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35 アンナとの決別

俺とエリーゼが大広間に入ると、アンナは静かに跪いた。


「良い良い。今日はめでたい話の席だ」


「そのような態度では話もできん」


「楽にしろ」


俺がそう言うと、アンナは戸惑いながら立ち上がった。


エリーゼも怪訝そうな顔をしている。


めでたい話とは何なのか。


そんな疑問が、その表情には浮かんでいた。


俺は玉座へ腰を下ろした。


そして笑みを浮かべる。


「アンナの縁談を纏めてきたぞ」


二人の口から小さく声が漏れた。


「えっ……」


それも当然だ。


アンナはまだ十四歳。


成人すらしていない。


その年齢で婚約ではなく、縁談を纏めてきたと言われたのだ。


理解が追いつかない。


俺は構わず続けた。


「政略的な意味合いもある」


「今後の国を守るための婚姻だ」


「王族としての務めだな」


「しっかり果たせ」


アンナは青ざめている。


エリーゼも嫌な予感を覚えたのだろう。


強い視線を俺へ向けていた。


俺はそれを楽しみながら言葉を続ける。


「相手はユーグス帝国の王だ」


「既に何人もの妻を持っているが、正式な妻として迎えると約束してくれた」


「これで帝国との争いは避けられる」


「喜ぶが良い」


その瞬間。


アンナの顔から血の気が引いた。


膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。


エリーゼが声を上げた。


「そんな酷い話がありますか!」


「アンナはまだ子供なのですよ!」


俺は首を傾げる。


「酷い?」


「何がだ?」


「王族として国を守るために身を捧げる」


「立派な務めではないか」


そして少しだけ声を低くした。


「それとも何か?」


「この国の王族は、自分たちの平和のために異世界人を戦わせるのは当然だが、自分たちは何もしないと言うのか?」


「自分たちだけは安全な場所にいて、他人の命だけ差し出すのか?」


エリーゼは唇を噛み締めた。


反論できない。


アンナも俯いている。


俺は満足そうに笑った。


「俺は誇りに思うぞ」


「王族として国のために尽くそうとするアンナをな」


その後、近くの隊長へ視線を向けた。


「準備は済んでいるな」


「明日ではない」


「今すぐだ」


アンナとエリーゼが同時に顔を上げた。


「え……?」


「これより出立する」


「向こうも待っているのでな」


大広間が静まり返る。


エリーゼが青ざめた。


「お待ちください!」


「せめて少しだけ!」


「娘と話を――」


俺は遮った。


「必要あるか?」


「縁談は決まった」


「出立も決まった」


「以上だ」


エリーゼは必死だった。


「アンナ!」


「待ちなさい!」


「私は――」


そこでアンナが小さな声で言った。


「もう結構です」


エリーゼが固まった。


アンナは俯いたまま続ける。


「母上はいつもそうです」


静まり返る大広間。


誰も口を挟まない。


「侍女服を着せられた時も」


「出征式典の時も」


「ニック兄上の時も」


アンナの肩が震えていた。


怒りなのか。


悲しみなのか。


自分でも分からないのだろう。


「いつも泣いているだけでした」


エリーゼの顔が歪む。


アンナはゆっくり顔を上げた。


その目には涙が浮かんでいた。


「私は母上を信じていました」


「母上なら何とかしてくれると」


「助けてくれると」


一筋の涙が頬を伝う。


「でも」


アンナは首を横に振った。


「もう期待しません」


その言葉にエリーゼの身体が震えた。


まるで胸を刺されたような表情だった。


「アンナ……」


かすれた声。


だがアンナはもう見ていない。


母親を見る目ではなかった。


ただ目の前にいる一人の女性を見ているだけだった。


俺は満足そうに笑う。


「アンナ」


「時間だ」


アンナはゆっくり立ち上がった。


そしてエリーゼへ向かって頭を下げる。


それは娘としての別れではない。


王族としての礼だった。


「失礼します」


それだけ言う。


そして踵を返した。


エリーゼが手を伸ばす。


「アンナ!」


だがアンナは振り返らない。


そのまま扉へ向かう。


一度も。


ただの一度も。


振り返ることなく。


やがて扉が閉まった。


重い音が大広間に響く。


エリーゼはその場に崩れ落ちた。


伸ばした手だけが宙に残る。


もう届かない。


もう追いつけない。


娘は去った。


怒りも。


悲しみも。


期待も。


全て持って行ったまま。


残されたのは、自分が母親として何一つ守れなかったという現実だけだった。


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