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Full_throttle

一難去ってまた一難だ。

 

 あの後しばらく僕はジェニファーを連れて館中を逃げ回っていた。階段を登ったり降りたりして、時々撹乱のために廊下の反対サイドにものを投げて音を立てたり……

しばらくして手近なこの部屋に逃げ隠れたのだけど……

 よりにもよってそこにも化け物がいた!


 ブルドッグみたいなだらしなくたるんだ人相でバーコードヘアーの巨漢の化け物だ。

 体高は二メートルくらい?ものすごく太っており四つん這いで這いずるように動いている。腹の肉が垂れて地面を擦り、さっきの小さい奴のように生気を感じない黄色っぽい肌の色。四肢は短いが丸太のような強靭な筋肉が付いている。


「あ……あわわ……」

 ジェニファーが悲鳴をあげていたが腰を抜かしてしまっている。巨体が彼女目掛けて丸太のような腕を振り下ろした!


「危ない!」


 咄嗟に彼女の腕を引き上げて巨体のハンマーナックルを躱した。そのまま彼女を連れて廊下へ走る。


「ぶぼはぼはぼはぼ」


 巨体は何やら唸りを上げながら這いずりで追いかけてきた。見かけによらずスピードがある這いずりだ。このままだと追いつかれる!


 巨漢が第二のハンマーナックルを振りかぶってきたその時だった。


「うおおおおおおおお!」


 正面から怒号と共に僕らの頭上を黒い影が飛び越えて行った。ジャックだ!


 飛び越えたその先の巨体目掛けて強烈なかかと落としをお見舞いする!


 巨体の頭が痛々しくめり込みその場に蹴り倒された!


「ぶごっ」


 手応えはあったらしい。巨体は床に顔を押し付けて呻いている。


「コーダ!ジェニファー!」


 目を大きく開いてジャックが振り返り僕らに駆け寄った。


「ジャック!良かった!会えて嬉しいよ」

「ああ俺もだキョーダイ!二人とも大丈夫か!?」

 とても心配してくれてたらしく僕とジェニファーを交互に見ている。

「ありがとう、僕らも無事だよ」

「良かった……」

 ジャックが、ほっとして胸を撫で下ろしていると、先程の巨体が呻きながら起き上がろうとしていた。


「あれがチャールズか?」

「知らないよ。チャールズって誰?」

 突然固有名詞を聞いてきたので僕はキョトンとした。ジャックは巨体に向き直り戦闘態勢を取って続けた。

「この家の「息子」だそうだ。そいつが一連の失踪事件の元凶のミュータント(化け物)らしい」

 

 息子……元凶……もしかして、さっきマリア先生が「チャック」と呼んでいたあの小さいのか?

 どこでそんな情報を仕入れたのか知らないけど何やら大変なことを知ったらしい。


 「話は後だ。この先の階段を登った所に俺がドアを蹴り破った部屋がある。ジェニファー連れてそこに行け。そうすりゃ俺の言ってることがわかる!」


 親指で後方を指しながらジャックは言った。説明不足で何がなにやら分からない。それだけでなくジャックのことが心配だ。


「そんな!ジャック一人置いていけないよ!今まで戦ったやつよりでかくて強そうなのに!」


「早く行け!ジェニファーの護衛に今言った部屋の事、キョーダイ!これはおめーでないと頼めねー事だ!俺にできるのはケンカだけだ!あのブタ公は俺に任せろ!」


 まくし立てて説明になってない説明を続けてジャックは凶悪な笑みを浮かべて舌なめずりをした。そして、左手の甲を僕に向けて差し出した。


「……わかった!信じるよキョーダイ!」

 二秒ほど不貞腐れて悩んで心配して僕はようやく返事をし、握手をするようにジャックと自分のの手の甲をコンッと打ち鳴らした。


 直ぐに僕らの後ろで会話に取り残されて呆然としてへたり込んでいるジェニファーを抱え上げた。

「ちょっとコーダ!?」

「大丈夫!ジャックはあんなおデブに負けたりしない!」

 僕まで説明になってない説明をしてしまってる。段々ジャックに感化され始めたかなぁ……


 僕は当惑するジェニファーを連れてジャックが話していた部屋を目指した。



 ————————————————————



 コーダは無事にドクターの部屋に向かったな?よーしあとは目の前のコイツをぶっ飛ばすだけだ。

 ブタ公はゆっくりと起き上がり両腕をジタバタ振り回し、癇癪を起こして吠えた。

「ぶぁお!ぶぁぶぁぶぁ!」

 

それにしても図体のデカいブタ公だ。

 こいつはチャールズではないな?

 奴は5歳児とカルテに書かれてたし、あのバーコードヘアーはどー考えても5歳児じゃねー。おっさんだ。

 ドクターのかかりつけたチャールズ以外に怪しい薬を注入された奴がいると考えるのが妥当か。

 なんでかは知らねーが。


 色々頭の中で分析してたらブタ公が突進してきた。さっき遠くでチラッと見えたが、なるほど思ったより素早い。


「ぶおおおおお」

 俺は涼しい顔して軽々と馬跳びでブタ公の尻側へ飛び越えた。

 ブレーキをかけてこちらに向き直る。忌々しそうに息を荒らげてる。


 俺は腰のベルトに差していた鉄棒を手に取り、ファイティングポーズを構えた。


 

「来いブタ公!ボンレスハムにしてスーパーに並べてやる」


 

 啖呵を切るとブタ公が勢いよく飛びかかってきた。

 

「そこだ!」


 飛び込んできたブタ公の眉間めがけて鉄棒を突き出した。


「ぶごおおおおぉぉ!」


 手応えあり!鉄棒が眉間から深々とブタ公にめり込む。


 想像もできない激痛でブタ公はその場でのたうち回った。すごい轟音が響いている。


 ……やっぱりな。さっきのかかと落としから思ってたが、こいつ不死身かもしれねー。


 頭蓋が陥没する勢いでかかと落としを食らわしたのにこいつはピンピンしてる。今の鉄棒もドタマを貫通してる。致命傷のはずだ。

 それなのに今その鉄棒を自分の手で引っこ抜き始めて、俺を見て恨めしそうな表情を浮かべている。

 コイツは手強そうだ……

 すぐさま一飛びでブタ公の眼前に迫り猛攻を仕掛ける。

「うぁら!」

エルボースタンプ、ラッシュパンチ、左右フック連打、アッパー、後ろ回し蹴り、回転浴びせ蹴り!

 ブタ公の顔面を滅多打ちにする!

 

 しかし手応えがない。最後の浴びせ蹴りを食らって地面にめり込んだ顔を上げながら下品な表情を浮かべてゲヒゲヒ笑っていた。

 反撃と言わんばかりにハンマーナックルを俺目掛けて振り下ろす。

「ちぃっ!」

 腕を十字に組み受け止めるがそのままの体勢で後方に吹き飛んだ。

 間髪入れず高速這いずりで距離を詰めてくる。


 今度はブタ公のラッシュだ。短いが丸太のように太い剛腕でやたらめったらに打ち付けてくる。

 そのうちの一振のビンタで俺は壁に叩きつけられた。

「ぐはっ」

「ぶほははひゃひゃ」

 笑いながら思いっきりハンマーナックルを振り下ろしてきた。俺が身体をねじって攻撃をひらりと躱したらそのまま勢い余って壁をぶち壊した。


「きゃああああああぁぁぁぁ!」


 壊された壁の向こうから悲鳴が聞こえた。部屋に誰かいたのか?

 壊れた壁から部屋を覗くと女がいた。

 

 あれは……ロッテじゃねーか!

 突然の事に怯えて悲鳴をあげたらしい。部屋の奥を背にして恐怖で顔が青ざめている。

 あいつ、俺たちをおびき出すのに利用されて捕まってたのか?

 

 ロッテのことで驚いていたら、ブタ公がロッテの方を見つめて突然動きを止めた。

 (なんだ?どうしたんだ?)

 不審に思っていたらそのままブタ公は気持ちが悪い笑顔を浮かべ始めた。

「ぶ、ぶほほほひゃひゃひゃ」

 大袈裟な舌なめずりをしてぶち破った壁から部屋に飛び込むように入っていった。

 (こんな時に何だいきなり?)

「いやぁ!来ないでぇ!」

 困惑していたらロッテの悲鳴が再度響いた。


ふと、俺はDrヨークのカルテを思い出した。

 (もしやこのブタ、チャールズと同じで3大欲求にしか興味のない脳ミソになってんのか……?

 だとしたら……)

「待ちやがれ!」 

 俺はすぐにブタ公を追って部屋に飛び込んだ。


 嫌な予感が当たりやがった!

 

 ロッテに覆いかぶさって服を引き裂こうとしてる!

……こいつもチャールズと同じ、女を「恐ろしい目」に合わせて殺して、食ってるのか……?


「いやあぁぁ!誰かぁぁ!」



 


 その悲鳴を聞いた瞬間……俺はキレた……




 

  丹田に意識を集中……深く深呼吸をしてゆっくりと息を吐きつつブタ公の背後に歩み寄る。

 丹田に熱いものが込み上げてきた瞬間に……

 一気に全身に力を込めて湧き上がる力を解放、エンジンのエグゾーストの様な爆音と共に俺の体が発光した!


 

「うおおおおおおおお!」

 


 俺の雄叫びに対しブタ公が面倒くさそうにこちらに振り向いてきたが直ぐに驚嘆の表情を浮かべた。

 

 俺の瞳が冷血動物のような縦筋の瞳(俺の一族は龍眼と呼ぶ)に変化し筋肉がさらに隆起、身体中に青白い光線が走り、電気的なオーラが全身をめぐりスパークしていた。


 

 これが「ターボ」だ!

 俺の一族に伝わる肉体強化法、身体中のエネルギーを呼吸や筋収縮でコントロールし、身体能力をぶち上げる!


 

 目にも止まらぬ超スピードでブタ公の目の前に飛び込む。そのまま土手っ腹にスマッシュブローをお見舞いした。

 

 稲妻のような激しい爆発音が轟き、ブタ公の腹に大きな風穴が空いた。


「ぶが!?」


 一瞬のことでブタ公は何が起きたのか分からないらしい。自分の腹と俺を交互に見て気が動転しているようだった。後ろはミンチになった肉片と血で部屋が真っ赤に染まっている。


 俺はブタ公の顔をアイアンクローのように片手で強く掴んだ。龍眼で顔を近づけて凄み、思わず故郷の言葉で呟く。


「……你隻豬、呢個係一件好可笑嘅事(この豚野郎、ふざけた真似しやがって)」


 

 感情なんて残ってるのか知らんがブタ公は慄いているように見えた。

後ろでは開放されたロッテが半裸の状態で顔を真っ青にして動けないでいるが今はそんなことどーでも良くなっていた。

 今の俺は怒りのあまりブタ公のことしか目に入っていない。


 そのまま俺はブタ公の頭を膝と肘で挟み砕くように思いっきり打ち付けた。

 ブタ公の顔面がひしゃげて呻いている。続けて顔面を床に連続して叩きつける。


「ぶば……」


 地面にのたうち回るブタ公に間髪入れずケンカキックで滅多打ちにする。


 蹴る度に俺の体に纏う電気状の青白いオーラが炸裂する。


「オラ立てぇ!!」


 胸ぐらをつかみ立ち上がらせて眉間めがけて膝蹴りを数発捻じ込む。


 ブタ公は元々皮膚が垂れてしわくちゃだった人相が青タンや血で余計しわくちゃになっていった。


「ぶ、ぶごごごご」


 俺の膝蹴りを振りほどいたブタ公は尻もちを着き後ずさり壁を背にした。

 今度は明らかに苦悶と恐怖に顔を歪め震えている。


「ぶおぉ、ぶおぉ……」


 まるで命乞いをするかのように呻いている。


「ザケンなよ、テメーそうやって命乞いした女をどれだけ酷い目に合わせて無惨に殺しやがった!」


 鬼気迫る形相で尚もオーラを纏いながらゆっくり歩み寄る。

 

ブタ公は壁の方を向き突進し、そのまま壁をぶち破って外に飛び出した!

 月光と街灯が部屋に差し込み目が眩む。


「逃がすか!」


 しかし、ブタ公の姿が一瞬で見えなくなった。


「ぶぼァァァァァァ」


 この部屋の階層は高いらしい。外から落下するブタ公の断末魔が木霊した……



————————————————————



「心配すんな。俺はあの化け物とはちげーよ」


 ブタ公の最後を見届けた後、俺はロッテの介抱をしていた。


 

 あのブタ公は壁を突き破って外に転落した後は地上で潰れて血溜りを作っていた。壊れた壁から覗き込んだだけだがピクリとも動いていなかった。

 その時ついでに外の様子を見たが、この建物はオリバーのバーガーショップの近所にある大きなマンションだった。

 このマンションで蛮行が行われて、運悪く怪物化したアンがマンションを脱出、周辺を徘徊していたって事だろうな?

 恐らくそれがコーダに持ちかけられた「幽霊騒動」の真相だろう……

 ちくしょー……やるせねぇ……

 

 それはさておき今はロッテの介抱だ。

 

「ひっ!?」


 ロッテが激痛で小さく悲鳴をあげた。左腕がありえない方向に捻れている。こりゃひでー折れ方したな。


「少し痛むぞ」


 俺は壁の瓦礫から手頃な木の棒を探し出し、ロッテの腕に布で巻き付け固定した。


 こないだ「折れた腕は無理に戻そうとしちゃダメ」とコーダに聞いたがそれ以上の処置を知らん。なのでせめて保護だけでもと思ったが……

 コーダがいてくれりゃあな。


 ロッテは俺を見て恐怖心とも困惑とも取れる表情で俺の処置を眺めていた。

「あのな、俺はおめーを取って食ったりしないからな!」

 何だか化け物呼ばわりしてきそうで嫌になったのでブスっとしてロッテに言ってしまった。


 ……無理もねーか。今は元に戻ってるが、あんな姿ターボになって化け物をぶっ飛ばしてたんだ。しかも今は多量のカロリーを消費した直後で体から煙(水蒸気)を吹いてんだからなあ。


「お兄ちゃん、コーダと一緒にいた人だよね?」


 お?少しは落ち着いたか?震え声だがよーやく口を聞いた。


「おう、腕以外は大丈夫か?」


 リラックスさせるつもりでニカッと笑ってみせた。



 その時、上の階から悲鳴と轟音が響いた!

 部屋が微かに振動するほどの轟音だ。



 今夜何度目の悲鳴だ?あのオバン、よくこんな有様で今まで蛮行を隠し通してたな。防音工事してたとしても限界があるだろ?

 感想はこの辺にして、きっと二人が危ない。

 グズグズしてらんねーな。

 俺はロッテの右肩に手を置き静かに話しかけた。

「ロッテっつったな?ここで隠れてろ。ジェニファー達を助けに行かねーと」

「置いてかないで!?いっ!……」

 残される恐怖からロッテは俺にすがろうとするが腕が痛んで動けそうもない。

「大丈夫だ、ジェニファー達助けたらゼッテー迎えに来るからよ」

 更に右肩をぽんと叩きなだめた。

「絶対だよ!?」

 ロッテは心細く叫んだ。


 俺はコーダとジェニファーを探しに部屋をあとにした。

 キョーダイならジェニファーを守り通せるだろうが大丈夫だろうか?

 あいつの実力なら化け物も難なく投げ飛ばせるだろう。それよりもジェニファーを守るためにまーた無茶するんじゃねーかというほうが心配だ。


 俺は階段を目指して廊下を走っていった。

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