14 決断
コウスケがエジュマへ向けて旅立った後。
ゴージマ四世、マリウス宰相、エリーゼ王妃、ヨハン侯爵の四人は城の一室に集まっていた。
部屋の空気は重い。
誰もが疲れ切った表情を浮かべている。
かつては王国の行く末を語り合った部屋だった。
しかし今は違う。
どうすれば明日を迎えられるのか。
どうすれば王国が生き残れるのか。
そんな話しかできなくなっていた。
最初に口を開いたのはマリウスだった。
「コウスケ様は、先ほどエジュマへ向けて出発されました」
報告を終えると、部屋は再び静まり返る。
やがてゴージマ四世が深い溜息を吐いた。
「我々は、一体何を召喚してしまったのだ……」
力なく呟く。
「ゴージマ一世の手記には記されていた」
「勇者コウスケ様は人格者であると」
「誠実であり、勇敢であり、人々を救った英雄であると」
その声には疲労と後悔が滲んでいた。
「だから信じた」
「女神の神託もあった」
「過去に王国を救った勇者が再び我らを救ってくれるのだと」
そこでゴージマ四世の拳が震える。
そして次の瞬間、机を叩いた。
激しい音が室内に響く。
「だが、実際はどうだ!」
誰も言葉を発しない。
「我らが呼び出したのは英雄ではない!」
「悪魔だ!」
「人の命を弄び!」
「恐怖で国を支配し!」
「王家を辱める怪物ではないか!」
怒りで顔が真っ赤になっていた。
その姿を見ながら、マリウスは黙っていた。
王がここまで感情を露わにするのは珍しい。
それほどまでに追い詰められているのだ。
エリーゼ王妃も拳を握り締める。
「私の家族は奪われました」
静かな声だった。
だが、その奥には激しい怒りがあった。
「父も」
「母も」
「弟も」
言葉を重ねるたびに声が震える。
「そして今度は私の子供たちです」
涙が零れた。
「後継者を自分で選ぶと言いました」
「つまり、王家の未来すら奪うということです」
「これ以上、あの者の好きにさせてはなりません」
母としての叫びだった。
しばらく沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはヨハン侯爵だった。
「それでは、どうなさいますか?」
全員がヨハンを見る。
「コウスケ様へ刃を向けますか?」
部屋が静まり返る。
ヨハンは続けた。
「それは王国とコウスケ様が戦争をするということです」
「勝てますか?」
誰も答えない。
答えられるはずがなかった。
「北の戦場は一日で壊滅しました」
「ジロンヌ領は地図から消えました」
「我々は、それをこの目で見ております」
ヨハンの声は冷静だった。
「仮に敗れればどうなるでしょう」
「王家は滅びるでしょう」
「貴族も滅びるでしょう」
「国民も巻き込まれるでしょう」
マリウスが苦しそうに目を伏せる。
「では、従うしかないと?」
ヨハンは首を横に振った。
「いいえ」
「ただ、今ではないと言っているのです」
三人が顔を上げる。
「コウスケ様は出発前に仰いました」
『好きに話し合え』
と。
ヨハンはゆっくり続ける。
「私は、あれを試されているのだと思います」
「我々がどう動くか」
「誰が反抗し」
「誰が従うのか」
「見極めようとしている」
ゴージマ四世の眉が動く。
ヨハンはさらに言った。
「今、軽率に動けば、それを理由に更なる処罰が行われるでしょう」
「王家も」
「貴族も」
「国民も」
「さらに苦しむことになります」
誰も反論できなかった。
十分にあり得る話だった。
「あの方は怒りに支配されているように見えます」
「ですが、決して愚かではありません」
「むしろ恐ろしいほど冷静な時があります」
「だからこそ危険なのです」
ヨハンの言葉に、マリウスも頷いた。
彼もまた同じことを感じていた。
ジャック伯爵家の件。
王妃への仕打ち。
貴族の娘たちを侍女として囲ったこと。
どれも単なる怒りだけでは説明できない。
恐怖を利用して支配している。
その事実が何より恐ろしかった。
「ですから今は耐えるしかありません」
ヨハンは静かに言う。
「力を蓄える」
「情報を集める」
「味方を増やす」
「機会を待つ」
エリーゼが俯いた。
「そんな日が本当に来るのでしょうか……」
ヨハンは少し考えた後、答える。
「分かりません」
「ですが、あの方も人間です」
「いつか必ず隙を見せます」
「我々にできるのは、その時に備えることだけです」
長い沈黙が流れる。
誰も言葉を発しない。
やがてゴージマ四世がゆっくり顔を上げた。
その目には怒りと苦悩が混ざっていた。
「ヨハン侯爵の言うことは理解できる」
「理屈も分かる」
「勝てぬことも分かる」
拳を握り締める。
「だが……」
声が震えた。
「我はもう耐えられん」
「王妃を辱められた」
「民を殺された」
「王家を踏みにじられた」
「それを見ているだけなど……」
ゴージマ四世は立ち上がる。
王としての威厳は既に傷付いている。
だが、その目だけはまだ死んでいなかった。
「我は王だ」
「この国を守る責務がある」
「たとえ勝てぬとしても」
「何もせず屈し続けることはできん」
エリーゼも立ち上がった。
涙を流しながら。
「私も同じです」
「子供たちを守るためなら」
「何でもします」
マリウスは深く目を閉じた。
その決断がどれほど危険か分かっている。
だが二人の気持ちも痛いほど理解できた。
そしてヨハン侯爵も静かに目を閉じる。
誰よりも冷静な彼だけが理解していた。
この決断が王国をさらに危険な道へ進ませるかもしれないことを。
それでも。
もう誰にも、この怒りを止めることはできなかった。
重苦しい沈黙の中。
王国の未来を左右する決断だけが、静かに動き始めていた。




