24 噂のタネ
自室へ戻った俺は、エリーゼを伴って寝室へ入った。
侍女たちには執務室で待機するよう命じてある。
寝室には俺とエリーゼの二人だけ。
俺は無言で部屋着へ着替えた。
エリーゼは部屋の隅に立ったまま、警戒するように俺を見ている。
だが、俺は何もしない。
話しかけることもしない。
ただ椅子へ腰掛け、静かに時間が過ぎるのを待った。
エリーゼもやがて異様さに気付いたのだろう。
何かを警戒していた表情が、徐々に怪訝なものへ変わっていく。
だが、それでいい。
最初から何かをするつもりなどない。
必要なのは事実だけだ。
俺とエリーゼが二人きりで寝室にいた。
その事実だけで十分だ。
それ以外は勝手に周囲が補完してくれる。
やがて数時間ほどが過ぎた頃。
寝室の扉が控えめに叩かれた。
「コウスケ様」
侍女の声だった。
「ゴージマ様がお戻りになられました」
俺は小さく笑う。
来たか。
ようやくだ。
俺は立ち上がる。
そして部屋着の襟元を少し乱した。
髪も手でわざと崩す。
エリーゼを見る。
髪は綺麗にまとめられたままだ。
俺は無言で近付き、髪留めを外した。
長い髪が肩へ流れ落ちる。
エリーゼが驚いて後ずさる。
「何を――」
「黙っていろ」
俺は髪を軽くかき乱す。
エリーゼは嫌悪の表情を浮かべた。
だが関係ない。
これは演出だ。
見せるためのな。
準備が整うと、俺は寝室の扉を開いた。
執務室へ出る。
そこにはゴージマ四世が立っていた。
そして数名の侍女たち。
全員の視線が俺とエリーゼへ向く。
俺の乱れた服。
エリーゼの乱れた髪。
数時間、二人きりだった寝室。
それだけで十分だった。
ゴージマ四世は唖然としている。
侍女たちも目を見開いていた。
俺は何事もなかったかのように席へ座る。
「ゴージマよ」
「申し伝えたことは済ませたのだな?」
ゴージマ四世はしばらく返事ができなかった。
やがて掠れた声で答える。
「……はい」
「終わらせました……」
明らかに元気がない。
俺はわざと首を傾げた。
「どうした?」
「元気がないではないか」
「何かあったのか?」
ゴージマ四世は俯いた。
拳を強く握り締めている。
「……何もございません」
俺は内心で笑う。
何もないわけがない。
だが、それでいい。
疑念は口に出した瞬間に弱くなる。
心の中で膨らませるからこそ、人を壊す。
「そうか」
「ならよい」
俺は立ち上がる。
そして自然な仕草でエリーゼの肩へ手を回した。
エリーゼの身体が強張る。
肩を振り払おうとするが無駄だ。
俺はそのまま寝室へ向かう。
すると背後から声が飛んだ。
「コウスケ様!」
ゴージマ四世だった。
振り返る。
ゴージマ四世は苦しそうな顔をしていた。
「できれば……その手を……」
俺は目を細めた。
「妙なことを言う」
「夫婦が仲睦まじく過ごしているところへ割って入るというのか?」
ゴージマ四世の顔が歪む。
言い返せない。
それでもエリーゼから目を離せない。
俺はさらに追い打ちをかける。
「ああ、そうだったな」
「お前はエリーゼの元旦那だったか」
「だが、あくまで元だ」
「今の夫は俺だ」
「執着するなよ」
ゴージマ四世は何とも言えない表情を浮かべた。
怒り。
悔しさ。
悲しみ。
そして疑念。
様々な感情が入り混じっている。
エリーゼは必死に俺の腕を振り払おうとしている。
その姿さえも、傍から見れば別の意味に映るだろう。
俺は小さく笑った。
「では、エリーゼ」
「続きを始めるか」
その言葉に侍女たちの肩が震えた。
ゴージマ四世も顔色を失う。
俺はそのまま寝室へ戻った。
扉を閉める。
エリーゼはすぐに俺から距離を取った。
「最低です」
絞り出すような声だった。
俺は答えない。
ベッドへ腰掛ける。
何もしない。
本当に何もしない。
必要なのはこの時間だけだからだ。
寝室の外には侍女たちがいる。
彼女たちは見た。
乱れた服。
乱れた髪。
肩を抱く姿。
そして再び寝室へ消える俺たちを。
噂は広がるだろう。
今日中に。
いや、明日の朝には城中へ届いているかもしれない。
元王妃はコウスケの寵愛を受けている。
元王は何もできず見ているだけだった。
そんな話に変わっているだろう。
真実など関係ない。
人は見たいものを見る。
信じたいものを信じる。
ゴージマは今頃、何を考えているだろうな。
疑念を抱いているか。
自分を責めているか。
それとも俺を殺そうと考えているか。
どれでも構わない。
その全てが、俺の望む方向へ繋がる。
俺は目を閉じた。
出征式典まで、あと少し。
種は蒔いた。
あとは勝手に芽を出す。




