25 出征式典
数日後、出征式典が開催される。
ジャック、ニック、アンナの三人が、ダントン連合国へ向けて出陣するためだ。
それまでの間、俺は撒いた種がどれほど育ったかを確かめていた。
俺の少し後ろをエリーゼが歩き、そのさらに後ろをゴージマがついてくる。
端から見れば、完全に主人と従者だ。
元王であるゴージマが、今では俺の後ろを黙って歩いている。
俺たちが廊下を進むたびに、あちこちから囁き声が聞こえてきた。
視線はエリーゼとゴージマに向けられている。
誰も面と向かっては言わない。
だが、噂は確実に広がっていた。
元王妃エリーゼ。
勇者コウスケの妻。
元王ゴージマ。
妻を奪われた哀れな男。
噂の種は、順調に育っているらしい。
俺は小さく笑った。
これは出征式典が楽しみになってきた。
そして当日の朝。
俺はゴージマに直接会場へ向かうよう命じた。
自分は寝室に残り、エリーゼと二人きりになる。
エリーゼは不審そうな顔をしていた。
「何をするつもりですか」
そう問われたが、俺は答えない。
代わりに魔法を発動する。
≪スリープ≫
エリーゼは目を見開いた。
何か言おうとしたが、そのまま意識を失い、静かに眠りについた。
俺はその姿を一瞥し、身支度を整える。
そして寝室を出た。
待機していた侍女たちが頭を下げる。
俺は何気ない口調で言った。
「静かにしておいてくれ」
「少し求めすぎたせいで、エリーゼが疲れて眠っている」
侍女たちの目が大きく見開かれる。
だが誰も何も言わない。
ただ深く頭を下げた。
これで十分だ。
後は勝手に話が広がる。
子供たちの晴れ舞台に現れない母。
理由は勇者の寵愛を受けすぎて疲れているから。
くだらない話だ。
だが人間はこういう話が大好きだ。
俺は一人、小さく笑った。
そして式典会場へ向かった。
会場には大勢の人間が集まっていた。
貴族。
騎士。
そして特別に入城を許された裕福な平民たち。
大広間は熱気に包まれている。
マリウスの挨拶が終わる。
続いてジャック、ニック、アンナが順番に出征への決意を述べる。
騎士隊長も言葉を述べた。
そして俺の番だ。
三人の視線がこちらへ向いている。
だが、その視線には別の意味も混じっていた。
母はどこだ。
なぜ来ていない。
そんな疑問が見て取れる。
俺は笑みを浮かべた。
「ジャック、ニック、アンナ」
「出征おめでとう」
「この場にはいないが、エリーゼも昨夜は喜んでいたぞ」
三人の表情がわずかに緩む。
母は無事なのだ。
そう思ったのだろう。
だが俺は続けた。
「申し訳ないが、今は眠らせてもらっている」
「安心しろ、病気ではない」
その言葉に三人は安堵した。
だからこそ、次の言葉が深く刺さる。
俺は頭を掻きながら言った。
「昨夜、俺の求めに応じて頑張りすぎたみたいでな」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間。
貴族たちから笑いが起きた。
誰も否定しない。
誰も疑わない。
むしろ当然のこととして受け止めている。
噂は完全に事実になっていた。
さらに平民たちも笑い始める。
会場全体に笑いが広がる。
ジャックの拳が震えていた。
顔を伏せている。
否定したい。
だが否定できない。
最近の母はいつもコウスケの傍にいた。
侍女服を着せられた。
今日も来ていない。
噂だけなら笑い飛ばせた。
だが事実だけを並べると、否定しきれない。
ニックは唇を強く噛み締めていた。
怒りの矛先が定まらない。
コウスケか。
母か。
それとも何もできない父か。
分からない。
ただ胸の中に黒い感情だけが積み重なっていく。
アンナは俯いていた。
肩が震えている。
足元には雫が落ちていた。
怒りなのか。
悲しみなのか。
あるいは、その両方か。
そんな三人の姿を見ながら、俺は内心で笑う。
どんな思いで戦場へ向かうのか。
ぜひ聞いてみたいものだ。
その時だった。
「コウスケ! 貴様!!」
怒号が響いた。
振り返る。
そこにはゴージマがいた。
怒りに顔を歪めながらこちらへ歩いてくる。
「妻を辱め!」
「子供たちまで辱め!」
「貴様は人間か!」
会場が静まり返る。
俺は隊長へ視線を向けた。
それだけで十分だった。
隊長は即座に動く。
数人の騎士が飛び出し、ゴージマを床へ押さえつけた。
俺はゆっくり歩み寄る。
勇者の剣を肩に担ぎながら。
「妻と言ったか?」
俺は静かに尋ねた。
「お前に妻はいない」
「お前の元妻は今、俺の妻だ」
「勘違いするな」
ゴージマは歯を食いしばる。
何か言おうとしている。
だが言葉にならない。
その姿を見ていた人々の目は冷ややかだった。
元王が式典を妨害した。
そう見えているのだ。
家族を守ろうとしている男ではない。
空気も読めず暴れた落ちぶれた元王。
それが今の評価だった。
ジャックはその視線に気付いていた。
父は正しいことを言っている。
それなのに誰も味方しない。
誰一人。
それが何より辛かった。
ニックも同じだった。
父を哀れむ目。
侮る目。
見下す目。
その全てが胸に刺さる。
アンナは泣きそうな顔で父を見ていた。
だが助けることはできない。
何もできない。
ただ立ち尽くすしかない。
俺は隊長へ命じる。
「牢へ放り込んでおけ」
「裁きは後だ」
「はっ!」
隊長は即座に従った。
ゴージマは引きずられていく。
それでも叫び続けていた。
だが、その声に応える者はいない。
会場には冷たい沈黙だけが残った。
俺はジャック、ニック、アンナを見る。
三人とも苦しそうな顔をしていた。
母は出征式典にも現れない。
父は嫉妬に狂ったように暴れ、連行された。
そんな親の姿を見せられた子供たちが、どんな思いで戦場へ向かうのか。
俺は玉座の上で静かに笑った。
実に楽しみだ。




