第002話
さて、ここでこの世界の《スキル》について少し話しておこう。
スキルとは、簡単に言えば、その人だけが持つ特別な能力のようなものだ。
誰もが必ず持っているわけではなく、一生のうちに一つも得ない人間だって珍しくはない。逆に、一人で複数のスキルを持つ者もいるので、持っているかどうかだけで人間の価値が決まるようなものでもないらしい。
分かりやすいところでは、《剣術》というスキルがある。
このスキルを持っている人間は、剣を振る、構える、受ける、避けるといった動作を覚えるのが普通の人より早く、同じ時間だけ訓練した場合でも上達しやすい。
だから騎士や兵士にとっては、かなりありがたいスキルだ。
ほかにも《交渉》というものがあり、こちらは商談や駆け引きの時に相手の反応を読みやすくなったり、値段や条件をこちらに有利な方向へまとめやすくなったりするらしい。
商人が持っていれば便利だろうし、役人や外交官にも使い道は多そうだ。
こういう、本人が何かをしようとした時に働き、その行動を助けてくれるタイプのものを、一般には能動型スキルと呼ぶ。
一方で、《病気耐性》《毒耐性》《寒冷耐性》のように、本人がわざわざ意識しなくても働くものもある。
毒を飲んだ人間が、苦しみながら「《毒耐性》発動!」などと叫ばなければ効果が出ないのでは困るので、この辺りはかなり親切にできている。
持っていれば勝手に働き、病気にかかりにくくなったり、毒の効き目が弱くなったり、寒さへ多少強くなったりする。
こういうものは常時型スキルと呼ばれている。
ここまで聞くと、「だったら強いスキルを持って生まれた人間が圧倒的に有利じゃないか」と思うかもしれない。
俺も昔はそう思っていた。
実際、同じ努力をするなら強いスキルを持っているほうが有利なのは間違いない。
ただし、世の中はそこまで都合よくできていないらしい。
たとえば《剣術》を持っているからといって、剣を握ったこともない子供が突然熟練の騎士を倒せるわけではない。
筋力が足りなければ重い剣はまともに振れないし、体力がなければ長時間戦えない。反射神経が鈍ければ攻撃への対応が遅れるし、実戦経験がなければ予想外の動きについていけないこともある。
何より、どれだけ剣の扱いが上手くても、実際に敵を前へした瞬間に怖くなって足が動かなくなる人間だっている。
《剣術》というスキルは、剣を学ぶことや扱うことを助けてくれる。
しかし、その人間の身体を勝手に鍛えたり、恐怖心を消したり、経験まで与えてくれたりするものではない。
《交渉》も同じだ。
どれだけ相手の反応を読むのが上手くても、商品の相場を知らなければ高値をつかまされることはあるし、法律を知らなければ不利な契約へ気づけない。
数字そのものが苦手なら、値段の計算を間違える可能性だってある。
つまりスキルとは、その人間が本来持っている能力を伸ばしたり、特定の行動を補助したりするものではあっても、本人の努力や知識、経験を全部肩代わりしてくれる便利な奇跡ではない。
だからスキルがあっても勉強は必要だし、運動も訓練も経験も必要になる。
才能があっても努力しなければ伸びないし、努力しても才能のある相手に追いつけないことだってある。
その辺りは、スキルがある世界でもあまり変わらないらしい。
さらに面白いのは、スキルが生まれた時から死ぬまで完全に固定されているわけではないということだ。
長年続けた仕事や生活習慣、大きな経験、それに強い感情などがきっかけになって、途中から新しいスキルを得る人間もいるらしい。
逆に、長い間ほとんど使わなかったスキルの働きが弱くなったり、場合によっては完全に消えたりするという話もある。
この辺りについては学者によって意見がかなり違うらしく、何をすれば必ず新しいスキルを得られる、といった法則までは見つかっていない。
俺も専門家ではないので詳しいことは分からない。
ただ、この世界では昔から共通して言われていることが一つある。
スキルというものは、妙なところで公平にできている。
公平というより、平等と言ったほうが近いのかもしれない。
もっと正確に言うなら、この世界を管理しているらしい神様方は、なぜか強烈なまでに帳尻合わせが好きらしい。
分かりやすい例がある。
プリン王国には現在、《剣聖》というスキルを持つ男がいる。
王国近衛騎士団長だ。
《剣聖》。
名前からして強い。
どう考えても強い。
実際、本当に馬鹿みたいに強いらしい。
普通の騎士が十年かけて身につけるような剣技を数年で覚え、新しい武器を持たせても短期間で使いこなし、実戦経験を積めば積むほど信じられない速度で成長していくという。
国内最強の剣士は誰かと聞かれれば、多くの人間がその騎士団長の名前を挙げるくらいには有名な人物だ。
羨ましい。
俺も最初にその話を聞いた時は、素直にそう思った。
《剣聖》なんて滅茶苦茶格好いい。
もし俺がそんなスキルを持っていたら、「これで将来は安泰だな」と一度くらい考えると思う。
ところが、その近衛騎士団長はもう一つスキルを持っている。
《女難》。
名前そのままの能力で、女性関係でろくな目に遭わないらしい。
婚約すれば揉め事が起き、誰かから好意を寄せられれば別の事件が始まり、本人には何のつもりもなく普通に女性と話しただけなのに、なぜか三角関係が発生する。
助けた女性から異常に執着されることもあれば、昔の恋人が突然現れたり、婚約者候補同士が決闘を始めたりするという。
そして、なぜか最終的に刺される。
酒場で聞いた話なので全部が本当かどうかは分からないが、これまでの人生で女性から刺された回数が十回を超えているという話だけは、あまりにも有名すぎて誰も否定しなかった。
十回以上って何なんだ。
普通は一回でも多すぎるだろう。
一度刺された時点で、「もう二度とこんなことにならないよう気をつけよう」と思うのが普通ではないだろうか。
それが二回、三回どころか十回を超えている。
しかも本人はまだ生きていて、今も近衛騎士団長として普通に働いているらしい。
もしかすると、《剣聖》のおかげで致命傷になる前に避けたり、危険を察して生き残ったりしているのかもしれない。
もしそうなら、《剣聖》があるから刺されても生き残り、《女難》があるからまた刺され、そのたびに《剣聖》で生き残ることになる。
何だ、その永久機関。
神様。
本当に平等にしているだけなんですか?
少し楽しんでません?
本人からすれば、《剣聖》なんていらないから《女難》を消してくれ、と言いたくなる時があるのかもしれない。
国内最強の剣士として尊敬されながら、女性関係では十回以上刺されている人生というのも、なかなか凄まじい。
俺なら三回目くらいまで待たず、二回目で国外逃亡を考えると思う。
いや、一回でも十分だ。
それ以降、女性と二人きりになるだけで怖くなりそうだ。
ともかく、《剣聖》という強烈な恩恵に対して、《女難》という強烈な災難がついている。
それで神様的には、おおむね釣り合っているらしい。
本人が納得しているかどうかは知らない。
たぶん納得していないと思う。
会ったこともない人だけど、俺は心から同情している。
このように、この世界の神様は誰かへ大きな恩恵を与える一方で、別のところへ妙な制約や不利益を置いて、全体として帳尻を合わせたがる傾向があるらしい。
強力なプラスを得たなら、その代わりになるマイナスもどこかにある。
少なくとも世間では、そう考えられている。
では、ここで俺自身のスキルを見てみよう。
俺が持っている固有スキルは、普段と呼んでいる。
ただし、正式名称はまったく違う。
《宇迦之御魂神からのお買い物》。
長い。
とにかく長い。
いちいち何かを買うたびに、「《宇迦之御魂神からのお買い物》を使おう」などと口にしていたら、それだけで疲れる。
だから俺は勝手に《ショップ》と呼んでいる。
今のところ神罰は落ちていないので、宇迦之御魂神様もたぶん許してくださっているのだろう。
たぶん。
効果そのものは非常に分かりやすい。
俺が所有している金を支払えば、宇迦之御魂神様の《ショップ》から様々な商品を購入できる。
食料や飲み物、薬、衣服、武器、防具、家具、調味料、生活用品、美容用品まで売っているし、最近では家や掃除機、料理本、それどころか家畜まで見つけてしまった。
時々、何に使うのか俺にも分からない商品まで混じっている。
品揃えだけなら、たぶん世界中のどんな商店より多い。
欲しい物を見つけ、代金を支払えば、それが手元へ現れる。
これだけ説明すると、かなり強力なスキルに聞こえる。
いや、実際かなり便利だ。
金さえあれば。
ここが非常に大事である。
金さえあれば、だ。
問題は、俺が貧乏男爵家の次男だということだった。
便利な能力を持っているのに、それを使う本人には金がない。
これだけでもかなり致命的なのに、《ショップ》の商品は基本的に安くない。
この世界で普通に売られている物まで、店頭価格の何倍もすることが珍しくない。
物によっては十倍近い値段になることさえある。
たとえば《ポーション〈小〉》。
街の薬屋へ行けば銀貨一枚程度で買える物が、《ショップ》では銀貨十枚ということがある。
最初に見た時は、本気で「誰が買うんだよ」と思った。
俺なら薬屋まで歩く。
少しくらい遠くても歩く。
銀貨一枚で済むなら、それが一番だ。
胡椒や保存食、普通の日用品についても同じで、この世界の市場で簡単に手に入る物をわざわざ《ショップ》から買えば、財布がものすごい勢いで軽くなる。
だから普段は、普通に店へ行って買えばいい。
ただし、《ショップ》には普通の市場では絶対に手に入らない物もある。
そこが、この能力の厄介なところであり、一番強いところでもある。
どこの店にも売っていない。
でも、その場でどうしても必要になる。
そういう状況では、《ショップ》ほど頼りになるものはない。
実際、あの魔族と戦った時もそうだった。
普通の店を何軒回ったところで、《森で突然出会った火属性の魔族に効く毒薬》なんて商品が棚に並んでいるはずがない。
だが《ショップ》にはあった。
しかも効果は明確に「相手は死ぬ」と書かれていた。
あの時は高い安いを言っていられる状況ではなかったし、あの商品がなければ俺もチェルシーさんも生きて帰れなかった可能性が高い。
つまり俺の固有スキルは、普段は高すぎて使いづらいくせに、本当に困った瞬間だけ異常なくらい頼りになる。
性格の悪い能力だと思う。
そして、これだけ便利な能力へ神様が何の制約も付けていないわけがない。
この世界の神様方は、何しろ《剣聖》と《女難》を同じ人間へ載せるような方々である。
俺だけ無条件で得をさせてくれるとは思えない。
俺にもきっちりマイナスがある。
その名も《税金》。
はい。
税金です。
《宇迦之御魂神からのお買い物》を利用した場合、商品代金とは別に、購入金額の十パーセントを宇迦之御魂神様へ納めなければならない。
十パーセント、つまり一割である。
銀貨十枚の商品を買うなら、商品代の銀貨十枚に加えて税が銀貨一枚なので、必要なのは合計銀貨十一枚。
金貨百枚の商品なら税金だけで金貨十枚が必要になり、合計金貨百十枚になる。
金額が大きくなっても税率は容赦なく同じなので、高い買い物をすればするほど俺の精神へ与えるダメージも大きい。
神様。
税金取るんだ。
宇迦之御魂神様は豊穣や商売に関係する神様らしいので、もしかすると税を取るところまで含めて正しい姿なのかもしれない。
俺にはよく分からないけど。
ちなみに値引き交渉はできない。
常連だから安くしてください、と頼むこともできないし、まとめて買うから値引きしてくださいという交渉も通じない。
後払いも分割払いもなく、当然ながらツケも使えない。
商品を受け取るなら、その場で商品代と税を支払う。
実に分かりやすく、そして厳しい。
脱税について考えたことがないかと聞かれれば、ほんの少しくらいはある。
本当に少しだけだ。
しかし、徴税する相手が神様である。
さすがに怖い。
税をごまかした翌日に雷が落ちてきても困るし、夢の中へ宇迦之御魂神様が現れて、無表情で「未納です」と告げられても嫌だ。
そもそも税金は購入時に自動で引かれるので、俺がごまかす余地自体がほとんどない。
神様の徴税システムは非常に優秀らしい。
そんなわけで、ただでさえ金のない俺が持っている能力は、金を払わなければ何もできず、使えば使ったで商品代とは別に税まで持っていかれるという、何とも世知辛い仕様になっている。
これを便利と呼ぶべきなのか、不便と呼ぶべきなのか、俺自身にも時々分からなくなる。
ただし、一つだけ確実に言えることがある。
この《ショップ》を大金持ちが持っていたなら、滅茶苦茶強い。
普通では手に入らない物でも、金さえ払えば買える。
必要な薬も、特殊な道具も、生活を劇的に便利にする設備も手に入る。
実際、イーストン家のように金がある人たちと組み合わせると、家一つどころか使用人棟まで建てられてしまった。
つまり能力が弱いわけではない。
所有者の財布が弱いのである。
そして、その能力を引き当てたのが、よりによって貧乏男爵家の次男、ゲール・アークライトだった。
だから俺は《ショップ》を使う時、まず値段を確認し、次に自分の財布を確かめ、どうしても必要なら周囲にいる金を持っていそうな人間へ視線を向けることになる。
最終的に出てくる言葉も、だいたい決まっている。
「金をください」
我ながら情けない。
だが、ないものはない。
《剣聖》には《女難》があり、《ショップ》を持つ俺には貧乏と《税金》がある。
これで神様的には釣り合っているのだろうか。
俺にはよく分からない。
ただ、この世界の人間だけでなく、どうやら神様の世界まで含めて、金に関してはかなり世知辛くできているらしい。




