第12話|祭りのあとも
――狐視点
祭りなんて。
別に、珍しくもない。
毎年ある。
屋台が並んで。
人が増えて。
いつもより町が騒がしくなる。
それだけだ。
だから。
「今度の祭り、行くか」
狸にそう聞かれたときも。
狐は大して考えなかった。
「……別に」
「行かない?」
「そうは言ってねえだろ」
「じゃあ行く?」
「お前が行きてえなら付き合ってやる」
「はいはい。じゃあ一緒に行こうな」
「その言い方やめろ」
「何で」
「俺が行きたがってるみてえだろ」
「違うの?」
「違う」
即答した。
狸は。
それ以上、何も言わなかった。
*
祭りの日。
狐は少し早く仕事を切り上げた。
別に。
急いだわけじゃない。
着替えて。
手拭いで汗を拭いて。
面の位置を直す。
「…………」
いつもと同じ。
なのに。
もう一度。
衣の襟を整えた。
「何やってんだ、俺」
誰に見せるわけでもない。
祭りへ行くだけだ。
狸と。
その言葉が頭に浮かんで。
「…………」
俺は。
もう一度だけ。
面の位置を直した。
*
待ち合わせ場所には。
狸の方が先にいた。
「遅い」
「まだ時間前だろ」
「俺が待った」
「知らねえよ」
狸はいつも通りだった。
笠を被って。
酒壺を提げて。
気怠そうに立っている。
「行くか」
「おう」
狐は狸の隣へ並んだ。
それだけで。
妙に落ち着いた。
*
祭りは。
思った以上に混んでいた。
「多いな」
「祭りだからな」
「歩きづれえ」
「迷子になるなよ」
「なるか!」
「狐、小さいから見失いそう」
「お前とそんなに変わんねえだろ!」
「少し違う」
「少しだ!」
狸が笑う。
腹が立つ。
その背中を小突こうとして。
人が横切った。
狐の足が止まる。
狸はそのまま二、三歩先へ行く。
「…………」
人の間に。
狸の背中が隠れた。
ほんの一瞬。
それだけだった。
なのに。
身体が先に動いた。
手を伸ばす。
狸の衣の端を掴んだ。
「…………」
狸が振り返る。
「何」
「…………」
狐は自分の手を見る。
掴んでいる。
「……人多いから」
「うん」
「はぐれたら面倒だろ」
「そうだな」
狸は笑わなかった。
からかいもしない。
ただ。
少し歩く速度を落とした。
狐は。
衣を掴んだまま歩いた。
しばらくして。
人混みが薄くなったところで。
ようやく離した。
「…………」
手の中が。
少しだけ。
物足りなかった。
*
「狐」
「何」
「あれ」
狸が指す。
屋台。
狐は看板を見る。
「…………」
海老天。
しかも。
でかい。
「行くぞ」
「即決だな」
「うるせえ」
近づいて。
値段を見る。
少し高い。
「…………」
「食わないの?」
「食う」
「迷ってたじゃん」
「値段見てただけだ」
「俺が買おうか」
「いらねえ!」
「何で」
「自分で買える!」
「はいはい」
「その返事やめろ!」
結局。
一本ずつ買った。
狸の方が。
少し大きかった。
「…………」
「何」
「別に」
「交換する?」
「いらねえ!」
「見てたじゃん」
「見てねえ!」
狸が笑う。
狐は海老天へ噛みついた。
美味い。
悔しいけど。
祭りは。
少し楽しい。
*
しばらく歩くと。
小さな社があった。
普段は静かな場所だが。
今日は灯りが並び。
人が集まっている。
「何だ、あれ」
狐が足を止めた。
「お。狸と狐やん」
横から声がした。
振り向く。
「……うさぎ?」
その隣には。
カラスもいた。
二人とも仕事帰りらしい。
「お前らも来てたのか」
「ワイらは帰りにちょっとな」
うさぎは答えてから。
狐と狸を見る。
それから。
社を見る。
にやりとした。
「なんやお前ら。縁結びに興味あるんか?」
「縁結び?」
狐が聞き返す。
「そうや。ここ、縁結びで有名やねん」
「ふうん」
社の前には。
何人もの人がいる。
若い二人。
年を取った夫婦。
友人同士らしい連中。
木札に何かを書いている者もいた。
「昔はな」
うさぎが社の方を見る。
「石像が一対あったらしいんやけど、今は一体しか残ってへんらしい」
「一体だけ?」
「せや。それで、離れても縁が切れへんとか、いつか隣に立つ相手と巡り会えるとか。まあ、いろいろ言われとる」
「へえ」
狐は。
社の脇へ目を向けた。
人の流れから少し外れたところに。
古びた石像がある。
長い間。
雨や風に晒されてきたのだろう。
表面は削れ。
何の獣なのかも。
よく分からない。
狐は首を傾げた。
「……なんか」
「何」
狸が見る。
「狸に似てね?」
「そうか?」
うさぎが笑った。
「普通に狛犬やろ。狸さんには尻尾あるんやから」
「狸にはねぇぞ」
「……え?」
うさぎが狸を見る。
カラスも見る。
狐も。
つられて見る。
三人分の視線を受けて。
狸は。
「何」
「…………」
うさぎが咳払いした。
「……まあ。いろいろおるやろ」
「適当だな」
狸が言う。
「ええねん。細かいことは」
うさぎは社へ向き直った。
「ワイも甘い恋したいわー。行ってこようかな」
「勝手に行けよ」
「狐、冷たない?」
「知らねえよ」
カラスが静かに言った。
「願う前に、相手を探すところからでは」
「カラスまで冷たい!」
狐は鼻で笑った。
「行ってこいよ。縁結び」
「言われんでも行くわ!」
うさぎが社へ向かう。
カラスも。
そのあとについていった。
「…………」
狐は。
もう一度だけ。
古びた石像を見た。
隣に。
狸が立っている。
見比べてみる。
「やっぱ似てねえか?」
「分からない」
「お前、自分の顔だろ」
「石だろ、あれ」
「そうだけど」
「行くぞ」
狸は。
それ以上。
石像を気にしなかった。
「おう」
狐も。
その隣へ戻った。
*
歩き出して。
少ししたところで。
狐は木札に書かれた文字を見た。
――ずっと一緒にいられますように。
「…………」
足が。
ほんの少しだけ遅くなる。
くだらない。
そんなこと。
わざわざ願うものなのか。
一緒にいたければ。
一緒にいればいい。
明日も。
同じところで仕事をして。
休憩になれば。
いつもの場所へ行く。
狸がいる。
自分もそこへ行く。
仕事が終われば。
くだらない話をしながら帰る。
それだけだ。
「狐?」
少し先から。
狸が呼んだ。
「何してんだ」
「…………何でもねえ」
狐は小走りで追いつく。
狸の隣へ戻った。
*
祭りの奥では。
笛と太鼓が鳴っていた。
人の輪ができている。
狐と狸は。
少し離れたところへ座った。
「疲れた」
「狐、人混み嫌いだもんな」
「お前は平気なのかよ」
「別に」
狸が酒を飲む。
狐は。
その横顔を見る。
「…………」
「何」
すぐ気づかれた。
「見てねえ」
「見てた」
「見てねえ」
「じゃあ俺の顔に何かついてる?」
「だから見てねえって!」
狸が笑う。
狐は前を向いた。
太鼓。
笛。
笑い声。
提灯の灯り。
その向こうを。
一組の男女が歩いている。
手を繋いでいた。
さらに向こう。
年を取った二人が。
ゆっくり並んで歩いている。
何かを話して。
片方が笑う。
もう片方も笑う。
「…………」
俺は。
自分の隣を見る。
狸。
いつもと同じ。
祭りだからといって。
何かが変わったわけじゃない。
なのに。
さっき見た木札が。
まだ頭に残っている。
――ずっと一緒に。
「……狸」
「ん?」
呼んだ。
でも。
続きが出なかった。
「何」
「…………」
何を聞こうとしたのか。
自分でも。
よく分からない。
「お前さ」
「うん」
「…………こういうの、毎年来んの?」
「祭り?」
「そう」
「まあ。仕事がなければ」
「一人で?」
「その年による」
「ふうん」
「何で?」
「別に」
それで終わらせる。
けれど。
何かが胸に引っかかった。
――その年による。
じゃあ。
来年は。
誰と来る。
「…………」
妙に。
面白くなかった。
「狸」
「ん?」
「来年」
口から出た。
「来年?」
「…………」
言葉が止まる。
「……来年も」
「うん」
「…………でかい海老天、あるといいな」
「そっち?」
狸が笑った。
「何だよ!」
「いや。狐らしいなと思って」
「うるせえ!」
「来年も探すか」
「…………」
狐は。
狸を見る。
「……おう」
それだけ答えた。
*
祭りが終わるころ。
二人で帰った。
昼よりずっと静かな道を。
狸と並んで歩く。
遠くには。
まだ祭りの音が残っていた。
「食ったな」
狸が言う。
「お前もだろ」
「狐の方が食ってた」
「走った分だ」
「海老天三本」
「うるせえ」
「団子」
「お前も食った!」
「焼き――」
「数えんな!」
狸が笑う。
狐も。
少しだけ笑った。
しばらく歩く。
いつもの帰り道。
いつもの歩幅。
隣には狸がいる。
少し前。
狸が一日だけ仕事場にいなかった。
あの日は。
何かがおかしかった。
今日は。
朝からずっと。
狸が隣にいる。
「…………」
狐は狸を見る。
来年。
さっき。
狸がそう言った。
来年も探すか。
俺は。
「おう」と答えた。
「…………」
来年。
遠い。
まだ。
よく分からない。
でも。
また祭りが来たら。
狸と。
あのでかい海老天を探す。
それは。
悪くなかった。
*
宿へ戻る。
夜の廊下は静かだった。
祭りの騒がしさが。
嘘みたいに。
二人分の足音だけが響く。
やがて。
狸の部屋の前へ着いた。
その隣が。
狐の部屋。
いつもの場所まで来て。
二人とも足を止めた。
「じゃあ、また明日」
狸が自分の戸へ手をかける。
「おう」
狐も。
自分の部屋へ入ろうとする。
そのとき。
狸の戸が。
閉まりかけた。
「狸」
「ん?」
戸が開く。
狸が顔を出した。
「何」
「…………」
呼び止めた。
でも。
言うことがない。
「……明日」
「うん」
「遅れんなよ」
「仕事に?」
「他に何があんだよ」
狸が。
少しだけ笑った。
「分かった」
それから。
「また明日な、狐」
「……おう」
戸が閉まる。
俺も。
自分の部屋へ入った。
*
壁一枚。
向こうに狸がいる。
さっきまで。
ずっと隣を歩いていた。
すぐ近くなのに。
部屋が。
妙に静かだった。
「…………」
狐は布団へ寝転がった。
耳の奥に。
まだ祭りの音が残っている。
笛。
太鼓。
人の声。
それから。
狸の。
――来年も探すか。
「…………」
来年。
狸は。
また自分の隣を歩いているんだろうか。
さっきは。
「おう」と答えた。
狸も。
そう言った。
なら。
来年になったら。
また行けばいい。
それだけだ。
「…………」
なのに。
狸の言った、
――その年による。
が。
まだ残っている。
誰と祭りへ行こうが。
狸の勝手だ。
そう思ったら。
妙に腹が立った。
「何なんだよ」
寝返りを打つ。
目を閉じる。
大きな海老天。
提灯。
人混み。
並んで歩く二人。
木札に書かれていた言葉。
――ずっと一緒にいられますように。
「…………」
一緒にいたければ。
一緒にいればいい。
やっぱり。
そう思う。
明日になれば。
狸は。
壁の向こうから出てくる。
仕事場へ行けば。
また会う。
来年だって。
狸は。
「来年も探すか」と言った。
なら。
行けばいい。
「…………」
最後に。
人混みの向こうへ消えかけた。
狸の背中が浮かんだ。
あのとき。
考えるより先に。
手が伸びた。
掴んだ。
「…………」
俺は。
自分の右手を見る。
どうして掴んだのか。
そんなことは。
分かっている。
見失いたくなかった。
だから。
掴んだ。
それだけだ。
狐は手を下ろす。
しばらく。
壁の向こうを見る。
静かだった。
狸の姿は。
見えない。
俺は。
もう一度だけ。
右手を握った。
――狸視点
祭りの話をしたのは。
本当に。
何となくだった。
「今度の祭り、行くか」
そう聞くと。
狐は少しだけこちらを見た。
「……別に」
「行かない?」
「そうは言ってねえだろ」
「じゃあ行く?」
「お前が行きてえなら付き合ってやる」
予想通り。
「はいはい。じゃあ一緒に行こうな」
「その言い方やめろ」
「何で」
「俺が行きたがってるみてえだろ」
「違うの?」
「違う」
即答。
分かりやすい。
でも。
それ以上は言わなかった。
*
祭りの日。
待ち合わせ場所へ行くと。
狐はまだ来ていなかった。
珍しい。
俺が早かっただけだけど。
しばらくして。
狐が来る。
いつもの衣装。
いつもの面。
特に変わったところはない。
「遅い」
「まだ時間前だろ」
「俺が待った」
「知らねえよ」
狐が俺の隣へ並ぶ。
「行くか」
「おう」
歩き出す。
少しして。
何となく狐を見る。
「何だよ」
「いや」
「何」
「今日、ちょっと綺麗じゃない?」
「は?」
「いつもより」
狐の足が止まった。
「何言ってんだお前」
「面とか」
「いつもと同じだ!」
「そう?」
「そうだ!」
妙に怒る。
なるほど。
何かしたらしい。
「ふうん」
「何だよ!」
「何でもない」
これ以上は。
やめておいた。
*
祭りは。
かなり混んでいた。
「多いな」
「祭りだからな」
「歩きづれえ」
「迷子になるなよ」
「なるか!」
「狐、小さいから見失いそう」
「お前とそんなに変わんねえだろ!」
「少し違う」
「少しだ!」
面白い。
人を避けながら。
少し前へ出る。
そのとき。
後ろから来た人の波が。
俺と狐の間を横切った。
二、三歩。
進んで。
狐がいないことに気づく。
振り返ろうとした。
その前に。
くい。
衣の端が引かれた。
「…………」
見る。
狐の手。
俺の衣を。
しっかり掴んでいる。
狐自身も。
気づいたみたいに。
その手を見ていた。
「何」
「…………」
「……人多いから」
「うん」
「はぐれたら面倒だろ」
「そうだな」
少し。
笑いそうになった。
でも。
やめた。
狐は。
掴んだ手を離さない。
俺も。
何も聞かなかった。
歩く速度だけを落とす。
後ろに。
狐の気配がある。
衣越しに。
引かれている。
人混みが薄くなるまで。
そのまま歩いた。
*
「狐」
「何」
「あれ」
海老天の屋台を指す。
狐が止まる。
分かりやすい。
「…………」
「行くぞ」
「即決だな」
「うるせえ」
俺が言ったんじゃないけど。
まあいい。
値段を見て。
狐が黙る。
「食わないの?」
「食う」
「迷ってたじゃん」
「値段見てただけだ」
「俺が買おうか」
「いらねえ!」
「何で」
「自分で買える!」
「はいはい」
「その返事やめろ!」
一本ずつ買った。
俺の方が。
少しだけ大きい。
「…………」
狐が見る。
「何」
「別に」
「交換する?」
「いらねえ!」
「見てたじゃん」
「見てねえ!」
笑う。
これも。
いつも通り。
でも。
今日は。
仕事場でも。
休憩所でもない。
祭りの中を。
狐と二人で歩いている。
思っていたより。
楽しかった。
*
小さな社の前で。
人が集まっていた。
狐が足を止める。
「何だ、あれ」
俺も見る。
「お。狸と狐やん」
聞き覚えのある声。
うさぎだった。
隣にはカラスもいる。
「お前らも来てたのか」
狐が聞く。
「ワイらは仕事帰りにちょっとな」
うさぎが俺たちを見る。
それから。
社を見る。
口元が笑った。
「なんやお前ら。縁結びに興味あるんか?」
「縁結び?」
狐が聞き返す。
「そうや。ここ、縁結びで有名やねん」
俺も。
社を見る。
特に。
何も感じない。
「昔はな」
うさぎが続ける。
「石像が一対あったらしいんやけど、今は一体しか残ってへんらしい」
「一体だけ?」
狐が聞く。
「せや。それで、離れても縁が切れへんとか、いつか隣に立つ相手と巡り会えるとか。まあ、いろいろ言われとる」
狐の視線が。
社の脇へ動いた。
俺も見る。
古びた石像。
表面が削れている。
何の獣なのか。
よく分からない。
「……なんか」
狐が言う。
「何」
「狸に似てね?」
「そうか?」
「似てる気がする」
うさぎが笑った。
「普通に狛犬やろ。狸さんには尻尾あるんやから」
「狸にはねぇぞ」
狐が言った。
「……え?」
うさぎが。
俺を見る。
カラスも。
狐まで。
俺を見る。
「何」
「…………」
うさぎが咳払いした。
「……まあ。いろいろおるやろ」
「適当だな」
「ええねん、細かいことは」
うさぎは社の方を向く。
「ワイも甘い恋したいわー。行ってこようかな」
「勝手に行けよ」
狐が言う。
「狐、冷たない?」
「知らねえよ」
カラスが。
静かに口を挟んだ。
「願う前に、相手を探すところからでは」
「カラスまで冷たい!」
うさぎが社へ向かう。
カラスもついていった。
俺は。
もう一度だけ。
石像を見る。
古い。
それだけだった。
「やっぱ似てねえか?」
狐が聞く。
「分からない」
「お前、自分の顔だろ」
「石だろ、あれ」
「そうだけど」
「行くぞ」
歩き出す。
狐も。
すぐ隣へ戻ってきた。
*
少し進んで。
狐が来ていないことに気づいた。
振り返る。
狐は。
木札を見ていた。
――ずっと一緒にいられますように。
「狐?」
肩が。
ぴくっと動く。
「何してんだ」
「…………何でもねえ」
小走りで。
俺のところまで来る。
何を見てたんだ。
そう聞きかけた。
でも。
やめた。
狐は。
また俺の隣へ並んだ。
俺も。
そのまま歩いた。
*
祭りの奥で。
少し休んだ。
笛と太鼓。
人の声。
狐は。
俺の隣に座っている。
酒を飲む。
視線を感じた。
「何」
「見てねえ」
「見てた」
「見てねえ」
「じゃあ俺の顔に何かついてる?」
「だから見てねえって!」
笑う。
しばらくして。
「……狸」
「ん?」
「…………」
待つ。
「何」
「…………お前さ」
「うん」
「…………こういうの、毎年来んの?」
「祭り?」
「そう」
「まあ。仕事がなければ」
「一人で?」
「その年による」
「ふうん」
「何で?」
「別に」
そこで。
終わる。
狐は。
少し黙った。
俺も。
何も言わなかった。
やがて。
「狸」
また呼ばれる。
「ん?」
「来年」
「来年?」
「…………」
待つ。
「……来年も」
「うん」
「…………でかい海老天、あるといいな」
「そっち?」
思わず笑った。
「何だよ!」
「いや。狐らしいなと思って」
「うるせえ!」
狐がそっぽを向く。
俺は。
残っていた酒を飲んだ。
「来年も探すか」
「…………」
狐が。
こっちを見る。
「……おう」
「ん」
*
祭りが終わるころ。
二人で帰った。
「食ったな」
「お前もだろ」
「狐の方が食ってた」
「走った分だ」
「海老天三本」
「うるせえ」
「団子」
「お前も食った!」
「焼き――」
「数えんな!」
笑う。
隣から。
狐の小さな笑い声も聞こえた。
何かをするわけでもない。
触れるわけでもない。
ただ。
並んで帰る。
「…………」
狐を見る。
「何だよ」
「何でもない」
「今日それ多くねえ?」
「そう?」
「そうだよ」
前を見る。
来年も探すか。
さっき。
自然に出た。
来年。
また。
同じ祭りが来る。
そのとき。
狐が隣にいて。
でかい海老天を見つけて。
また。
俺の方が大きいと文句を言う。
その姿が。
浮かんだ。
「…………」
悪くない。
*
宿へ戻る。
夜の廊下に。
二人分の足音が響く。
俺の部屋。
その隣が。
狐の部屋。
いつもの場所まで来る。
「じゃあ、また明日」
「おう」
戸へ手をかける。
開けて。
中へ入る。
閉めようとしたとき。
「狸」
手が止まる。
戸を開け直す。
「ん?」
狐が。
自分の部屋の前に立っていた。
「何」
「…………」
待つ。
「……明日」
「うん」
「遅れんなよ」
「仕事に?」
「他に何があんだよ」
少し笑った。
「分かった」
狐が。
まだこちらを見ている。
「また明日な、狐」
「……おう」
戸を閉める。
*
部屋が静かになる。
隣には。
狐がいる。
壁一枚。
いつもと同じ。
俺は。
しばらく。
閉めた戸を見ていた。
今日の狐は。
何度も俺を見た。
何度も俺を呼んだ。
人混みでは。
俺の衣を掴んだ。
縁結びの木札を。
振り返って見ていた。
来年。
そう言いかけて。
海老天の話に変えた。
「…………」
横になる。
目を閉じる。
祭りの音が。
まだ少し残っている。
その中で。
一番はっきり浮かんだのは。
人混みで。
俺の衣を掴んだ。
狐の手だった。
俺が。
引いたわけじゃない。
呼んだわけでもない。
狐が。
自分から。
手を伸ばした。
「…………」
壁の向こうは。
静かだった。
来年も探すか。
俺がそう言った。
狐は。
「おう」と答えた。
それだけ。
目を閉じる。
しばらくして。
壁の向こうで。
小さく。
何かが動く音がした。
俺は。
その音を聞きながら。
眠った。




