15 エジュアの城、陥落
俺はエジュアの領都前に降り立った。
高い外壁。
重厚な門。
その奥には領主の城が見える。
二百年前なら、王国を守るための堅牢な防壁だと感心しただろう。
だが今は違う。
俺の目には、裏切り者が築いた砦にしか見えなかった。
「立派なものだな」
俺は皮肉げに呟く。
「裏切り者には過ぎた代物だ」
勇者の剣を抜く。
刀身が陽光を反射した。
そして静かに魔力を流し込む。
≪真・真空刃≫
圧縮された空気が巨大な刃となって放たれる。
次の瞬間。
轟音と共に門が崩れ落ちた。
周囲の壁も巻き込みながら大きく瓦解する。
土煙が舞い上がり、領都全体が揺れた。
やがて悲鳴が聞こえ始める。
兵士たちの叫び。
住民たちの混乱。
恐怖の声。
俺は顔をしかめた。
「うるさいな」
吐き捨てるように言う。
「裏切り者の街で平然と暮らしていた連中が」
瓦礫の上を歩く。
崩れた門の近くで兵士たちが呆然としていた。
誰も動けない。
俺を見ている。
いや、見ていることしかできない。
俺はそのうちの一人を見下ろした。
「領主に伝えろ」
兵士が震える。
「ゴージマ四世の依頼を受けた勇者コウスケが来た」
「裏切り者を始末しに来たとな」
それだけ告げる。
返事を待つことなく歩き出した。
領都の中へ足を踏み入れる。
通りには人々が溢れていた。
誰もが怯えた顔をしている。
母親は子供を抱き寄せる。
商人は店を閉めようと必死だ。
泣き出す子供。
祈り始める老人。
噂が瞬く間に広がっていく。
「勇者コウスケだ」
「二百年前の勇者だ」
「ジロンヌを滅ぼした化け物だ」
「逃げろ!」
人々は我先に逃げ出した。
その姿を見ていると、自然と笑みが漏れる。
そうだ。
その顔だ。
その怯えた顔が見たかった。
俺が味わった絶望の欠片でも感じてみろ。
俺は大通りを歩く。
誰も近寄らない。
まるで疫病神でも見るような目だった。
歩くたびに道が開く。
俺は気分良く城へ向かった。
やがて城門前へ辿り着く。
騎士隊が整列していた。
だが、その顔色は悪い。
剣を握る手は震えている。
額には汗が浮かんでいた。
「貴様、何者だ!」
隊長らしき男が叫ぶ。
俺はため息を吐いた。
「さっき名乗った」
勇者の剣を構える。
≪瞬閃・万華百足≫
一歩踏み出す。
それだけだった。
次の瞬間。
騎士たちの隊列が崩れる。
誰一人として俺の動きを見ることができなかった。
勇者の剣を鞘へ納める。
遅れて騎士たちが倒れていく。
生き残った兵士は腰を抜かしていた。
剣を捨てて逃げ出す者までいる。
俺はそれを見て笑った。
「逃げても無駄だ」
そのまま城門を越える。
城の中では既に混乱が始まっていた。
侍女たちが泣きながら走り回る。
使用人たちは出口を探して右往左往している。
騎士たちは家族の名を叫びながら駆けていく。
だが、誰も逃げられない。
俺は空へ向かって手を掲げた。
≪ロスト・パニッシュ≫
巨大な結界が城全体を覆う。
逃げ道は消えた。
窓から外を見ていた侍女が悲鳴を上げる。
騎士たちが顔面蒼白になる。
ある者は膝をつき。
ある者は神に祈り。
ある者は絶望した。
俺はその光景を眺める。
「いい顔だ」
かつて魔王との戦いで被害を抑えるために作った魔法。
今は恐怖を閉じ込める檻だ。
なんとも皮肉な話だった。
それから俺は城内を進んだ。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
助けを求める声。
その全てを背中で聞きながら歩く。
誰も俺を止められない。
誰も俺から逃げられない。
小一時間ほど経った頃。
俺は最上階の一室へ辿り着いた。
豪華な部屋だった。
そこには領主エジュア。
その妻。
そして二人の子供がいた。
全員が青ざめている。
「お前がエジュアか」
男は震えながら頷いた。
「そうか」
俺は一歩前に出る。
「なら、お前で終わりだ」
男は何かを言おうとした。
謝罪か。
命乞いか。
どちらでも興味は無かった。
領主はその場に崩れ落ちた。
妻が悲鳴を上げる。
子供たちは震えながら父親を見つめていた。
「どうして……」
女は涙を流しながら俺を睨んだ。
その目を見ても何も感じない。
俺は女へ視線を向ける。
「お前も同じだ」
女は子供たちを抱き寄せようとした。
だが、それも叶わなかった。
部屋に静寂が訪れる。
残されたのは震える子供たちだけだった。
俺は二人を見下ろす。
「エジュアは終わった」
静かに告げる。
「お前たちはついて来い」
二人は怯えながら顔を見合わせる。
涙を流している。
それでも拒否はできない。
「裏切り者がどうなるのか」
「その結末を見せてやる」
俺は背を向ける。
「来い」
二人は震える足で後を追った。
領都を落とすのに一日もかからなかった。
だが、俺の復讐はまだ始まったばかりだった。




