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31 出征後の布石

「さて、親子の対面はそこまでとしておけ」


俺は涙を流すエリーゼを見ながら言った。


「エリーゼよ、お前は俺との約束があるだろう?」


「部屋に戻って支度をして待っていろ」


そう言いながら、俺はわざと厭らしい視線をエリーゼへ向ける。


エリーゼは顔を強張らせた。


ニックとアンナも、その視線の意味を察したのか、苦々しい表情を浮かべている。


実に良い。


疑いは育てるものだ。


一度芽吹いた疑念は、勝手に大きくなっていく。


俺は内心で笑いながら、なおもエリーゼから視線を外さないまま、ニックとアンナへ声をかけた。


「ニックとアンナは疲れていることだろう」


「しばらく部屋で休め」


「後日、二人には話がある」


「それまでは大人しくしておくのだ」


二人は黙って一礼した。


そして踵を返す。


だが――。


エリーゼの方は見ない。


一瞥すらくれなかった。


エリーゼはそんな二人を見つめていた。


呼び止めたい。


何かを説明したい。


そんな感情が滲んでいる。


だが言葉にはできない。


何を言っても今は届かないことを理解しているからだ。


俺はその背中を見送りながら口を開いた。


「おう、そうだ」


わざと扉へ向かう二人に聞こえるように。


「マリウスよ」


「そろそろ俺とエリーゼの結婚式をしないとな」


大広間の空気が凍り付く。


エリーゼが振り返った。


ニックとアンナも足を止める。


俺は笑みを浮かべた。


「ニックとアンナも無事帰還したことだ」


「盛大にやろうではないか」


「せっかくなら王都中に祝ってもらいたい」


「貴族だけではなく平民も招こう」


「王都の広場で行うぞ」


俺はわざと大げさに言った。


噂だけでは弱い。


だが結婚式となれば違う。


人々は信じる。


見たものを真実だと思い込む。


そして一度定着した認識は、そう簡単には覆らない。


元王妃エリーゼは勇者コウスケの妻になった。


それが王都の常識になる。


ニックとアンナが振り返る。


その目は真っ直ぐエリーゼへ向いていた。


責めるような目。


理解できないものを見るような目。


エリーゼは狼狽えていた。


何かを言おうとする。


だが言葉が出ない。


しばらくして二人は何も言わず、そのまま扉の向こうへ消えていった。


残されたエリーゼは呆然としている。


俺はそんな姿を眺めながら言った。


「おい、エリーゼ」


「いつまでそこにいるのだ」


「俺はマリウスとヨハン侯爵と少し話をしてから戻る」


「準備しておけ」


エリーゼは俺を睨み付けた。


強い怒り。


強い悲しみ。


そして子供たちの反応に傷付いた母親の顔。


だが何も言わない。


いや、言えない。


自分が助けを求め、その対価として俺に従うと誓った以上、今ここで反発することの意味を理解している。


俺はそんな視線を無視してヨハン侯爵へ向き直った。


「ダントン連合国は、しばらく燃え続ける」


「火が王国へ広がらぬよう警戒を怠るな」


ヨハン侯爵は目を見開いた。


あの炎が本当に消えないことを理解したのだろう。


だがすぐに頭を下げる。


「はっ!」


短い返事だけだった。


続いてマリウスを見る。


「結婚式は一か月後だ」


「準備は貴様に任せる」


「大勢に見てもらいたい」


「盛大にな」


マリウスは深く頭を下げた。


「承知いたしました」


だが声はどこか硬い。


結婚式そのものではない。


俺が何を企んでいるのか。


それを考えている顔だった。


もっとも、それを口にする勇気は無いようだが。


俺は満足そうに頷いた。


「では後は任せる」


そう言い残し、大広間を後にする。


王城を出ると、そのまま空へ舞い上がった。


目的地は西方。


ユーグス帝国。


人間たちが恐れ続けてきた魔族の国だ。


眼下に街が見える。


村が見える。


俺はその上空を通り過ぎながら笑った。


まだ先の話だ。


だが、そろそろ次の駒も考えねばならない。


ゴージマは壊れた。


エリーゼも少しずつ追い込まれている。


だが王家というものは、一人潰しただけでは終わらない。


次の世代。


次の王族。


次の利用価値。


それらを考えなければならない。


俺は遠くに見え始めた巨大な城を見下ろした。


「さて」


「魔王とでも話をするか」


そして城門の前へ降り立つ。


兵士たちが慌てて武器を構えた。


俺は勇者の剣を肩へ担ぎながら叫ぶ。


「勇者コウスケが参上した!」


「魔国の王と話がしたい!」


「通されよ!」


「拒否するのであれば――」


俺は城壁を見上げながら笑った。


「魔国全土が焦土と化すぞ!」


しばらくの沈黙。


やがて重々しい音と共に門が開いた。


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