02 プロローグ(中編)
一人になってからの旅は、想像以上に過酷だった。
仲間がいた頃は、誰かが冗談を言い、誰かが愚痴をこぼし、誰かが励ましてくれた。
だが今は違う。
戦うのも俺一人。
食事をするのも俺一人。
夜、焚き火の前に座るのも俺一人だった。
それでも歩みを止めることはできなかった。
俺が止まれば、ここまで積み上げてきたものが全て無駄になる。
そう思っていた。
勇者として与えられた力は、戦いを重ねるごとに成長していった。
最初は苦戦していた魔物も、やがて敵ではなくなった。
将軍級の魔族を倒した。
魔王軍の軍勢を壊滅させた。
国を滅ぼしたという伝説の魔獣も討伐した。
いつしか俺は、人間の領域を超えた強さを手に入れていた。
誰も俺に追いつけない。
誰も俺と肩を並べられない。
気付けば、そんな存在になっていた。
だが、それは決して誇らしいことではなかった。
強くなればなるほど、一緒に戦える者はいなくなる。
俺は勇者だった。
そして同時に、孤独だった。
☆★☆★☆★☆★☆★
魔王との最終決戦は、拍子抜けするほどあっけなく終わった。
もちろん苦戦はした。
だが、かつての俺なら勝てなかったというだけだ。
長い旅の果てにたどり着いた俺は、魔王を遥かに上回る力を手にしていた。
激戦の末――などではない。
圧勝だった。
魔王は倒れた。
魔王軍は崩壊した。
世界を覆っていた脅威は消え去った。
長かった戦いは終わったのだ。
俺は勝った。
世界を救った。
そのはずだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
ゴージマ王国へ戻ると、国中が歓喜に包まれた。
王は涙を流して俺を迎えた。
貴族たちは称賛した。
兵士たちは敬礼した。
街の人々は歓声を上げた。
盛大なパレードが開かれた。
通りを埋め尽くすほどの人々が俺の名を叫んでいた。
勇者様。
救世主。
英雄。
そんな言葉が飛び交っていた。
祝賀会は何日も続いた。
俺の周りには常に人がいた。
酒を勧める者。
感謝を伝える者。
自分の娘を紹介してくる貴族までいた。
当時の俺は、それなりに満足していた。
大変だった。
苦しかった。
何度も死にかけた。
だが、その苦労が報われた気がした。
そう。
あの日までは。
☆★☆★☆★☆★☆★
ある日、王から呼び出しを受けた。
玉座の間へ向かうと、王は穏やかな笑みを浮かべていた。
「勇者よ」
「約束を果たそう」
俺は少し驚いた。
元の世界へ帰る。
最初に交わした約束だ。
正直なところ、迷いもあった。
十年。
俺はこの世界で十年を過ごした。
仲間もいた。
知り合いもいた。
思い出もあった。
もはや、この世界も俺にとって故郷の一つになっていた。
だから帰ることに未練がなかったわけではない。
それでも。
元の世界がどうなっているのか。
家族は元気なのか。
友人たちはどうしているのか。
少し気になっていた。
だから俺は頷いた。
「分かった」
王は満足そうに笑った。
「では、送還の儀を始めよう」
俺は巨大な魔法陣の中央へ立った。
周囲では神官たちが祈りを捧げている。
床に刻まれた魔法陣が淡く輝き始めた。
白い光が溢れ出す。
眩しさに目を細めたその時。
王が大声で叫んだ。
「勇者よ!達者でな!」
俺は思わず笑った。
「あんたもな!」
「じゃあな!」
それが最後の会話だった。
白い光が全てを覆い尽くす。
視界が消える。
体が浮かぶような感覚。
そして――。
☆★☆★☆★☆★☆★
次の瞬間、俺は別の場所に立っていた。
懐かしい匂い。
見慣れた机。
見慣れた黒板。
俺は呆然と周囲を見回した。
教室だった。
高校一年生の頃の教室。
俺が召喚された場所。
「……戻ってきたのか」
思わず呟く。
懐かしかった。
本当に懐かしかった。
だが、その感傷は長く続かなかった。
廊下から声が聞こえた。
しばらくして教室の扉が開く。
数人の女子高生が入ってきた。
俺は思わず笑顔になる。
クラスメートかもしれない。
そう思った。
だが――。
彼女たちは俺を見るなり固まった。
目を見開いた。
そして次の瞬間。
「きゃあああああっ!」
悲鳴が響き渡った。
「知らない人がいる!」
「誰!?」
「怖い!」
教室は大騒ぎになった。
俺は慌てて声を上げた。
「待て!」
「俺だよ!」
「間宮だ!」
「間宮浩介!」
だが、誰も信じない。
それどころか、ますます怯えた顔をしている。
その反応を見て、嫌な予感が胸をよぎった。
俺が知っているクラスメートなら、俺の顔を知らないはずがない。
なのに。
誰も俺を知らない。
誰一人として。
俺を見て、間宮浩介だと思わない。
その事実に、背筋が冷たくなった。




