22 アンナの恐怖
俺は侍女服のエリーゼを伴い、大広間へ向かった。
ゴージマには食堂の片付けと騎士鍛錬所の雑務を命じてある。
昨日、俺の部屋の前で泣き崩れていたことは、すでに城中へ広まっていた。
だからこそ、人目につく場所へ行かせた。
自分が今どのような立場にいるのか。
どれほど落ちぶれたのか。
それを理解させるためだ。
ゴージマはもう王ではない。
俺の命令で動くただの召使だ。
その現実を受け入れさせなければならない。
隣を歩くエリーゼもまた、人々の視線を集めていた。
かつて王妃だった女が、今は侍女服を着ている。
誰もが目を奪われる。
エリーゼは背筋を伸ばし、気丈に振る舞っていた。
だが、その拳は固く握り締められている。
どこまで耐えられるのか。
それも楽しみだった。
大広間へ入ると、そこにはアンナがいた。
エリーゼの足が止まる。
今の姿を見られたくない相手の一人だったのだろう。
アンナもまた目を見開いていた。
だが泣きも叫びもしない。
必死に感情を押し殺している。
俺はそんなアンナを見て笑った。
「さて、アンナよ」
「どの家をどう処罰するか、決めたか?」
アンナは俺を真っ直ぐ睨み返した。
「全ての家を解放します」
「彼らは罪人ではありません」
大広間が静まり返る。
アンナは続けた。
「彼らは王命に背いたのではない!」
「あなたの理不尽な要求を拒否しただけです!」
「そもそも、あなたにそんなことを命じる権利はありません!」
周囲の空気が凍り付く。
俺は隣を見る。
エリーゼは顔面蒼白だった。
娘が何を言ったのか。
その先に何が待っているのか。
理解しているのだろう。
俺はしばらく黙っていた。
そして突然、大声で笑った。
笑い終えると真顔になる。
「アンナ」
「お前はまだ何も分かっていない」
「この世界で誰が生かし、誰が奪うのか」
「その現実を知らない」
俺はマリウスを見る。
「牢にいる一家を連れてこい」
マリウスは動かなかった。
顔を伏せたまま立ち尽くしている。
「聞こえなかったか?」
俺が低い声で言う。
「連れてこいと言ったのだ」
マリウスの肩が震えた。
やがて深く頭を下げ、大広間を出ていく。
しばらくして、一家が連れて来られた。
怯え切った表情の家族だった。
何が起こるのかも分からないまま連れて来られたのだろう。
アンナの顔色が変わる。
嫌な予感がしたのだ。
俺は騎士へ命じた。
「剣を渡せ」
騎士は躊躇いながらもアンナへ剣を差し出した。
アンナは震える手でそれを受け取る。
「アンナ」
「お前は王になるため戦場へ向かう」
「ならば覚えておけ」
「人の命を奪う決断から逃げる王など誰も従わん」
アンナは首を横に振った。
何度も何度も。
言葉にならないほど強く。
その様子を見たエリーゼが前へ出る。
「やめてください!」
「アンナは関係ありません!」
「私が代わります!」
涙を流しながら叫ぶ。
母親としての悲鳴だった。
だが俺は首を振る。
「それでは意味がない」
「学ぶべきなのはアンナだ」
「これから王を目指すのだからな」
「お願いです……」
エリーゼの声は震えていた。
「この子だけは……」
「この子だけは巻き込まないでください……」
俺はエリーゼを見た。
かつて王妃だった女が、今はただの母親として懇願している。
その姿を見て、俺は小さく笑った。
そしてアンナへ歩み寄る。
アンナは後ずさろうとした。
だが足が動かない。
恐怖で身体が硬直していた。
俺はアンナの手から剣を取り上げなかった。
その代わり、剣を握るその手を上から包み込む。
アンナがびくりと身体を震わせる。
「や、やめて……」
消え入りそうな声だった。
「そんなに難しいことではない」
俺は静かに言った。
「こうするだけだ」
アンナは必死に抵抗しようとした。
だが力では敵わない。
俺はそのままアンナの手を導く。
アンナの瞳から涙が溢れ出す。
「いや……」
「やめて……」
「お願い……」
その声が響く中、エリーゼが悲鳴を上げた。
「アンナァッ!!」
大広間に響く絶叫だった。
母親としての悲鳴だった。
だが誰も動けない。
誰も止められない。
マリウスも。
貴族たちも。
騎士たちも。
ただ立ち尽くしている。
そしてアンナは、自分の手を包むコウスケの手を見つめていた。
その温度。
その感触。
その笑み。
その全てが恐怖として心に刻み込まれていく。
もうアンナは理解していた。
この男は説得できない。
この男は止まらない。
この男は自分たちとは違う。
その事実だけが、アンナの心に深く刻み込まれていた。
エリーゼは涙を流しながら娘の名を呼び続けていた。




