09 王妃の謝罪
数日ぶりにゴージマの城へ戻った。
謁見の間へ入ると、ゴージマ四世をはじめ、重臣たちが待っていた。
俺は玉座へ向かいながら笑う。
「ゴージマ四世よ」
「聞いたか?」
「お前を裏切ったジロンヌは潰してやったぞ」
俺は玉座に腰を下ろした。
「領地も増えた」
「さぞ嬉しかろう?」
ゴージマ四世の額には汗が浮かんでいる。
「……ご尽力に感謝いたします」
「嬉しくないのか?」
俺は首を傾げる。
「つまらんな」
そして楽しそうに続けた。
「今度はエジュマだったか」
「そちらを潰した時は盛大な式典でも開かねばならんな」
ゴージマ四世の笑顔が引きつる。
その様子がおかしくて、俺は声を上げて笑った。
すると見かねたマリウス宰相が前へ出る。
「コウスケ様」
「王妃様が謝罪をしたいと申されております」
「ああ、そうだったな」
俺は思い出したように頷いた。
「待たせるのも悪い」
「通せ」
衛兵が扉を開く。
静まり返った謁見の間へ、王妃エリーゼが入ってきた。
数人の侍女を従え、ゆっくりと歩いてくる。
そして俺の前で見事なカーテシーを披露した。
「コウスケ様におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしのことと存じます」
優雅な声だった。
「先日は事情を知らなかったとはいえ、大変失礼な態度をお見せいたしました」
「心よりお詫び申し上げます」
そう言って深く頭を下げる。
広間は静まり返った。
やがて王妃が顔を上げる。
その瞬間。
俺は笑みを浮かべた。
だが、その目を見て理解した。
謝罪している目ではない。
怒り。
反発。
屈辱。
王妃として頭を下げさせられたことへの憤り。
それらを必死に押し殺している目だった。
俺は心の中で笑う。
――なるほど。
――まだ納得していないらしい。
だが表情には出さない。
むしろ穏やかに頷く。
「良い良い」
「分かってくれればそれで良い」
エリーゼの肩から少し力が抜ける。
ゴージマ四世も僅かに安堵したようだった。
だが俺は続ける。
「そちらも王妃としての立場があるのだろう」
そこで視線をマリウスへ向けた。
「ところで宰相よ」
「王妃の実家はどこだったかな?」
空気が変わった。
マリウスの顔が強張る。
「……ジャック伯爵家にございます」
「そうか」
俺は頷く。
「そのジャック伯爵家は王都へ来ておるか?」
マリウスが口ごもる。
ゴージマ四世は静かに目を閉じた。
一方、エリーゼは何の話か分からず首を傾げている。
俺は小さく笑った。
「なるほど」
「俺の命令に従わなかったわけか」
その瞬間、エリーゼの顔色が変わる。
「お待ちください!」
何か言おうとした王妃を手で制する。
「隊長と副隊長を呼べ」
すると後方から声がした。
「ここに」
最初から待機していたらしい。
俺は二人を見た。
「命令だ」
二人の表情が引き締まる。
「ジャック伯爵家は王命に従わなかった」
「反逆とみなす」
広間の空気が凍り付く。
「五日以内にジャック伯爵家を制圧しろ」
「当主を拘束し、領地の統治権を接収せよ」
隊長と副隊長は一瞬だけ躊躇した。
だがすぐに頭を下げる。
「はっ!」
二人はそのまま広間を後にした。
エリーゼは呆然としていた。
俺はそんな王妃を見て笑う。
「勘違いするな」
「これはお前への罰ではない」
王妃が顔を上げる。
俺は笑みを深めた。
「俺の命令を無視した者への処分だ」
「歯向かう者に手心を加えれば、他の者も同じことをする」
そして広間全体を見渡す。
誰も視線を合わせようとしない。
「だから見せしめが必要なのだ」
静まり返った空間に俺の声だけが響く。
「一人でも逆らえばどうなるか」
「命令を無視すれば何を失うのか」
「それを理解させなければならない」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「恐怖は便利だぞ」
「言葉よりも早く、人を従わせる」
エリーゼが息を呑む。
ゴージマ四世は俯いた。
マリウスも何も言えない。
俺は満足そうに笑った。
ようやく分かり始めた。
力だけでは足りない。
相手が大切にしているものを奪う。
失いたくないものを失わせる。
その方がよほど効く。
ゴージマ王家が俺にしたことも、結局はそういうことだったのだから。
ゴージマ四世が恐る恐る口を開く。
「どうか……お考え直しいただけませんか」
俺は王を見る。
「何をだ?」
「ジャック伯爵家への処分を……」
俺は鼻で笑った。
「娘は俺に歯向かう」
「親は俺の命令を無視する」
「これを反逆と言わず何と言う」
誰も答えられない。
俺は王妃へ視線を向ける。
「今日はご苦労だったな」
「王妃よ」
エリーゼは唇を震わせていた。
俺は笑みを深める。
「また会うこともあるだろう」
「その時は、もっと良い挨拶を期待しているぞ」
そう言い残し、俺は高らかに笑った。
その笑い声だけが、静まり返った謁見の間に長く響いていた。




