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Drive

まどろみからゆっくりと目を開ける…

 

薄暗く埃っぽいすすけたフローリングの上に俺=ジャックは横たわっていた。

 よろよろと体を持ち上げる。

 そこそこの広間に似つかわしくない無骨な鉄格子。その中に俺はいた。

 ここはどこだ?何でこんなところで手足を縛られて寝てんだ?

  

 ……思い出してみるか。

  

 俺は相棒のコーダとジェニファー捜索のために学校に向かった。

 ジェニファーの友達(ロッテと言ってたな?)が「ジェニファーのデバイス」を使って緊急連絡をしてきたからだ。


 学校で合流してロッテに案内されるままどこかに向かう途中で……


 

 思い出したぞ。道案内されたのが学校から少し離れた裏路地で、そこに来た時に何かをされて気を失ったんだ!

今まで眠ってたらしいのでクロロホルムを嗅がされたか?


 チクショー、俺としたことが迂闊だった。

 あの電話は罠だったんだ。

 普通人様のデバイスなんて滅多なことではロックを解除できねー。それを何故かロックを解除して通話をかけてくるなんて、おかしい事に気づくべきだった!


 ……悔やしがっても仕方ねー。ここから脱出してコーダを探さねーと。多分ジェニファーもここにいる。

 手遅れじゃなきゃいいが……


 まずはこの手足を縛る縄を何とかする。荒縄で縛られてるが問題ねー。この程度なら俺の腕力で引きちぎれる。


「う……おお……うおおおおおお」


 渾身の力を込めて腕を広げようとする。荒縄と俺の腕がミシミシと軋んでいる。


「うあぁっ!」


 ブチン!!


 ふぅ、やっと引きちぎれた。思ったより手こずった。まだまだ鍛錬が足りねーや。

 自由になった両手で足の荒縄も解きつつ薄暗い部屋を目を凝らして見渡した。

 

 まるで監獄みてーな部屋だ。広いオンボロ民家の様相だが檻が四基もある。俺が入ってる以外の三基の檻は空っぽだ。大きなシミや暴れたあとのような傷がそこかしこに付いているのが不穏でならないが。


 よし、足の縄も解いた。


 自分の身を調べる。

 案の定デバイスが無い。寝てる間に盗られたんだろう。予想はしてたがしゃーねーか。

 

 それよりも俺の黒革のライダースが無い!


 プロテクターを縫い込んだ俺のお気に入りのライダースが!!何処のどいつかしらねーが許せねー!

 とっとと脱出して、コーダ達と合流したら犯人ぶっ飛ばしてやる。


 鉄格子の弱ってそうな部分を探るべく掴んで調べる……

 見つけた!ここならへし折れそうだ。


「フン!」


 勢いよく鉄格子の一部が折れて粗末な鉄棒になった。ノソノソと檻の外へ這い出た。

 よーしこれで自由だ。ここがどこなのかを調べるか。

 俺はへし折った鉄格子だったものを腰のベルトに差し、部屋から出た。


 

 ——————————————————



うーん寝心地が悪い……ゴツゴツしてひんやりしたベッド……両手足が固定されてるようでやけに重い……

 寝てる間に悲鳴を聞いた気がするけどなんだったんだろう……?夢かな……?

 眠気まなこで部屋を見渡す……

 ……あれ?……ここはどこ?

 

 僕=コーダは見覚えのない薄暗い物置にいた。隣にはジェニファーが倒れている……



 思い出した!



 こんなとこで寝ている場合じゃない!

 

 僕は飛び起きてジェニファーに這いずり近寄った。手が背中で縛られて思うように動けない。


「ジェニファー…!ジェニファー…!」


小声で必死に起こそうと声をかける。


「ん……ううん……」


 ジェニファーが目を覚ました。良かった。ひとまずは無事らしい!


「……コーダ!」

「ジェニファー!良かった、怪我は無い?」

「私はなんとも……それよりあなたの方がどうしたの?」


 手足を縛られている僕を見てジェニファーは目を点にしていた。

「大丈夫?縄をとかなきゃ」

そう言って彼女はきつく結ばれている僕の縄を解き始めた。

 せっかく助けに来たはずなのにこれじゃ僕が助けられてるじゃないか。

面目無い。これじゃジャックに笑われちゃう……


「外れたわ」

嬉しそうにジェニファーは手の縄を解いて僕に見せる。

 「ありがとう。いやー面目無い」

 はにかみながら申し訳なさそうにお礼を言う。 

 「お互い様でしょ?あなたも私を助けてくれたし」

 ジェニファーは静かに微笑み返す。

 お互い様、か……。友達があんな事になって、こんな状況に置かれてるのに……思ってた以上に彼女は強い心を持ってるのかもしれない。


 残った足の縄を解きながらジェニファーに状況を聞いた。

「ここはどこ?きみの友だちのロッテに連絡を受けて学校まで行ったんだけど……」

「私も知らない。出かけてる途中に何かを嗅がされて気を失ったわ。気がついたらあなたに起こされてたの」

「そっかぁ」

 そう返しつつ、足の縄がやっと解けて完全に自由になった。

「さぁ、ここから脱出しよう。こんな拉致監禁をする相手なんて危険だ」

そう言ってスックと立ち上がったその時だ。


 ドアの向こうから声が聞こえてきた。

 二人でそっとドアに耳を当てる……


「……さぁ、今夜のお食事は豪華よ、チャック。おもちゃもありますからねぇ」


 中年女性の猫なで声が聞こえる……

「先生……」

隣で一緒に聞き耳を立てていたジェニファーが呆然と呟いた。   

「マリア先生なの?」

彼女は黙って頷く。

 声が近づくに連れて変なうめき声も聞こえてきた。

「たぁんと召し上がれ」

「ふひひほほほ……」

幼児のような老人のような変なしわがれた奇声が聞こえる。段々この部屋に近づいてる。

 

 ……すごく嫌な予感がしてきた。


 辺りを見回す。ちょうど持ちやすそうな折れた角材を見つけた。僕は角材を小脇に挟んでジェニファーの手を取った。


 (こっちだ、静かに……)


 2人でドアの死角に張り付く。こうなったら奇襲をかけて倒したスキに逃げ出そう。

 息を飲み神経を研ぎ澄ます。

 

 ドアノブが回った。そしてゆっくりとドアが開く……

部屋に光が差し込み、小さな黒い影が伸びてきた。それが薄暗い部屋に侵入してくる……


 現れたのは幼児のような小さな小男だった。

しかし普通じゃない。老人のようにしわくちゃの人相。黄ばんで生気を全く感じない肌の色。洋服を着ているが薄汚れてボロボロだ。

片手には研ぎ澄まされた大きな鉈を持っている。


「ふひひ……ほひひ……」


 さっきドア越しに聞いた奇声だ。こいつが発してたのか。

 僕は角材を両手持ちで構えて固まっていた。


 どうする?この小さいの目掛けて振り下ろすか?それとも先生の方を狙うか?

 背後にすがるジェニファーが冷や汗を垂らしてしっかりと僕にしがみついている……


 小さいのがギョロリと僕の方を向いた。

 まずい!


「ふひょほはははあぁぁぁ!!」


 小さいのがベロベロと下品な舌なめずりをしながら喜び出した。たちまち手に持っている鉈がギラリと光る!


 ええい迷ってる場合じゃない!やらなきゃ殺られる!


「このぉっ!」


 意を決して角材を小男の脳天目掛けて勢いよく振り下ろした。痛々しい打撃音とともに角材は粉々にへし折れた!


「ふぐぅっ!?」 


 小さいのは驚いた表情でうつ伏せに打ち倒された。成功したか!?


「チャック!?」


 先生が酷く取り乱して部屋に入ってきた。手にはライフル銃を構えている!!

 ライフル銃以外は想定の範囲内だけど武器(角材)はなくなった。素手で立ち向かうしかない!


 その刹那、黒い物体が僕の真横を掠め、金属音が轟き先生もうつ伏せに床に打ち倒された。


「ぐへっ」


 なんだ?何が……?


 振り向くとジェニファーが僕の横に飛び出していた。手にはフライパンが握られており、へこんでいる。 かなり緊張して息を荒らげている。彼女が先生をフライパンで殴り倒したようだ。

 なんて大胆なことを。というかいつの間にフライパンを?

 この子、見かけによらずやるなぁ。伊達に事件を追ってはいないみたいだ。


 呆気にとられていたらジェニファーが僕の手を引いて急いで部屋を出た。


「コーダ!早く!」


 いけない、彼女の言う通りだ。我に返った僕はジェニファーの手を固く握り、先生と小さいのを置いて直ぐに廊下を駆けていった。



 

  ——————————————————



  

 檻のある部屋からドアをそっと開けて俺は廊下をのぞき込む……


 廊下も照明がついてない。長いカーペットが敷かれ掃除が行き届き、小綺麗な廊下だ。ビジネスホテルを彷彿とさせる。

 しかし、立ち込める臭いが独特だ。

 脂の匂いやドブのような臭いが入り交じっている。

  

俺は 廊下を進みつつ思考をめぐらしていた。。


 俺をこんなところに拉致した目的はなんだ?口封じならとっくにあの世に行ってるはずだ。それをわざわざこんなところにかつぎ込んで生け捕りにするとは、物好きにも程がある。

 ここまで手の込んだ事をやられるということは、生徒連続失踪事件と関係あるのは間違いねーだろうし、コーダもこの館のどこかにいて、まだ無事な可能性がある。

 だがなんでこんなことを……?


 あれこれ考えていたら廊下の先から酷い悪臭が漂ってきた。

 生ゴミや魚の腐敗臭、玉ねぎやキャベツが腐った臭い、さらにアンモニアの刺激臭が混ざり合ったような強烈で複雑な悪臭だ。

 鼻の奥に粘りつくような重さと、甘ったるい発酵臭を伴うひでー臭いだ。


 これは……死臭か?


 動物の死骸などの死臭を嗅いだことがあるがそれによく似ている。

 一気に空気が張り詰めた。おそらくこの建物に死体が転がってやがる。それも近くに。


 臭いは階段の上から漂っている。下にまで臭いが来る程とは。俺は慎重に階段をのぼり、死臭の元を探した。


 多分この部屋だ。

 階段を登ったすぐそばのドアが板を打ち付けられて封印されている。

 めんどくせー。蹴り破るか。

 俺は勢いをつけてドア目掛けてケンカキックをお見舞いした。足の裏に全体重をかけてドアを力いっぱい蹴る。その度に破裂するような衝突音が静かな建物に響く。2回……3回……

 ようやく蹴り破ることができた。相当厳重に封印されていたがこれで中を見れる。

 板の破片や瓦礫を避けて中に侵入した。


 ……空気が澱んでいる。随分長いこと密閉されてた様だ。窓のない部屋で物は少ない。片隅に大きめの事務机があった。書類とカバンが整列されて乗っかり、椅子には白衣を着た人が……



 いや、死体だ!死体がぐったりと座っていた!


 

「……!」


 

 思わず俺は身構えた。

 これが悪臭の原因のよーだな。干からびて体の一部が白骨化し始めている。


 悪臭に対して吐き気を催しながら死体に近づいた。最後の食事が牛乳だけで腹いっぱい食わなかったのが良かったのか、リバースすることは無さそうだ。(腹が減ってるのは気がかりだが)


 故郷の大自然で山みたいなデカイ竜と修行でドンパチやってたし、日頃化け物と戦っている癖に言うが人の死体(しかもこんな損傷が激しい)とはマジでゾッとするな。

 気は進まねーが調べるか。


 恐る恐る死体を調べる。

 遺体は干からびていて人相はよく分からねーが、辛うじて髪型や髭の跡から中年男性らしいことだけは分かる。机の上の書類やカバンも調べる。


 古びてくたびれた皮のカバンには隅に小さくWalter・Yorkと刺繍されている。

 

 ウォルター・ヨーク……

この遺体の名前か……?


 振り返って机の上のものを改める。

 聴診器や注射器、薬品のガラス瓶がいくつかとドイツ語で書かれた写真付きの書類がある。


 どうやら医者らしい。

 書類にも目を通す。

「kranke」などドイツ語が並ぶが俺はその文章をスラスラと読んだ。(舐めるなよ?俺は世界五十ヶ国語を覚えた男だぞ?)


 やはり内容は医療カルテのようだ。一人の人物に関する健康内容、治療の記録等が書かれている。

 しかしドイツ語が読めても医者じゃねーから薬剤の名前とか専門用語が分からねー。こんな時にコーダがいればな。


 カルテを読んで俺が理解できたのはこうだ。


 患者はここに住む家族の5歳の息子「チャールズ・デイモン」。不治の病に侵されてほかの医者にも匙を投げられたのを、ドラモンドとか言う化学者の投薬を受けて命を繋いだ。だがその投薬の副作用で凶暴化。身体が突然変異を起こして筋力が異常発達し、脳みそが変質を起こして人間の三大欲求のみに従うミュータント(化け物)になった。

 寝る。

 食べる。

 そして……

 

 しかし知能は少し残っており母親にだけは従順で懐いているらしい。

 更に、この患者からの体液を注入された生物は突然変異、凶暴化を引き起こして同じようなミュータントに変貌してしまう可能性がある(このカルテの時点では実例は出てないようだ)。

 このお医者……もといDrヨークは「チャールズ」を元に戻すべく薬の研究をしてたらしい。


 しかしこの部屋の状況、どう見ても監禁されてたよな?こんな厳重に閉じ込められて……

 せっかく子供を治そうとしてるのに何が……


 お?走り書きの書類が混ざってる?

 明らかにカルテとは違う。震えてミミズが這ったような弱々しい筆跡で書かれてる。

 どれどれ……?



 ———————————————————



 このメモを善良な人が呼んでくれることを切に願う。

 私はウォルター・ヨーク、この家の子息にかかりつけている医者だ。

 ドラモンドとかいう男が投与した得体の知れない薬でここの子息は病を乗り越えたが人ならざるものに変貌してしまった。

 色々手を尽くしたが私の手には負えない。

チャールズ……あの狂った怪物を放っておいてはいけない。

 快楽と食欲の為だけに少女を犯し、殺してはそれを食べている。

 放っておけばそのうち外に出て次々と殺人を犯すだろう。そして、第二の化け物が誕生してしまう。その前に何としても止めねばならないがあの母親に企みがバレてしまった。この部屋に監禁されてしまい私ももう長くは無い。


 これを読んだ者に頼みたい。あの化け物を退治してくれ。

 幸い、試験が出来ていないがあの化け物を抹殺できる薬は出来た。私の白衣にしまっておく。

 これをあの化け物に注射すれば奴の変異した細胞を蝕み絶命させることができるは……だ……


 あと……む……め……ni……



 ——————————————————



 最後はかすれて読めなくなっている。

 

 俺は静かに書類を置き、弔いのつもりでバンダナスカーフをドクターの顔にかけてやった。


 神妙な面持ちで亡骸に手を合わす。

 

 ……悪ぃなドクター。あんたの信条とは違うかもしれねーが、冥福を祈るくらいのことなら俺にも出来る。


 

……安らかに眠ってくれ。

 ……あんたの無念は俺が晴らす。


 

 状況から考えて化け物=チャールズの母親とやらはオバン(マリア先生)と見るべきだろう。子供可愛さに(子供の快楽と食欲の為)人身売買をし、とうとう学校の生徒を攫うようになった。


 その買った(又は攫った)女達をチャールズに与えて……


 この先は想像しただけで反吐が出る。

 

 そうなるとバーガーショップの裏路地で出くわした「アン」もチャールズの餌食になったという事になる。そして運悪く突然変異しちまった……


 考えるうちに俺のはらわたがフツフツと煮えくり返ってきた……


 子供のためとはいえ、罪の無い無関係の女たちを恐ろしい目に合わせて殺しやがって……


 あのオバン、バカ息子共々ゼッテーにぶっ飛ばす!


 やる事ははっきりした。そうと決まればドクターが作ったと書いてた「チャールズを抹殺する薬」を頂こう。

 無くてもぶっ飛ばすことには変わりねーがあるに越したことはない。

 ドクターの亡骸に手を伸ばしてポケットを探る……


 

 その時だ!屋敷のどこかから悲鳴が響いた!


 

 聞いた声だ。ジェニファーの悲鳴だ!

 下の階から響いたぞ!?

 俺は慌てて部屋を飛び出しかけていった。

 

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