↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

03 プロローグ(後編)

教室は騒然としていた。


女子生徒たちは怯えた表情で後ずさりし、誰かが教師を呼びに走る。


やがて数人の教師が駆け込んできた。


だが、その顔ぶれに見覚えはなかった。


当然だ。


十年も経てば教師だって入れ替わる。


その時の俺は、まだその事実に思い至っていなかったが。


教師の一人が警戒した様子で問いかけてくる。


「あなたは誰ですか?」


「なぜ学校の中にいるのですか?」


俺は苛立ちながら答えた。


「だから、間宮浩介です」


「この学校の生徒だった間宮浩介です」


当然、信じてもらえなかった。


教師たちは困惑した顔を見合わせる。


そのうちの一人が携帯電話を取り出した。


「警察ですか? 不審者が校内に――」


その言葉を聞いた瞬間、俺は反射的に動いていた。


携帯電話を取り上げようと手を伸ばす。


ただ、それだけのつもりだった。


本当に、それだけだった。


だが。


俺の手が教師の肩に触れた瞬間、その身体が吹き飛んだ。


まるで大型トラックに跳ね飛ばされたかのように。


教師は数メートル先の壁へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


教室が静まり返る。


俺自身も呆然としていた。


力加減を間違えた。


いや、違う。


異世界で当たり前になっていた力を、そのまま使ってしまったのだ。


俺にとっては軽く押した程度だった。


だが、普通の人間には違った。


その事実を思い知らされた。


ほどなくして警察が到着した。


警官たちは警棒や盾を構えながら俺を包囲する。


「落ち着いてください」


「話を聞きます」


「抵抗しないでください」


その声を聞きながら、俺は吹き飛ばした教師を見た。


あの程度でああなる。


俺とこの世界の人間との間には、絶望的な力の差があった。


「……話を聞いてくれるなら」


そう言って、俺は両手を上げた。


☆★☆★☆★☆★☆★


取り調べは長かった。


俺は何度も説明した。


俺は間宮浩介だ。


高校一年生の時に異世界へ召喚された。


十年間戦い続け、今戻ってきた。


何度説明しても信じてもらえない。


当然だった。


俺だって逆の立場なら信じない。


だが、調査が進むにつれて状況が変わり始めた。


DNA鑑定。


指紋照合。


家族への聞き取り。


その結果――。


俺が間宮浩介本人であることが証明された。


だが、そこで新たな事実が判明した。


俺が失踪したのは十年前。


つまり。


この世界でも十年が経過していた。


「そんな……」


思わず呟いた。


異世界で過ごした十年。


その時間は、この世界でも同じように流れていたのだ。


俺は元の世界へ戻ってきた。


だが。


失った時間までは戻らなかった。


☆★☆★☆★☆★☆★


数日後、俺は釈放された。


理由はよく分からない。


学校への侵入も、教師への傷害も、特殊な事情が考慮されたらしい。


迎えに来たのは両親だった。


十年ぶりの再会。


もっと感動的なものになると思っていた。


だが現実は違った。


父は老けていた。


母も老けていた。


二人とも白髪が増え、顔には深い皺が刻まれていた。


十年という歳月を嫌でも実感させられる。


母は泣いていた。


父も目を赤くしていた。


俺も嬉しかった。


本当に嬉しかった。


だが、その時間は長く続かなかった。


世間が放っておかなかったからだ。


高校で失踪した少年が十年後に突然現れた。


しかも見た目は二十代前半。


DNAは本人。


本人は異世界に行っていたと主張している。


面白がらないはずがない。


テレビ。


ネットニュース。


週刊誌。


SNS。


気が付けば、俺は全国的な話題になっていた。


家の前には記者が集まる。


知らない人間が写真を撮る。


根拠のない噂が広がる。


詐欺師。


整形。


クローン。


人体実験。


宇宙人。


好き勝手なことを書かれた。


家族も疲弊していった。


俺自身も限界だった。


そして話し合いの末。


俺は家を出た。


誰かに追い出されたわけじゃない。


だが、そこに居続けることもできなかった。


☆★☆★☆★☆★☆★


その後の人生は散々だった。


高校は卒業していない。


大学にも行っていない。


職歴もない。


履歴書に書けることが何もない。


勇者として世界を救った?


そんな話を信じる会社など存在しない。


面接を受けた。


落ちた。


また受けた。


また落ちた。


何十社受けても結果は同じだった。


ようやく見つかったのが今の清掃会社だった。


正社員ですらない。


だが、贅沢は言えない。


働けるだけマシだった。


気付けば四年が経っていた。


俺は三十二歳になっていた。


世界を救った勇者は。


今では安アパートに住む清掃員だった。


☆★☆★☆★☆★☆★


俺は天井を見つめながら呟く。


「アイツらが俺を召喚しなければ……」


静かな部屋に声が響く。


「俺は普通の高校生活を送れた」


「普通に卒業して」


「普通に就職して」


「普通に生きられた」


誰も答えない。


だから続ける。


「戦えと言われたから戦った」


「命を懸けて戦った」


「仲間が傷付いた」


「仲間と別れた」


「全部終わらせた」


「なのに……」


拳を握る。


爪が食い込む。


「俺に残ったのは、この生活かよ」


胸の奥で渦巻く黒い感情。


四年間、消えることはなかった。


むしろ大きくなり続けていた。


憎悪。


怒り。


後悔。


諦め。


それらが混ざり合い、どす黒い塊となって心の奥に沈んでいる。


そして、その感情が限界に達しかけた時だった。


突然。


部屋が眩い白い光に包まれた。


俺は反射的に立ち上がる。


忘れるはずがない。


この光を。


俺の人生を変えた光を。


「まさか……」


次の瞬間。


景色が切り替わった。


☆★☆★☆★☆★☆★


豪華な装飾。


白い大理石の床。


巨大な魔法陣。


見覚えのある大広間。


俺は息を呑んだ。


ゴージマ王国。


召喚の間。


間違いない。


その瞬間。


胸の奥に沈んでいた感情が一気に噴き出した。


前方から豪華な衣装をまとった男が歩み出る。


年齢は五十代ほどだろうか。


王冠を被っている。


男は威厳ある声で告げた。


「我はゴージマ王国国王、ゴージマ四世である」


その言葉を聞いた瞬間。


俺の頭の中で何かが切れた。


「待て」


男が眉をひそめる。


周囲の貴族や騎士たちも怪訝そうな顔をする。


だが知ったことではない。


「今、何て言った?」


俺は一歩前に出る。


「ゴージマ四世だと?」


男は困惑しながら答える。


「その通りだが……」


その言葉を聞いた瞬間、怒りが爆発した。


「何のために俺を呼んだ!」


大広間に怒号が響き渡る。


騎士たちが慌てて武器に手を掛ける。


だが俺は止まらない。


四年間。


いや。


十四年間かもしれない。


胸の奥に溜め込み続けてきた感情が噴き出していた。


「答えろ!」


「今度は何をさせるつもりだ!」


「誰と戦わせるつもりだ!」


「俺から今度は何を奪う!」


握り締めた拳が震える。


怒りで視界が赤く染まりそうだった。


もし、この場にゴージマ一世がいたなら。


俺は迷わず殴り殺していたかもしれない。


それほどまでに。


俺は怒っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。