08 (閑話)王妃エリーゼの困惑
城の一室。
ゴージマ四世と王妃エリーゼが向かい合って座っていた。
同席しているのは、宰相マリウスとヨハン侯爵である。
重苦しい空気が部屋を支配していた。
「エリーゼ様」
マリウスが静かに口を開く。
「コウスケ様がお戻りになりましたら、どうか謝罪をお願いいたします」
その言葉にエリーゼは眉を吊り上げた。
「嫌ですわ」
即答だった。
「あのような無礼な者に、なぜ私が頭を下げなければなりませんの?」
その声には怒りが滲んでいる。
ここ数日、同じやり取りが何度も繰り返されていた。
ゴージマ四世は疲れたように息を吐いた。
「あの者は勇者コウスケ様だ」
「我らを憎み、恨んでいる理由は分からぬ」
「だが、間違いなくコウスケ様なのだ」
エリーゼは納得できないという表情を浮かべる。
「コウスケ様は二百年前の人物なのでしょう?」
「元の世界へ帰還されたとも聞いております」
「それなのに、なぜ今になって現れるのですか」
「二百年以上生きているなど、あり得ませんわ」
ゴージマ四世は返す言葉を失った。
代わりにヨハン侯爵が口を開く。
「北方戦線で使用された魔法は≪ステラ≫でした」
エリーゼが視線を向ける。
ヨハン侯爵は続けた。
「あの魔法は、かつてコウスケ様ご本人が開発されたものです」
「そして被害が大きすぎるため封印された魔法でもあります」
「記録によれば、あの魔法を使える者はコウスケ様以外に存在しません」
エリーゼは唇を噛んだ。
それでも納得できない。
いや、納得したくないのだろう。
「あの者が本当に勇者だとしても……」
「だからといって好き勝手を許して良いのですか」
その言葉に、ゴージマ四世の表情が険しくなる。
「エリーゼ」
低い声だった。
「今は好き嫌いの話をしているのではない」
王はゆっくりと言葉を続ける。
「あの者が恨み、憎み、怒り続けている間は逆らってはならぬ」
「一人で国を滅ぼせる力を持っているのだ」
エリーゼは目を伏せる。
だが納得した様子はない。
その態度に、ついにゴージマ四世が声を荒げた。
「分からぬのか!」
部屋の空気が震える。
エリーゼは驚いて顔を上げた。
「あの者を刺激すればどうなる!」
「お前は自分の意地のために民を死なせるつもりか!」
「王妃であるならば、自分の感情より民を優先せよ!」
エリーゼは目を見開いたまま固まる。
反論しようと口を開きかける。
だが言葉は出てこなかった。
沈黙が部屋を包む。
その時だった。
部屋の扉が激しく開かれる。
一人の騎士が飛び込んできた。
「ご報告いたします!」
全員の視線が騎士へ向く。
騎士の顔は青ざめていた。
「ジロンヌ領壊滅!」
部屋の空気が凍り付く。
「城は崩壊!」
「領都も壊滅状態!」
「周辺の森は焼失!」
「各地の街や村も甚大な被害を受けております!」
誰も言葉を発しない。
エリーゼは口元を押さえた。
目には涙が浮かんでいる。
ゴージマ四世はゆっくりと目を閉じた。
マリウスは天井を仰ぎ、深いため息を吐く。
ヨハン侯爵は俯いた。
そして苦しそうに呟く。
「そこまで……せずとも……」
誰も返事をしない。
コウスケが王都を発ってから、まだ数日。
たった数日で一つの領地が滅んだ。
裏切り者の土地だった。
だが、そこに住む全ての者が罪人だったわけではない。
それでもコウスケは躊躇わなかった。
部屋の誰もが理解していた。
二百年前に世界を救った勇者は、もう存在しない。
今いるのは――。
怒りと憎しみに支配された災厄だった。
部屋を覆う重苦しい沈黙が、その事実を何より雄弁に物語っていた。




