↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/20

第12話|祭りのあとも

――狐視点


祭りなんて。


別に、珍しくもない。


毎年ある。


屋台が並んで。


人が増えて。


いつもより町が騒がしくなる。


それだけだ。


だから。


「今度の祭り、行くか」


狸にそう聞かれたときも。


狐は大して考えなかった。


「……別に」


「行かない?」


「そうは言ってねえだろ」


「じゃあ行く?」


「お前が行きてえなら付き合ってやる」


「はいはい。じゃあ一緒に行こうな」


「その言い方やめろ」


「何で」


「俺が行きたがってるみてえだろ」


「違うの?」


「違う」


即答した。


狸は。


それ以上、何も言わなかった。


     *


祭りの日。


狐は少し早く仕事を切り上げた。


別に。


急いだわけじゃない。


着替えて。


手拭いで汗を拭いて。


面の位置を直す。


「…………」


いつもと同じ。


なのに。


もう一度。


衣の襟を整えた。


「何やってんだ、俺」


誰に見せるわけでもない。


祭りへ行くだけだ。


狸と。


その言葉が頭に浮かんで。


「…………」


俺は。


もう一度だけ。


面の位置を直した。


     *


待ち合わせ場所には。


狸の方が先にいた。


「遅い」


「まだ時間前だろ」


「俺が待った」


「知らねえよ」


狸はいつも通りだった。


笠を被って。


酒壺を提げて。


気怠そうに立っている。


「行くか」


「おう」


狐は狸の隣へ並んだ。


それだけで。


妙に落ち着いた。


     *


祭りは。


思った以上に混んでいた。


「多いな」


「祭りだからな」


「歩きづれえ」


「迷子になるなよ」


「なるか!」


「狐、小さいから見失いそう」


「お前とそんなに変わんねえだろ!」


「少し違う」


「少しだ!」


狸が笑う。


腹が立つ。


その背中を小突こうとして。


人が横切った。


狐の足が止まる。


狸はそのまま二、三歩先へ行く。


「…………」


人の間に。


狸の背中が隠れた。


ほんの一瞬。


それだけだった。


なのに。


身体が先に動いた。


手を伸ばす。


狸の衣の端を掴んだ。


「…………」


狸が振り返る。


「何」


「…………」


狐は自分の手を見る。


掴んでいる。


「……人多いから」


「うん」


「はぐれたら面倒だろ」


「そうだな」


狸は笑わなかった。


からかいもしない。


ただ。


少し歩く速度を落とした。


狐は。


衣を掴んだまま歩いた。


しばらくして。


人混みが薄くなったところで。


ようやく離した。


「…………」


手の中が。


少しだけ。


物足りなかった。


     *


「狐」


「何」


「あれ」


狸が指す。


屋台。


狐は看板を見る。


「…………」


海老天。


しかも。


でかい。


「行くぞ」


「即決だな」


「うるせえ」


近づいて。


値段を見る。


少し高い。


「…………」


「食わないの?」


「食う」


「迷ってたじゃん」


「値段見てただけだ」


「俺が買おうか」


「いらねえ!」


「何で」


「自分で買える!」


「はいはい」


「その返事やめろ!」


結局。


一本ずつ買った。


狸の方が。


少し大きかった。


「…………」


「何」


「別に」


「交換する?」


「いらねえ!」


「見てたじゃん」


「見てねえ!」


狸が笑う。


狐は海老天へ噛みついた。


美味い。


悔しいけど。


祭りは。


少し楽しい。


     *


しばらく歩くと。


小さな社があった。


普段は静かな場所だが。


今日は灯りが並び。


人が集まっている。


「何だ、あれ」


狐が足を止めた。


「お。狸と狐やん」


横から声がした。


振り向く。


「……うさぎ?」


その隣には。


カラスもいた。


二人とも仕事帰りらしい。


「お前らも来てたのか」


「ワイらは帰りにちょっとな」


うさぎは答えてから。


狐と狸を見る。


それから。


社を見る。


にやりとした。


「なんやお前ら。縁結びに興味あるんか?」


「縁結び?」


狐が聞き返す。


「そうや。ここ、縁結びで有名やねん」


「ふうん」


社の前には。


何人もの人がいる。


若い二人。


年を取った夫婦。


友人同士らしい連中。


木札に何かを書いている者もいた。


「昔はな」


うさぎが社の方を見る。


「石像が一対あったらしいんやけど、今は一体しか残ってへんらしい」


「一体だけ?」


「せや。それで、離れても縁が切れへんとか、いつか隣に立つ相手と巡り会えるとか。まあ、いろいろ言われとる」


「へえ」


狐は。


社の脇へ目を向けた。


人の流れから少し外れたところに。


古びた石像がある。


長い間。


雨や風に晒されてきたのだろう。


表面は削れ。


何の獣なのかも。


よく分からない。


狐は首を傾げた。


「……なんか」


「何」


狸が見る。


「狸に似てね?」


「そうか?」


うさぎが笑った。


「普通に狛犬やろ。狸さんには尻尾あるんやから」


「狸にはねぇぞ」


「……え?」


うさぎが狸を見る。


カラスも見る。


狐も。


つられて見る。


三人分の視線を受けて。


狸は。


「何」


「…………」


うさぎが咳払いした。


「……まあ。いろいろおるやろ」


「適当だな」


狸が言う。


「ええねん。細かいことは」


うさぎは社へ向き直った。


「ワイも甘い恋したいわー。行ってこようかな」


「勝手に行けよ」


「狐、冷たない?」


「知らねえよ」


カラスが静かに言った。


「願う前に、相手を探すところからでは」


「カラスまで冷たい!」


狐は鼻で笑った。


「行ってこいよ。縁結び」


「言われんでも行くわ!」


うさぎが社へ向かう。


カラスも。


そのあとについていった。


「…………」


狐は。


もう一度だけ。


古びた石像を見た。


隣に。


狸が立っている。


見比べてみる。


「やっぱ似てねえか?」


「分からない」


「お前、自分の顔だろ」


「石だろ、あれ」


「そうだけど」


「行くぞ」


狸は。


それ以上。


石像を気にしなかった。


「おう」


狐も。


その隣へ戻った。


     *


歩き出して。


少ししたところで。


狐は木札に書かれた文字を見た。


――ずっと一緒にいられますように。


「…………」


足が。


ほんの少しだけ遅くなる。


くだらない。


そんなこと。


わざわざ願うものなのか。


一緒にいたければ。


一緒にいればいい。


明日も。


同じところで仕事をして。


休憩になれば。


いつもの場所へ行く。


狸がいる。


自分もそこへ行く。


仕事が終われば。


くだらない話をしながら帰る。


それだけだ。


「狐?」


少し先から。


狸が呼んだ。


「何してんだ」


「…………何でもねえ」


狐は小走りで追いつく。


狸の隣へ戻った。


     *


祭りの奥では。


笛と太鼓が鳴っていた。


人の輪ができている。


狐と狸は。


少し離れたところへ座った。


「疲れた」


「狐、人混み嫌いだもんな」


「お前は平気なのかよ」


「別に」


狸が酒を飲む。


狐は。


その横顔を見る。


「…………」


「何」


すぐ気づかれた。


「見てねえ」


「見てた」


「見てねえ」


「じゃあ俺の顔に何かついてる?」


「だから見てねえって!」


狸が笑う。


狐は前を向いた。


太鼓。


笛。


笑い声。


提灯の灯り。


その向こうを。


一組の男女が歩いている。


手を繋いでいた。


さらに向こう。


年を取った二人が。


ゆっくり並んで歩いている。


何かを話して。


片方が笑う。


もう片方も笑う。


「…………」


俺は。


自分の隣を見る。


狸。


いつもと同じ。


祭りだからといって。


何かが変わったわけじゃない。


なのに。


さっき見た木札が。


まだ頭に残っている。


――ずっと一緒に。


「……狸」


「ん?」


呼んだ。


でも。


続きが出なかった。


「何」


「…………」


何を聞こうとしたのか。


自分でも。


よく分からない。


「お前さ」


「うん」


「…………こういうの、毎年来んの?」


「祭り?」


「そう」


「まあ。仕事がなければ」


「一人で?」


「その年による」


「ふうん」


「何で?」


「別に」


それで終わらせる。


けれど。


何かが胸に引っかかった。


――その年による。


じゃあ。


来年は。


誰と来る。


「…………」


妙に。


面白くなかった。


「狸」


「ん?」


「来年」


口から出た。


「来年?」


「…………」


言葉が止まる。


「……来年も」


「うん」


「…………でかい海老天、あるといいな」


「そっち?」


狸が笑った。


「何だよ!」


「いや。狐らしいなと思って」


「うるせえ!」


「来年も探すか」


「…………」


狐は。


狸を見る。


「……おう」


それだけ答えた。


     *


祭りが終わるころ。


二人で帰った。


昼よりずっと静かな道を。


狸と並んで歩く。


遠くには。


まだ祭りの音が残っていた。


「食ったな」


狸が言う。


「お前もだろ」


「狐の方が食ってた」


「走った分だ」


「海老天三本」


「うるせえ」


「団子」


「お前も食った!」


「焼き――」


「数えんな!」


狸が笑う。


狐も。


少しだけ笑った。


しばらく歩く。


いつもの帰り道。


いつもの歩幅。


隣には狸がいる。


少し前。


狸が一日だけ仕事場にいなかった。


あの日は。


何かがおかしかった。


今日は。


朝からずっと。


狸が隣にいる。


「…………」


狐は狸を見る。


来年。


さっき。


狸がそう言った。


来年も探すか。


俺は。


「おう」と答えた。


「…………」


来年。


遠い。


まだ。


よく分からない。


でも。


また祭りが来たら。


狸と。


あのでかい海老天を探す。


それは。


悪くなかった。


     *


宿へ戻る。


夜の廊下は静かだった。


祭りの騒がしさが。


嘘みたいに。


二人分の足音だけが響く。


やがて。


狸の部屋の前へ着いた。


その隣が。


狐の部屋。


いつもの場所まで来て。


二人とも足を止めた。


「じゃあ、また明日」


狸が自分の戸へ手をかける。


「おう」


狐も。


自分の部屋へ入ろうとする。


そのとき。


狸の戸が。


閉まりかけた。


「狸」


「ん?」


戸が開く。


狸が顔を出した。


「何」


「…………」


呼び止めた。


でも。


言うことがない。


「……明日」


「うん」


「遅れんなよ」


「仕事に?」


「他に何があんだよ」


狸が。


少しだけ笑った。


「分かった」


それから。


「また明日な、狐」


「……おう」


戸が閉まる。


俺も。


自分の部屋へ入った。


     *


壁一枚。


向こうに狸がいる。


さっきまで。


ずっと隣を歩いていた。


すぐ近くなのに。


部屋が。


妙に静かだった。


「…………」


狐は布団へ寝転がった。


耳の奥に。


まだ祭りの音が残っている。


笛。


太鼓。


人の声。


それから。


狸の。


――来年も探すか。


「…………」


来年。


狸は。


また自分の隣を歩いているんだろうか。


さっきは。


「おう」と答えた。


狸も。


そう言った。


なら。


来年になったら。


また行けばいい。


それだけだ。


「…………」


なのに。


狸の言った、


――その年による。


が。


まだ残っている。


誰と祭りへ行こうが。


狸の勝手だ。


そう思ったら。


妙に腹が立った。


「何なんだよ」


寝返りを打つ。


目を閉じる。


大きな海老天。


提灯。


人混み。


並んで歩く二人。


木札に書かれていた言葉。


――ずっと一緒にいられますように。


「…………」


一緒にいたければ。


一緒にいればいい。


やっぱり。


そう思う。


明日になれば。


狸は。


壁の向こうから出てくる。


仕事場へ行けば。


また会う。


来年だって。


狸は。


「来年も探すか」と言った。


なら。


行けばいい。


「…………」


最後に。


人混みの向こうへ消えかけた。


狸の背中が浮かんだ。


あのとき。


考えるより先に。


手が伸びた。


掴んだ。


「…………」


俺は。


自分の右手を見る。


どうして掴んだのか。


そんなことは。


分かっている。


見失いたくなかった。


だから。


掴んだ。


それだけだ。


狐は手を下ろす。


しばらく。


壁の向こうを見る。


静かだった。


狸の姿は。


見えない。


俺は。


もう一度だけ。


右手を握った。



――狸視点


祭りの話をしたのは。


本当に。


何となくだった。


「今度の祭り、行くか」


そう聞くと。


狐は少しだけこちらを見た。


「……別に」


「行かない?」


「そうは言ってねえだろ」


「じゃあ行く?」


「お前が行きてえなら付き合ってやる」


予想通り。


「はいはい。じゃあ一緒に行こうな」


「その言い方やめろ」


「何で」


「俺が行きたがってるみてえだろ」


「違うの?」


「違う」


即答。


分かりやすい。


でも。


それ以上は言わなかった。


     *


祭りの日。


待ち合わせ場所へ行くと。


狐はまだ来ていなかった。


珍しい。


俺が早かっただけだけど。


しばらくして。


狐が来る。


いつもの衣装。


いつもの面。


特に変わったところはない。


「遅い」


「まだ時間前だろ」


「俺が待った」


「知らねえよ」


狐が俺の隣へ並ぶ。


「行くか」


「おう」


歩き出す。


少しして。


何となく狐を見る。


「何だよ」


「いや」


「何」


「今日、ちょっと綺麗じゃない?」


「は?」


「いつもより」


狐の足が止まった。


「何言ってんだお前」


「面とか」


「いつもと同じだ!」


「そう?」


「そうだ!」


妙に怒る。


なるほど。


何かしたらしい。


「ふうん」


「何だよ!」


「何でもない」


これ以上は。


やめておいた。


     *


祭りは。


かなり混んでいた。


「多いな」


「祭りだからな」


「歩きづれえ」


「迷子になるなよ」


「なるか!」


「狐、小さいから見失いそう」


「お前とそんなに変わんねえだろ!」


「少し違う」


「少しだ!」


面白い。


人を避けながら。


少し前へ出る。


そのとき。


後ろから来た人の波が。


俺と狐の間を横切った。


二、三歩。


進んで。


狐がいないことに気づく。


振り返ろうとした。


その前に。


くい。


衣の端が引かれた。


「…………」


見る。


狐の手。


俺の衣を。


しっかり掴んでいる。


狐自身も。


気づいたみたいに。


その手を見ていた。


「何」


「…………」


「……人多いから」


「うん」


「はぐれたら面倒だろ」


「そうだな」


少し。


笑いそうになった。


でも。


やめた。


狐は。


掴んだ手を離さない。


俺も。


何も聞かなかった。


歩く速度だけを落とす。


後ろに。


狐の気配がある。


衣越しに。


引かれている。


人混みが薄くなるまで。


そのまま歩いた。


     *


「狐」


「何」


「あれ」


海老天の屋台を指す。


狐が止まる。


分かりやすい。


「…………」


「行くぞ」


「即決だな」


「うるせえ」


俺が言ったんじゃないけど。


まあいい。


値段を見て。


狐が黙る。


「食わないの?」


「食う」


「迷ってたじゃん」


「値段見てただけだ」


「俺が買おうか」


「いらねえ!」


「何で」


「自分で買える!」


「はいはい」


「その返事やめろ!」


一本ずつ買った。


俺の方が。


少しだけ大きい。


「…………」


狐が見る。


「何」


「別に」


「交換する?」


「いらねえ!」


「見てたじゃん」


「見てねえ!」


笑う。


これも。


いつも通り。


でも。


今日は。


仕事場でも。


休憩所でもない。


祭りの中を。


狐と二人で歩いている。


思っていたより。


楽しかった。


     *


小さな社の前で。


人が集まっていた。


狐が足を止める。


「何だ、あれ」


俺も見る。


「お。狸と狐やん」


聞き覚えのある声。


うさぎだった。


隣にはカラスもいる。


「お前らも来てたのか」


狐が聞く。


「ワイらは仕事帰りにちょっとな」


うさぎが俺たちを見る。


それから。


社を見る。


口元が笑った。


「なんやお前ら。縁結びに興味あるんか?」


「縁結び?」


狐が聞き返す。


「そうや。ここ、縁結びで有名やねん」


俺も。


社を見る。


特に。


何も感じない。


「昔はな」


うさぎが続ける。


「石像が一対あったらしいんやけど、今は一体しか残ってへんらしい」


「一体だけ?」


狐が聞く。


「せや。それで、離れても縁が切れへんとか、いつか隣に立つ相手と巡り会えるとか。まあ、いろいろ言われとる」


狐の視線が。


社の脇へ動いた。


俺も見る。


古びた石像。


表面が削れている。


何の獣なのか。


よく分からない。


「……なんか」


狐が言う。


「何」


「狸に似てね?」


「そうか?」


「似てる気がする」


うさぎが笑った。


「普通に狛犬やろ。狸さんには尻尾あるんやから」


「狸にはねぇぞ」


狐が言った。


「……え?」


うさぎが。


俺を見る。


カラスも。


狐まで。


俺を見る。


「何」


「…………」


うさぎが咳払いした。


「……まあ。いろいろおるやろ」


「適当だな」


「ええねん、細かいことは」


うさぎは社の方を向く。


「ワイも甘い恋したいわー。行ってこようかな」


「勝手に行けよ」


狐が言う。


「狐、冷たない?」


「知らねえよ」


カラスが。


静かに口を挟んだ。


「願う前に、相手を探すところからでは」


「カラスまで冷たい!」


うさぎが社へ向かう。


カラスもついていった。


俺は。


もう一度だけ。


石像を見る。


古い。


それだけだった。


「やっぱ似てねえか?」


狐が聞く。


「分からない」


「お前、自分の顔だろ」


「石だろ、あれ」


「そうだけど」


「行くぞ」


歩き出す。


狐も。


すぐ隣へ戻ってきた。


     *


少し進んで。


狐が来ていないことに気づいた。


振り返る。


狐は。


木札を見ていた。


――ずっと一緒にいられますように。


「狐?」


肩が。


ぴくっと動く。


「何してんだ」


「…………何でもねえ」


小走りで。


俺のところまで来る。


何を見てたんだ。


そう聞きかけた。


でも。


やめた。


狐は。


また俺の隣へ並んだ。


俺も。


そのまま歩いた。


     *


祭りの奥で。


少し休んだ。


笛と太鼓。


人の声。


狐は。


俺の隣に座っている。


酒を飲む。


視線を感じた。


「何」


「見てねえ」


「見てた」


「見てねえ」


「じゃあ俺の顔に何かついてる?」


「だから見てねえって!」


笑う。


しばらくして。


「……狸」


「ん?」


「…………」


待つ。


「何」


「…………お前さ」


「うん」


「…………こういうの、毎年来んの?」


「祭り?」


「そう」


「まあ。仕事がなければ」


「一人で?」


「その年による」


「ふうん」


「何で?」


「別に」


そこで。


終わる。


狐は。


少し黙った。


俺も。


何も言わなかった。


やがて。


「狸」


また呼ばれる。


「ん?」


「来年」


「来年?」


「…………」


待つ。


「……来年も」


「うん」


「…………でかい海老天、あるといいな」


「そっち?」


思わず笑った。


「何だよ!」


「いや。狐らしいなと思って」


「うるせえ!」


狐がそっぽを向く。


俺は。


残っていた酒を飲んだ。


「来年も探すか」


「…………」


狐が。


こっちを見る。


「……おう」


「ん」


     *


祭りが終わるころ。


二人で帰った。


「食ったな」


「お前もだろ」


「狐の方が食ってた」


「走った分だ」


「海老天三本」


「うるせえ」


「団子」


「お前も食った!」


「焼き――」


「数えんな!」


笑う。


隣から。


狐の小さな笑い声も聞こえた。


何かをするわけでもない。


触れるわけでもない。


ただ。


並んで帰る。


「…………」


狐を見る。


「何だよ」


「何でもない」


「今日それ多くねえ?」


「そう?」


「そうだよ」


前を見る。


来年も探すか。


さっき。


自然に出た。


来年。


また。


同じ祭りが来る。


そのとき。


狐が隣にいて。


でかい海老天を見つけて。


また。


俺の方が大きいと文句を言う。


その姿が。


浮かんだ。


「…………」


悪くない。


     *


宿へ戻る。


夜の廊下に。


二人分の足音が響く。


俺の部屋。


その隣が。


狐の部屋。


いつもの場所まで来る。


「じゃあ、また明日」


「おう」


戸へ手をかける。


開けて。


中へ入る。


閉めようとしたとき。


「狸」


手が止まる。


戸を開け直す。


「ん?」


狐が。


自分の部屋の前に立っていた。


「何」


「…………」


待つ。


「……明日」


「うん」


「遅れんなよ」


「仕事に?」


「他に何があんだよ」


少し笑った。


「分かった」


狐が。


まだこちらを見ている。


「また明日な、狐」


「……おう」


戸を閉める。


     *


部屋が静かになる。


隣には。


狐がいる。


壁一枚。


いつもと同じ。


俺は。


しばらく。


閉めた戸を見ていた。


今日の狐は。


何度も俺を見た。


何度も俺を呼んだ。


人混みでは。


俺の衣を掴んだ。


縁結びの木札を。


振り返って見ていた。


来年。


そう言いかけて。


海老天の話に変えた。


「…………」


横になる。


目を閉じる。


祭りの音が。


まだ少し残っている。


その中で。


一番はっきり浮かんだのは。


人混みで。


俺の衣を掴んだ。


狐の手だった。


俺が。


引いたわけじゃない。


呼んだわけでもない。


狐が。


自分から。


手を伸ばした。


「…………」


壁の向こうは。


静かだった。


来年も探すか。


俺がそう言った。


狐は。


「おう」と答えた。


それだけ。


目を閉じる。


しばらくして。


壁の向こうで。


小さく。


何かが動く音がした。


俺は。


その音を聞きながら。


眠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。