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32 魔国との取引

魔国の王のもとへ案内された。


広大な謁見の間。


黒い石で造られた巨大な玉座に、魔国の王が腰を下ろしている。


左右には重武装の護衛騎士。


その全員が、露骨な敵意をこちらへ向けていた。


魔国の王は肘掛けに肘を置き、俺を見下ろしながら口を開く。


「貴様が勇者コウスケか」


「我と話があると聞いたが、何用だ?」


その言葉を聞いた瞬間、俺は眉をひそめた。


随分と偉そうだ。


この世界に戻ってきてから、こんな口の利き方をされたのはゴージマ四世以来ではないか。


俺は鼻で笑う。


「魔族風情が、誰に向かってそんな口を利いている?」


「少し躾をしてやらねばならんか?」


俺が笑うと同時に、謁見の間の空気が変わった。


護衛騎士たちが殺気を放つ。


魔国の王の目も細くなった。


次の瞬間だった。


護衛騎士の一人が飛び出してくる。


だが遅い。


俺は腕を掴み、そのまま床へ叩きつけた。


轟音。


石床が砕ける。


騎士は苦悶の声を上げる間もなく組み伏せられた。


俺はその背中を踏みつけながら言う。


「勘違いするな」


「別に喧嘩しに来たわけではない」


「疑問に思ったことを聞きに来ただけだ」


魔国の王はしばらく俺を見ていた。


やがてゆっくりと口を開く。


「疑問とは何だ?」


俺は笑った。


「なぜゴージマ王国を狙った?」


その言葉に、魔国の王の表情が変わる。


一瞬だけ驚いた顔をした。


だが次の瞬間、大声で笑い始めた。


「なぜ、だと?」


「笑わせるな」


「勇者を召喚し、魔王を倒しながら、その後の国すらまとめられぬ」


「腐敗した貴族を放置し、無能な王族が国を食い潰す」


「そのような国に怒りを抱く理由など、一つで十分だ」


「無能だからだ」


謁見の間に笑い声が響く。


俺も笑った。


心底おかしくなった。


「なるほど」


「それなら俺とほぼ同じだ」


魔国の王が興味深そうに俺を見る。


俺は肩をすくめた。


「俺はあいつらに勇者として呼び出された」


「勝手に人生を変えられた」


「勝手に戦わされた」


「勝手に利用された」


「そして捨てられた」


俺の声から笑みが消える。


「結果として人生は壊れた」


「なのに、また俺を呼び出した」


「まだ利用できると思っていたらしい」


「だから終わらせる」


静かな声だった。


だが謁見の間は静まり返っていた。


「王族も」


「国も」


「全部だ」


魔国の王は黙って聞いている。


俺は続けた。


「そこで提案だ」


「王女を一人引き取ってほしい」


魔国の王が眉を上げた。


「王女?」


「ああ」


「ゴージマ王家の王女だ」


「形式上は政略結婚」


「だが結婚後は好きに扱え」


「その女が何を訴えようと、俺は助けない」


護衛騎士たちがざわついた。


魔国の王も目を細める。


「人間の王女を?」


「魔族に嫁がせると?」


「しかも好きにしろと言うのか」


「面白い話だが、我に何の利益がある?」


俺は笑う。


「利益ならある」


「ゴージマ王家の王女だ」


「利用するのもいい」


「飾りにするのもいい」


「人質にするのもいい」


「どう扱うかはそちら次第だ」


魔国の王は顎に手を当てた。


「だが貴様が邪魔をするだろう?」


「勇者というのはそういうものだ」


俺は首を横に振る。


「しない」


「結婚した後なら何もしない」


「俺の目的は王女ではない」


「王族を壊すことだ」


魔国の王は俺を見つめた。


その視線の中に警戒が混じる。


おそらく理解できないのだろう。


国を滅ぼしたいのではない。


権力が欲しいわけでもない。


復讐のために王族を一人ずつ壊しているだけだ。


やがて魔国の王は大きく笑った。


「なるほどな」


「勇者にそこまで憎まれた王族か」


「それは気の毒なことだ」


周囲の魔族たちも笑う。


魔国の王は玉座から身を乗り出した。


「よかろう」


「その王女、受け取ってやる」


「ただしどう扱われるかは保証せん」


「何しろ我にはすでに十一人の王妃がいる」


「十二人目だ」


「特別扱いは期待するな」


再び笑いが起こった。


俺も笑う。


十分だ。


王女として育てられたアンナ。


王族としての誇りを教え込んできたエリーゼ。


その二人にとって、これ以上ないほど残酷な話だろう。


俺は踵を返す。


交渉は終わった。


帰ればエリーゼがいる。


娘の未来を聞かされた時、どんな顔をするのだろう。


その光景を想像すると、自然と笑みが浮かんだ。


まだ仕込みの段階だ。


本当に壊れるのは、これからなのだから。


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