない」
「俺はいいんだよ」
「何がいいの」
「知らねえ」
狸が。
また笑った。
「ほら」
「ん?」
「それ」
「何」
「今の」
「笑ってんじゃん」
「まあね」
「…………」
やっぱり。
そっちの方が。
いい気がする。
「……お前が笑ってると」
言ってから。
止まる。
狸が。
こっちを見る。
「うん」
「俺も」
「うん」
「……悪い気しねえし」
「…………」
「何だよ」
「いや」
「笑うなよ」
「まだ笑ってないけど」
「これから笑うだろ!」
「分かるんだ」
「分かる!」
やっぱり。
狸が笑った。
「うるせえ!」
「狐が言ったんじゃん」
「そうだけど!」
「もっと笑えって」
「そうだけど!」
「じゃあいいでしょ」
「俺のことで笑えって意味じゃねえ!」
また。
笑う。
「……ったく」
腹が立つ。
でも。
そのままにした。
*
「何しとんねん」
声がした。
見ると。
うさぎが立っていた。
その後ろに。
カラスもいる。
うさぎが。
俺と狸を交互に見る。
「また喧嘩しとるん?」
「してねえ!」
「してないよ」
うさぎが。
俺を見る。
「……狐だけ喧嘩しとるみたいやけど」
「してねえって!」
狸が笑う。
「なんや。楽しそうやな」
「こいつが勝手に笑ってるだけだ」
「狐が笑わせるから」
「だから俺は何もしてねえ!」
その横で。
カラスが。
持っていた袋を少し持ち上げた。
「焼き芋です」
「焼き芋?」
「いただきました」
うさぎが。
袋の中を見る。
「ちょうど四つあるで。一個ずつや」
「食う」
「早いな!」
カラスが。
一本差し出す。
「どうぞ」
「おう」
受け取る。
あったかい。
皮を剥く。
湯気が出る。
一口。
「熱っ」
狸が笑った。
「気をつけろよ」
「分かってる」
もう一口。
「熱っ」
「分かってないじゃん」
また。
笑った。
「……うるせえ」
*
帰り道。
狸と。
二人で歩く。
昼より。
空気が冷たい。
「寒い」
「今日そればっかだな」
「寒いもんは寒いんだよ」
歩いていると。
手が。
触れた。
そのまま。
狸が。
俺の手を握る。
あったかい。
俺も。
握り返す。
前なら。
狸の手の温度ばかり。
気にしていた。
今日は。
狸の顔を見る。
「狸」
「ん?」
「さっきの」
「笑えってやつ?」
「……それ」
前を向く。
「別に」
少し黙る。
「無理して笑えって意味じゃねえからな」
「うん」
「笑いたくねえなら、笑わなくていいし」
「うん」
「ただ」
狸の手を。
少しだけ。
握る。
「笑いたいときくらい」
「うん」
「我慢すんなよ」
狸が。
少し黙った。
それから。
笑った。
「……何だよ」
「何が」
「まだ笑ってる」
「我慢するなって言われたから」
「俺のせいにすんな」
「狐のせいだよ」
「うるせえ」
狸が。
また笑った。
俺は。
その手を握ったまま。
歩いた。
⸻
――狸視点
最近。
休憩中に。
寝ることが増えた。
今日も。
長椅子に座って。
少し目を閉じたつもりだった。
「狸」
声がする。
「おい」
肩を揺らされる。
「狸」
「……んー?」
目を開ける。
狐がいた。
「寝てた?」
「見れば分かるだろ」
「そうだね」
「最近よく寝てねえ?」
「そう?」
「そうだよ」
「よく見てるね」
「見てねえよ」
「じゃあ何で知ってるの」
「……うるせえ」
笑った。
狐が。
少し嫌そうな顔をする。
隣に座った。
肩が。
少しだけ触れる。
「疲れてんじゃねえの」
「そう見える?」
「休憩するたび寝てんじゃん」
「寝るのも休憩でしょ」
「そうだけど」
もう一度。
目を閉じる。
「おい」
「何」
「また寝んのかよ」
「ちょっとだけ」
「俺いるぞ」
「知ってる」
「…………」
狐が。
何か言いたそうにしている。
でも。
目は開けなかった。
不思議と。
一人でいるときより。
こうして。
狐が隣で騒いでいる方が。
よく眠れる気がする。
「……またやるか?」
「何を」
「マッサージ」
片目を開ける。
「してくれるの?」
「疲れてんならな」
「優しいね」
「やっぱやらねえ」
「残念」
笑う。
「…………」
狐が。
こっちを見ていた。
「何」
「何が」
「見てる」
「見てねえ」
「見てるよ」
「見てねえって」
また。
笑った。
*
「お前さ」
狐が言う。
「ん?」
「よく笑うよな」
「そう?」
「俺といるとき」
「…………」
何となく。
狐を見る。
「何だよ」
「いや」
また。
笑ってしまった。
「ほら」
「何が」
「今笑っただろ」
「笑ってないよ」
「笑った」
「気のせいじゃない?」
「絶対笑った!」
「狐が面白いから」
「俺は面白くねえ!」
「そういうところ」
「どういうところだよ!」
声が出た。
思ったより。
大きく。
「…………」
狐が。
妙な顔で。
俺を見ている。
「……何」
「別に」
「また見てる」
「見てねえ!」
「見てるって」
「うるせえ!」
耳が。
少し赤い。
それを見て。
また。
笑った。
*
「もっと笑えばいいのに」
狐が言った。
「……何?」
「だから」
少し。
言いづらそうにする。
「もっと笑えばいいって言ったんだよ」
「俺が?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「急にどうしたの」
「別に」
「別にって」
「いつもそんな顔してるから」
「そんな顔?」
「だるそうな顔」
「ひどいな」
「ほんとのことだろ」
「狐に言われたくない」
「俺はいいんだよ」
「何がいいの」
「知らねえ」
また。
笑った。
「ほら」
「ん?」
「それ」
「何」
「今の」
「笑ってんじゃん」
「まあね」
狐が。
少し黙る。
「……お前が笑ってると」
「うん」
「俺も」
「うん」
「……悪い気しねえし」
「…………」
今度は。
少しだけ。
言葉が止まった。
「何だよ」
「いや」
「笑うなよ」
「まだ笑ってないけど」
「これから笑うだろ!」
「分かるんだ」
「分かる!」
笑った。
「うるせえ!」
「狐が言ったんじゃん」
「そうだけど!」
「もっと笑えって」
「そうだけど!」
「じゃあいいでしょ」
「俺のことで笑えって意味じゃねえ!」
「難しい注文だな」
「うるせえ!」
*
うさぎとカラスが。
焼き芋を持ってきた。
「食う」
狐は。
即答した。
「早いな!」
うさぎが笑う。
カラスから受け取った焼き芋を。
狐が割る。
湯気が上がる。
一口。
「熱っ」
「気をつけろよ」
「分かってる」
もう一口。
「熱っ」
「分かってないじゃん」
笑った。
狐が。
こっちを見る。
「……何」
「別に」
「今日よく見るな」
「見てねえ」
「見てる」
「見てねえって」
また。
耳が赤くなる。
俺は。
焼き芋を食べながら。
少し笑った。
*
帰り道。
冷たい風が吹いた。
狐が。
袖へ手を引っ込める。
「寒い」
「今日そればっかだな」
「寒いもんは寒いんだよ」
「手、冷たい?」
「たぶん」
手を差し出す。
「貸してみ」
狐が。
俺の手を見る。
「……何」
「温めてやろうかと思って」
「いらねえよ」
そう言ったくせに。
少し迷って。
俺の手を取った。
冷たい。
やっぱり。
狐の手は。
俺よりずっと冷たい。
「お前、ほんと熱いな」
「狐が冷たいんだよ」
「うるせえ」
手を包む。
「……なあ」
「ん?」
「さっきの」
「もっと笑えってやつ?」
「……それ」
狐は。
前を向いたまま。
「無理して笑えって意味じゃねえからな」
「うん」
「笑いたくねえなら、笑わなくていいし」
「うん」
「ただ」
狐の指に。
少しだけ。
力が入る。
「笑いたいときくらい」
狐が言った。
「我慢すんなよ」
「…………」
狐を見る。
こいつは。
前を向いている。
「……何だよ」
「いや」
「何」
「何でもない」
「変な奴」
「お前に言われたくない」
狐が。
鼻を鳴らした。
手は。
離れない。
しばらく。
そのまま歩く。
「……何だよ」
「何が」
「笑ってる」
「我慢するなって言われたから」
「俺のせいにすんな」
「狐のせいだよ」
「うるせえ」
また。
笑った。
冷たい風の中。
狐の声が響く。
握った手は。
少しずつ。
温かくなっていた。
俺は。
その手を握ったまま。
歩いた。




