26 出征の道
その後、式典は何事もなかったかのように進行していった。
父は連行された。
母は姿を見せなかった。
それでも誰も式典を止めようとはしない。
国民たちは歓声を上げ、私たちを見送っている。
まるで先ほどの出来事など存在しなかったかのようだった。
そうして私たち三人は、ダントン連合国へ向けて出陣した。
戦団の中央。
王族である私たち三人は並んで馬を進めていた。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
皆、それぞれに考えることがあったのだろう。
やがてニック兄が苦々しい声を漏らした。
「母上は、あのようにふしだらなお方だったか?」
その言葉に私は顔を伏せる。
聞きたくない言葉だった。
だが、誰も否定できない言葉でもあった。
ニック兄は続ける。
「父上は、あのような愚行に走るお方だったか?」
「なにかがおかしくないか?」
怒りと戸惑いが入り混じった声だった。
ジャック兄が深く息を吐く。
「確かにおかしい」
「俺が知っていた父上、母上とは、まるで別人のようだ」
そう言った後、しばらく黙り込む。
まるで言葉を選んでいるようだった。
そして苦しそうに続ける。
「母上がそんなことをするはずがない」
「俺はそう思っている」
私は思わず顔を上げた。
ニック兄も同じだった。
だがジャック兄の表情は暗い。
「だが、説明がつかないんだ」
「侍女服を着せられてから、常にコウスケ様の傍にいる」
「二人きりになることも多い」
「そして今日、俺たちの出征式典にも来なかった」
そう言って拳を握る。
「母上を信じたい」
「だが、事実だけを並べると、考えたくもないことが頭をよぎるんだ」
その言葉には怒りよりも苦悩が滲んでいた。
長男として。
母を信じる息子として。
現実との間で引き裂かれているのだろう。
するとニック兄が声を荒げた。
「ジャック兄は母上がコウスケ様の寵愛を受けていると仰るのですか!」
「そんなこと、あるはずがない!」
「母上ですよ!」
ジャック兄も負けじと声を上げる。
「俺も信じたくない!」
「だが否定できる材料がどこにある!」
「噂だけなら笑い飛ばせる!」
「だが今の状況を見ていると、どうしても考えてしまうんだ!」
ニック兄は何も言い返せなかった。
信じたい。
だが信じる根拠がない。
それはニック兄も同じなのだ。
再び沈黙が流れる。
やがてジャック兄が今度は父について語り始めた。
「父上も父上だ」
苦い声だった。
「母上を奪われたも同然なのに、今まで何もできなかった」
「そして今日になって突然あんな行動に出た」
「結果はどうだ」
「俺たちの晴れ舞台を台無しにして、皆の前で拘束された」
「元とはいえ王だった人だぞ」
その言葉にニック兄は俯く。
怒りたい。
反論したい。
だが反論できない。
式典で見た父の姿は、それほどまでに痛々しかった。
国王だった男。
王国を率いていた男。
その男が兵士たちに押さえつけられ、引きずられていった。
あまりにも惨めだった。
「なぜもっと早く動かなかったんだ……」
ニック兄が小さく呟く。
「母上を守るならもっと前にできたはずだ」
「どうして今なんだ」
誰に向けた言葉なのか分からなかった。
父への怒りか。
父への失望か。
あるいは自分自身への苛立ちか。
誰も答えなかった。
長い沈黙だけが続く。
そしてニック兄が私を見る。
「アンナ」
「お前はどう思っているんだ?」
二人の視線が私へ向けられる。
私は少し考えた。
何を答えるべきなのか。
何が正しいのか。
そんなことは分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
「父上も母上も信じたい」
「私は今でも信じている」
そう言うと、二人の表情が少しだけ和らぐ。
だが私は続けた。
「でも……」
喉が震える。
あの日の光景が頭に浮かぶ。
血。
悲鳴。
泣き叫ぶ声。
剣を握らされた感触。
私の手を握り、一緒に人を斬ったコウスケの手。
耳元で聞こえた声。
笑顔。
全てが鮮明に蘇る。
私は無意識に手を握り締めていた。
「それ以上に、コウスケ様が怖い」
二人が黙る。
私は続けた。
「私はもう逆らえない」
「あの人に逆らうべきではないと思っている」
「逆らえば、もっと酷いことになる」
「もっと多くの人が死ぬ」
自分でも情けないと思う。
だが恐怖は消えない。
どれだけ時間が経っても。
「あの人は本当にやる」
「冗談では済まさない」
「だから……」
私は言葉を止めた。
ジャック兄とニック兄が私を見ている。
私は俯いた。
そして小さな声で言う。
「父上や母上がコウスケ様に抗うのであれば……私は……」
その先は言えなかった。
言葉にしたくなかった。
二人も何も聞かなかった。
聞いてしまえば、本当に戻れなくなる気がしたのだろう。
再び沈黙が落ちる。
馬の足音だけが響く。
私たちは何のために戦争へ向かっているのだろう。
王になるためか。
生き残るためか。
それとも、ただコウスケ様に逆らわないためか。
分からない。
ただ一つ分かることがある。
私たちが帰る頃には、きっと何もかも変わっている。
父も。
母も。
王国も。
そして私たち自身も。
帰るべき場所は、今も少しずつ形を変えていた。




