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13 王の嘆願

翌日。


俺は城の自室でくつろいでいた。


窓際の椅子に腰掛け、ゆっくりと茶を口に運ぶ。


部屋には数人の侍女が控えていた。


全員が貴族の娘だ。


ジャック伯爵家の一件以来、俺の身の回りの世話をさせている。


もっとも、俺は別に何かをさせたい訳ではない。


人質だ。


ただそれだけだった。


貴族どもが余計な真似をしないよう、目の届く場所に置いているだけだ。


だが、その効果は想像以上だった。


茶を淹れていた侍女の手が震えている。


カップを持つ指先に力が入らず、受け皿と触れ合って小さな音を立てた。


その瞬間だった。


侍女の顔から血の気が引く。


「も、申し訳ございません!」


カップを置くより早く床へ跪き、額を擦り付ける。


「どうか、お許しください!」


声も震えていた。


俺は何も言っていない。


睨んですらいない。


それでもこの有様だ。


別の侍女は青い顔のまま固まっている。


こちらと目が合っただけで肩を震わせ、慌てて視線を逸らした。


この娘たちは知っているのだ。


ジャック伯爵家がどうなったのか。


王妃がどうなったのか。


俺に逆らった者がどうなったのか。


だから恐れている。


自分だけではない。


父や母。


兄弟姉妹。


家そのものが消えるかもしれない。


そう思っているのだろう。


誰も自分から話しかけてこない。


誰も笑わない。


ただ俺の機嫌を窺いながら息を潜めている。


俺はそんな様子を見て苦笑した。


侍女たちは良い指標だった。


城中の貴族たちが俺をどう見ているのか。


それが手に取るように分かる。


コンコン。


扉が叩かれた。


その音だけで侍女たちの肩がびくりと跳ねる。


一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


まるで誰かの処分が決まった時のような反応だった。


俺は近くの侍女へ目配せする。


「開けろ」


「は、はい」


侍女は慌てて立ち上がり、扉へ向かった。


扉を開いた瞬間、その顔がさらに青ざめる。


入ってきたのはゴージマ四世とマリウスだった。


俺は思わず笑った。


王と宰相が揃って訪ねてくるとは。


用件は大体察しがつく。


二人は部屋へ入ると、まず侍女たちへ視線を向けた。


怯え切った娘たちの様子を見て、複雑そうな表情を浮かべる。


だが何も言わない。


言えないのだろう。


「コウスケ様」


ゴージマ四世が頭を下げた。


「本日はお願いがあり、参上いたしました」


俺は茶を飲みながら答える。


「王と宰相が揃ってお願いか」


「よほど大事な話らしいな」


ゴージマ四世は口を開こうとして閉じた。


代わりにマリウスが一歩前へ出る。


「王位継承の件でございます」


「どうかお考え直しいただけませんでしょうか」


やはりそれか。


俺はカップを置いた。


「理由を聞こう」


マリウスは一度深呼吸した。


「王位継承は国の根幹です」


「突然継承者を変えれば王家は揺らぎます」


「貴族たちも動揺しております」


「既に王都では様々な憶測が飛び交っております」


「このままでは派閥争いが起こる可能性もございます」


ゴージマ四世も続ける。


「王妃も酷く心を痛めております」


「王子や王女たちも不安を抱えております」


「どうか、この件だけは――」


「くどい」


俺は言葉を切った。


二人が黙る。


「もう決まったことだ」


俺は椅子にもたれた。


「俺はお前たちの依頼を受けている」


「敵を潰している」


「脅威を取り除いている」


「依頼は果たしているだろう?」


二人は反論できない。


「その過程で分かったことがある」


俺はゴージマ四世を見る。


「お前は王として弱い」


王の表情が固まる。


「王都に来いと言っても来ない貴族がいる」


「命令が軽んじられている」


「統率が取れていない」


「そんな王では俺の仕事に支障が出る」


俺は肩をすくめる。


「だから変える」


「それだけだ」


ゴージマ四世は俯いた。


握り締めた拳が小さく震えている。


「そういえば」


俺は思い出したように言う。


「王妃にも話しておいたぞ」


二人の表情が変わった。


「後継者選びの件だ」


「泣いていたな」


ゴージマ四世が目を閉じる。


「親だけではなく子供にまで手を出すのか、と言っていた」


部屋に重い沈黙が落ちた。


俺はその空気を楽しむように笑う。


「この話は終わりだ」


「これ以上、俺の手を煩わせるな」


長い沈黙の後、俺は立ち上がった。


「そうだ」


「明日からしばらく城を離れる」


二人が顔を上げる。


「エジュマを潰しに行く」


「今回は魔法を使わん」


「少し時間がかかるだろうな」


そして意味ありげに続ける。


「良い機会じゃないか」


「俺が留守の間に色々相談できるぞ」


二人の顔が強張る。


「王位継承のこと」


「今後の王国のこと」


「好きに話し合え」


そこでわざと間を置く。


「もっとも」


「俺が帰ってきた時に同じ結論でいられるかは知らんがな」


侍女の一人が小さく息を呑んだ。


誰も笑わない。


王も。


宰相も。


侍女たちも。


俺だけが笑っていた。


「話は終わりだ」


「下がれ」


ゴージマ四世とマリウスは深く頭を下げる。


そして静かに部屋を後にした。


扉が閉まる。


部屋には再び静寂が戻った。


侍女たちはまだ緊張したままだ。


俺は窓の外へ目を向ける。


さて。


俺がエジュマを潰している間に、あいつらはどう動くだろうか。


王か。


宰相か。


王妃か。


それとも貴族どもか。


誰が何を考え、どんな選択をするのか。


少し興味があった。


どうせ最後には俺が決める。


だが追い詰められた人間ほど面白いものはない。


俺は一人、愉快そうに笑った。


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