23 王家崩壊の布石
俺は玉座へ戻った。
泣き崩れているエリーゼを横目に、アンナへ視線を向ける。
「アンナよ、もう一度問う」
「どの家を、どのように処罰するか決めたか?」
その言葉に、アンナとエリーゼは同時に目を見開いた。
マリウスも、周囲の貴族たちも息を呑む。
俺はゆっくりと続けた。
「何か勘違いしているようだな」
「先ほどの件は、お前が間違った答えを出したことに対する罰だ」
「反逆者への処罰ではない」
そして表情を消す。
「さあ、答えろ」
「どの家をどう処罰する?」
大広間は静まり返っていた。
アンナの顔は真っ青だ。
手に握られたままの剣先が小刻みに震えている。
先ほど自分の手で人を斬った感触が、まだ消えていないのだろう。
エリーゼも何も言えない。
口を挟めば、またアンナが巻き込まれる。
そう理解しているからだ。
マリウスも俯いたまま沈黙していた。
俺は急かさない。
ただアンナを見つめ続けた。
やがてアンナが震える声で呟く。
「……ロジーナ男爵を……」
俺は目を細めた。
「ロジーナ男爵か?」
「ロジーナ男爵でいいのだな?」
アンナは小さく頷く。
俺はマリウスへ視線を向けた。
「マリウス、ロジーナ男爵を連れてこい」
するとマリウスが苦しそうな顔で答える。
「その……そこに倒れている者がロジーナ男爵です」
俺はアンナを見る。
「ほう……」
その一言だけで、アンナは肩を震わせた。
「ひっ……」
小さな悲鳴が漏れる。
どうやら十分に恐怖は刻み込めたらしい。
俺は満足して頷いた。
今日の目的は、ほぼ達した。
だが、もう一押ししてやろう。
「よし、分かったぞ、アンナ」
そう言うと、アンナとエリーゼの顔にわずかな安堵が浮かぶ。
しかし俺は続けた。
「それで?」
「ロジーナ男爵一家の処罰は、いつ行う?」
「どのような方法で行うのだ?」
その瞬間、安堵は凍り付いた。
エリーゼが俺を睨む。
アンナは言葉を失った。
俺は首を傾げる。
「何を驚いている?」
「ロジーナ男爵は処罰された」
「だが、妻も娘も息子もいるではないか」
そして楽しそうに笑う。
「そうだな」
「今日、この後にでも広場で執行するか」
「処刑人はアンナが務めるか?」
アンナは完全に言葉を失った。
顔から血の気が引いていく。
その姿を見たエリーゼが堪え切れず叫ぶ。
「もうお止めください!」
大広間に響く悲痛な声。
「アンナにあのようなことをさせないでください!」
「私なら、何でも致します!」
「どのような罰でも受けます!」
「だから、アンナだけは……アンナだけは……!」
涙を流しながら懇願する。
母親としての叫びだった。
俺はしばらく黙ってエリーゼを見つめた。
そして優しく微笑む。
「夫の願いを何でも叶えようとするとは」
「実に良い妻だな」
エリーゼの表情が固まる。
俺はわざと周囲にも聞こえる声で続けた。
「昨晩も、随分と従順だったしな」
その瞬間。
大広間がざわついた。
貴族たちが顔を見合わせる。
小声が飛び交う。
エリーゼは一瞬で俺の意図を理解したらしい。
顔面が蒼白になる。
アンナも目を見開いたまま固まっていた。
俺は内心で笑う。
何もしていない。
だが、今この瞬間から噂は勝手に歩き始める。
否定しようにも、誰も信じない。
真実など関係ない。
人は自分が信じたいものを信じる。
エリーゼは俺を睨みつけた。
その目には怒りと屈辱が入り混じっている。
だが俺は気にしない。
むしろ、その反応を待っていた。
俺はアンナへ視線を向ける。
「アンナよ」
「俺の妻の娘よ」
アンナがびくりと肩を震わせた。
「エリーゼがそこまで言うのだ」
「今回は見逃してやろう」
「だが、次はない」
「答えを間違えるなよ」
アンナは何も言えない。
ただ唇を噛み締めていた。
俺は立ち上がる。
そしてエリーゼへ視線を向ける。
「おい、エリーゼ」
「行くぞ」
エリーゼは立ち尽くしたままだ。
俺はわざと貴族たちへ聞こえるように言った。
「せっかくの時間だ」
「楽しませてもらうとしよう」
そう言って下卑た笑みを浮かべる。
再び広間がざわついた。
エリーゼは拳を握り締める。
アンナは呆然とその光景を見ていた。
そして俺は歩き出す。
背後では誰も何も言えない。
だが、今日の出来事は間違いなく城中へ広がるだろう。
それでいい。
噂は人の口から人の口へ伝わる。
そして真実よりも早く、人の心を壊していくのだから。




