05 国を盗る
俺は玉座に深く腰掛けたまま言った。
「俺の剣と鎧を持ってこい」
ゴージマ四世が首を傾げる。
「剣と鎧……ですか?」
「俺が帰る前に預けた剣と鎧だ」
俺は苛立たしげに答えた。
「まさか捨てたとは言わないよな?」
王は慌てて側近たちを見る。
「それは、もしかして勇者コウスケ様の剣と鎧のことでしょうか?」
「分かっているなら早く持ってこい」
「何度も言わせるな」
俺が睨みつけると、騎士たちは飛ぶように謁見の間を出ていった。
しばらくして戻ってきた騎士たちが、大事そうに宝箱を運び込む。
箱が開かれる。
そこにあったのは、見覚えのある装備だった。
黄金や宝石で装飾された『勇者の剣』。
白銀の輝きを放つ『王者の鎧』。
何年も前に預けたはずの装備。
よく残っていたものだ。
俺は鎧を身にまとい、剣を腰に下げる。
その姿を見た王や貴族たちは息を呑んだ。
彼らにとっては伝説の勇者の装備なのだろう。
だが俺にとっては使い慣れた仕事道具に過ぎない。
「脅威を一つ取り払ってやろう」
俺は立ち上がった。
「その間、お前たちには時間をやる」
「俺に従うか」
「それとも敵対するか」
「よく考えておけ」
そう言い残し、俺は魔法を発動する。
≪フライ≫
次の瞬間、身体が宙へ浮かび上がった。
大広間の天井を突き抜けるような速度で空へ舞い上がる。
眼下に王都が広がる。
そして北方へ向かって飛翔した。
☆★☆★☆★☆★☆★
北方戦線。
ゴージマ王国軍とユーグス帝国軍が激突していた。
剣戟。
怒号。
悲鳴。
血煙。
人間同士が殺し合う戦場。
俺は遥か上空からそれを見下ろした。
「くだらない」
自然と声が漏れる。
かつての俺なら、この戦場に降り立ち、王国軍を守るために戦っただろう。
だが今は違う。
俺は勇者ではない。
戦場へ向けて右手を掲げる。
「久しぶりだな」
俺は小さく笑った。
≪ステラ≫
その瞬間だった。
空が暗く染まる。
昼だというのに夜のような闇が戦場を覆った。
兵士たちが空を見上げる。
ざわめきが広がる。
そして。
闇の中から無数の光が現れた。
彗星。
それも一つや二つではない。
空を埋め尽くすほどの数。
かつて俺自身が開発した超広域殲滅魔法。
次の瞬間。
無数の彗星が地上へ降り注いだ。
轟音。
衝撃。
爆炎。
戦場全体が炎に包まれる。
大地が揺れる。
空気が震える。
兵士たちの叫びは爆発音にかき消された。
敵も味方も関係ない。
王国軍も。
帝国軍も。
全てを巻き込んで炎が広がる。
俺がかつて封印した魔法だった。
被害が大きすぎる。
戦争そのものを終わらせてしまうからだ。
だから使わなかった。
だが今は違う。
俺が必要としているのは勝利ではない。
脅威の排除だ。
しばらくして爆炎が収まる。
戦場は静まり返っていた。
俺はゆっくりと地上へ降り立つ。
生き残った者たちがこちらを見る。
恐怖。
絶望。
困惑。
様々な感情が入り混じっていた。
だが俺は構わず歩く。
俺に向かって武器を向ける者がいる。
逃げ出そうとする者もいる。
俺は何も言わない。
ただ剣を振るう。
やがて戦場から物音が消えた。
俺は空を見上げる。
脅威は消えた。
少なくとも、この戦場に限れば。
☆★☆★☆★☆★☆★
城へ戻ると、王や貴族たちはまだ結論を出せずにいた。
俺は玉座の前まで歩く。
「北の戦場は終わらせてやったぞ」
広間が静まり返る。
「それで?」
「お前たちの考えは決まったか?」
ゴージマ四世は青い顔で答える。
「いえ……まだ……」
俺はため息をついた。
「遅いな」
そう呟き、近くにいた騎士の一人へ視線を向ける。
騎士は凍り付いたように動かない。
俺はその首を掴んだ。
「お、お待ちください!」
王が叫ぶ。
だが遅い。
次の瞬間。
騎士は床へ崩れ落ちた。
広間に悲鳴が響く。
俺は王を見た。
「お前たちが決断しないからだ」
「こいつが死んだのは俺の責任じゃない」
「お前たちの責任だ」
誰も反論できない。
広間を支配していたのは沈黙だった。
「早く決めろ」
「次の犠牲者を出したくなければな」
その言葉を聞いた瞬間。
ゴージマ四世が玉座の前に跪いた。
「あなた様に服従いたします」
周囲の貴族たちが顔を見合わせる。
そして次々と膝をついた。
騎士たちも跪く。
誰も逆らわない。
俺は満足そうに頷いた。
その時だった。
謁見の間へ一人の騎士が飛び込んでくる。
「ご報告いたします!」
騎士は息を切らしながら叫んだ。
「北方戦線にて王国軍、帝国軍ともに壊滅!」
「生存者はほとんど確認できません!」
広間の空気が凍り付く。
ゴージマ四世がゆっくりと俺を見上げた。
顔色は真っ青だった。
俺はそんな王を見て笑う。
「な?」
「脅威を一つ終わらせてやっただろう?」
俺が口元を歪めると、ゴージマ四世は何も言えず俯いた。




