01 プロローグ(前編)
俺は清掃の仕事を終え、事務所へ戻った。
タイムカードを押し、
「お先に失礼します」
とだけ告げる。
誰もこちらを見ない。
誰も声をかけない。
別に嫌われているわけじゃない。
ただ、興味がないだけだ。
俺も同僚たちに興味はない。
だから、それでいい。
いつもどおり、真っすぐ帰路につく。
途中でコンビニに立ち寄り、値引きシールの貼られた弁当を一つ手に取る。
それが今日の夕食だ。
家賃三万五千円。
築何十年なのかも分からない木造アパートへ帰り着く。
部屋に入り、買ってきた弁当を小さなテーブルに置く。
シャワーを浴びる。
タバコに火をつける。
テレビをつける。
だが、内容は頭に入ってこない。
俺は床に寝転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
こんな生活が、もう四年も続いている。
間宮浩介。
三十二歳。
異世界に召喚され、勇者と呼ばれた男の成れの果てだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
俺が異世界へ召喚されたのは、高校一年生の春だった。
入学してまだ間もない頃。
教室で授業を受けていたはずなのに、気が付くと見知らぬ大広間に立っていた。
床には巨大な魔法陣。
周囲には豪華な衣装をまとった人々。
そして、玉座に座る威厳ある老人。
何が起きたのか理解できず呆然としていると、その老人が立ち上がった。
「ようこそ、勇者よ」
そう言って両手を広げた。
後に知ることになる。
この男こそ、ゴージマ王国国王、ゴージマ一世だった。
王の説明を要約するとこうだ。
ゴージマ王国は魔物の活性化によって苦しめられていた。
さらに周辺諸国からの侵略も受けている。
国は存亡の危機に瀕している。
そこで女神の神託を受け、異世界から勇者を召喚した。
その勇者が俺だという。
王は真剣な表情で言った。
「召喚されたそなたは、女神から数々の恩寵を授かっている」
「その力は我らの常識を遥かに超える」
「どうか我らを救ってほしい」
「侵略者どもを退け、魔物活性化の元凶たる魔王を討ってもらいたい」
そして最後にこう続けた。
「無論、目的を果たした暁には、元の世界へ送り返すことを約束しよう」
当時の俺は高校一年生だった。
ゲームが好きだった。
ラノベも読んでいた。
異世界召喚という言葉も知っていた。
まさか本当に自分が体験するとは思っていなかったが。
それでも、胸は高鳴った。
勇者。
それは子供の頃から憧れた存在だった。
しかも帰れないわけではない。
使命を果たせば元の世界へ戻れるらしい。
ならば悪い話ではない。
そう思った。
いや。
正直に言えば、興奮していた。
俺は二つ返事で了承した。
その時は、それがどれほど重い選択なのか理解していなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
勇者としての生活は過酷だった。
だが同時に、充実もしていた。
厳しい訓練。
危険な戦い。
何度も死にかけた。
それでも前へ進めたのは、仲間がいたからだ。
剣士ジョセフ。
豪快で短気だったが、頼りになる男だった。
斥候アンナ。
口は悪いが面倒見が良く、仲間思いだった。
魔導士ナタリー。
冷静沈着で、俺たちの暴走を止める役目を担っていた。
最初は衝突も多かった。
喧嘩もした。
怒鳴り合いもした。
だが、一緒に旅を続けるうちに信頼が生まれた。
いつしか俺たちは背中を預け合う仲になっていた。
この世界に来て失ったものも多かったが、得たものも確かにあった。
そう思っていた。
あの頃までは。
旅の途中。
アンナが重傷を負った。
魔物の群れとの戦いだった。
命は助かった。
だが、もう前線には立てない。
医師からそう告げられた。
アンナは泣いた。
悔しそうに。
何度も謝りながら。
俺はそんな彼女に言った。
「待っていてくれ」
「魔王を倒したら、必ず戻ってくる」
アンナは涙を流しながら頷いた。
俺はそれを信じていた。
本気で信じていた。
だが、その約束を果たすことはできなかった。
さらに旅を続ける中で、今度はナタリーの妊娠が発覚した。
相手はジョセフだった。
二人は俺に頭を下げた。
何度も謝った。
俺は笑って言った。
「謝ることじゃないだろ」
「生まれてくる子供を大事にしてやれ」
二人は泣いていた。
嬉しかったのか。
申し訳なかったのか。
その両方だったのかもしれない。
その日を境に、ジョセフとナタリーも旅を離れた。
気付けば俺は一人になっていた。
それでも立ち止まれなかった。
アンナのために。
ジョセフとナタリーのために。
生まれてくる子供のために。
そして何より、この世界を救うために。
俺は戦い続けた。




