Burnout
バーガーショップの裏路地の騒動から2日後。
学校にあるオンボロジムで僕=コーダはジャックとトレーニングに励んでいた。
ここは随分昔に廃部になったボクシング部のジムで、学校に許可を貰って二人で掃除、片付けをして使えるようにした。まだまだ埃っぽいし古ぼけたサンドバッグや破れたグローブなど粗末な備品しかないがそれでもトレーニングするためのものは揃っている。
僕は幼い頃から合気道を習っておりその稽古は欠かさず続けている。(あの化け物を投げ落としたのも「入身投げ」という基本の投げの型だ)
ジャックは中国拳法の人なので合気道とは異種格闘技になるが、「合気道の華麗な投げ技を実際に見て闘ってみたい」
という彼の要望もあり、異種格闘技の組手も交えつつ一緒に鍛錬を積んでいるのだ。
(ただしジャックが強すぎて組手ではまともに彼を投げたことはない)
と、ここまで言ったけど一緒に鍛えるようになったのは僕がお願いしたのが発端だ。ジャックが強い理由は腕っ節と拳法だけじゃない。
今そのお願いした理由を訓練してるんだけど…
「よーしそのまま、へその下あたりに意識を集中して……」
ジャックが静かに僕に声をかける。
大きく息を吸い、仁王立ちで僕は両手を合わせ、神経を研ぎ澄ませている。
「…………………………」
「鼻からゆっくり息を吐け、とにかく小さく長くだぞ」
言われた通り小さく長く、息を吐く……
……………………………………
「今だそこで力め!」
「っっっっぷはぁ!」
ダメだ失敗した。こんなので上手くできるのだろうか……?
「焦るこたーねーよ。俺だって「ターボ」を習得するのに一年かかったんだからな?」
困ったような表情でジャックが慰めるが、ジト目で更に続けた。
「あとはおめー、ジェニファーの依頼のことで頭いっぱいなんだろ?だから雑念が出ちまって余計上手くいかねーんだ」
ぎくっ。
「ははは、そうだよな。俺だって気になって仕方ねーよ」
「ジャックも?」
「おう。多分俺も今なんか起きたら雑念でヘマをやらかす自信がある」
おバカなことを自信満々に言う。
「でも、調査の前に日々のトレーニングはサボっちゃダメだよね?」
「そうだな、おめーの言う通りだ。よし、もう一回やるか。次は俺も隣で一緒にやるぜ」
「うん!」
そう言って二人で並んで目を閉じた。
さっきから話題に出てる「ターボ」とは何か?それは上手くできたら説明する。
こんなふうにトレーニングは日々のルーティンとして必ず行っている。これが終わったら一昨日の騒動の調査に行く予定だ。
さて、トレーニングしてる最中だし、一昨日の晩にジェニファーに何を頼まれたのか話を整理しながら報告しよう。
――――――――――――――――――――――
ジェニファーはイギリス出身の中学生だ。
父子家庭で母親が幼い頃に亡くなり、さらに半年以上前に父親も蒸発して天涯孤独の身となり紆余曲折の後、子供のいないハミルトン夫妻に引き取られて暮らしているそうだ。
傷心だったがハミルトン夫妻はとてもいい人達でジェニファーを本当の我が子のように暖かく受け入れてくれた。学校の友達にも励まされ少しづつ立ち直り始めた。
そんなある日、今月に入ってから学校の生徒が一人また一人と失踪した。警察には学校から相談し大騒ぎになっているが解決どころか一向に手がかりすら見つからない有様で生徒の失踪は続いた。
このままではいつか自分が、ほかの友達も消えてしまうかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくなり友人の一人「アン」と協力して二人で失踪した生徒たちを探し始めた。
しかし、走り書きのメモを残してアンもいなくなってしまった。
メモにはただ一文「マリア先生」とだけ書いてあった。
マリア先生とは中学校の教師だそうだ。
気難しいが面倒見が良く、生徒たちからは「怖いけどいい先生」という評を受けてたらしい。少なくとも悪い噂はなかったようだ。
何故先生の名前が書かれてたのか……?
謎が解けず悶々と数日過ごしていたが一昨日、先生が放課後に学校を出てどこかに向かうのを目撃した。
外套を羽織りマスクも付けて、なにかから隠れるようにこっそりと……
怪しいと思いジェニファーは後をつけた。そうしてオリバーのバーガーショップの裏路地にたどり着き、先生を見失った代わりに行方不明だったアンに出くわした。理性を失い、カマを振り回す化け物に成り果てた姿のアンに……
後はご存知の通り、そこに悲鳴を聞き僕らが駆けつけたわけだ。
少々長くなったがこれが事件の大雑把な概要だ
。
依頼内容は
「失踪したクラスメイトたちの行方を探し、事件の真相を突き止めること」
今までは夜の街に繰り出しては変質者や強盗、化け物退治が主だったけど人からの依頼は初めてだ。気を引き締めてかからないと。
――――――――――――――――――――
「アンはどうなったかなぁ?」
トレーニングを終えて、帰り支度をしながらコーダが聞いてきた。キレーにウェアを畳んでバッグにしまっている。俺なんぞと違って本当にキチンとした男だ。
あの晩戦った化け物…もといアンは、警察に引き渡す約束になった。俺たちがめんどーに巻き込まれたくないため警察への通報はジェニファーに頼み、俺たちは話を済ませたらとっととずらかった 。(アンの処遇についてはジェニファーを説得するのにエラい労力をかけたが…)その後学校でも幽霊騒動の真相として話題になってるが、その後のことは俺も知らない。
「そっちはサツ(警察)を信じようぜ?俺たちじゃ止めるまでしかできねー問題だったんだ。それよりジェニファーの件だ。早えところ何とかしねーとアンみてーなのが増えちまうかもしれねー」
汗を拭いつつ俺は前を向いたまま言った。心配するコーダには悪いがこれが現実だ。しかしコーダも少し俯いた後キリッと顔を上げた。
「そうだね…切り替えよう」
心配はないみたいだな。それでこそキョーダイだ。
一足先に帰り支度を済ませたコーダはデバイスをポケットから取り出して俺に画像を見せた。
「まずはこのマリア先生について調べようと思う。ジャックの考えは?」
俺は首にかけたタオルをカバンの方に放り、鋭い視線をデバイスにむけた。
そこには白髪混じりの黒髪の気の強そうな中年女性が映っていた。口をへの字にむすびいかにも規律に厳しそうで口うるさそうな印象だ。俺が嫌いなタイプだと言うのがひと目でわかる。
ジェニファーは「怖いけどいい先生」と言ってたが本当なのか?「いい先生」の一文がにわかに信じられねー人相だ。
「見かけで判断しちゃダメだよ」
コーダはジト目で釘を刺すように言った。おっと顔に出ちまってたか。慌てて俺は反論した。
「わーってるよ失敬な。それよりも、俺もその意見には賛成だ。おめーのことだ。これから学校に先生のこと聴き込みに行こうって考えだろ?」
「実はどうしようか悩んでるんだ」
「なんで?」
難しい顔してコーダは続ける。
「アポなしで学校に行っても門前払いを受けるでしょ?卒業生でもなんでもない他人だし…例えジェニファーが学校にいる時でも話を聞けるか怪しいじゃない。それに、警察にも相談してるなら一昨日のこともあるし警察と鉢合わせてややこしい事になる危険があるよ」
ほう、ちゃんと思案してたか。それじゃ俺の考えも伝えるか。
適当に荷物をカバンに詰めながら答えた。
「だろうな、俺も同感だ。だから俺は他所に聞き込みに行こうと思ってる」
「他所って、何か聞き込むアテがあるの?」
コーダは目を点にしている。俺はコーダの方を向いてニヤリとした。
「俺の交友関係は広いんだぜ、知ってるだろ?」
「ああ、そういうこと…」
色々と察したようでコーダは乾いた笑いを浮かべている。
「うーん、僕はやっぱり学校の方を当たってみるよ。どうやって話を聞くかはジェニファーに相談してみる」
「そうかわかった。あんなこと言ったが、やっぱり手がかりが多そうなのは学校だし、俺みてーなパンクス(不良)が行ったら余計に怪しまれちまう。学校に行くならコーダ1人の方がまだ怪しまれない可能性が高そうだもんな」
率直な意見を述べたはずだが自分で言っててなんだか納得いかなくなってきた。パンクス(不良)ってだけで怪しまれるっつーのがなんだか理不尽に感じたからだ。
「そこまで言わなくても…」
おっとまた顔に出ちまったか?更に苦笑いしながらコーダがフォローする。
ともあれ、どうやらお互いやることは決まったみたいだな?
俺は周辺の情報通に、コーダは学校に聞き込みだ。
「よし、決まりだ。学校の方は頼むぜ」
「任せて。ジャックも無茶なことしないでよ?」
そう言って、肩にバッグを掛けながら俺たちは握手するようにお互いの手の甲をコンッと打ち合わせた。
―――――――――――――――――――――
翌朝。
乾いた空気に晴れ渡った空。僕は早朝のロードワークから戻り下宿でシャワーを浴びた後ハムサンドを作り齧っていた。カリカリに焼いたトースト、やや肉厚なハム、厚切りスライスのフレッシュトマトに大きめサニーレタスを二枚挟んでフレンチドレッシングをかけたハムサンドが僕のスタイルだ。
コーヒーを啜りながら昨日聞き込みしたメモを改めて目を通した。
昨日はジェニファーに頼んでクラスメイト二人から話を聞けた。(学校から少し離れた近所の公園で話を聞いた)
昨日の聞き込みでわかったことをいくつか。
・いつも日暮れまで学校に残ってたマリア先生が最近は放課後すぐに姿を消すようになった
・普段の所作に変わったところはない。それどころか生徒が次々に失踪してるのに動揺する様子が全くない
・昨日は学校を休んでる
・放課後にオープンカフェで怪しい人物と会っていたという噂
・最近香水が変わった(近づくと匂いが違った)
・失踪した生徒は全員女子
こんなところだ。
今のところ「怪しい人物」と「失踪した生徒は全員女子」あたりが怪しいと思うけどどうしたものか?
ジャックのベッドに視線を向ける。相変わらず毛布はくしゃくしゃで洗顔料や充電ケーブルなど物が散乱してるけど帰ってきた形跡はない。
開け放たれたクローゼットにも彼のジャケット(黒革のライダース)は無かった。
僕は窓から身を乗り出して下宿の三階から駐輪場を覗き込んだ。ジャックのCBRは無い。
彼はこうして一日以上戻ってこないことがある。帰ってきたら喧嘩でボロボロになってたり、夜中のツーリングが楽しくなっちゃって寝不足でヘロヘロになって帰ってきたり……
またトラブルを起こしてなければいいけど。
昨日バイクでジェニファーの所へ送ってもらったのが最後に見た彼の姿だった。あれから1日経過してるのにまだ家に戻ってこない。
どうしよう?こうして帰るのを待つばかりも時間の無駄になってしまうし、僕も調査に出かけようか?
考えながら食器を片付けてる最中に外から激しいエグゾーストが響いてきた。どうやら帰ってきたようだ。
飲みかけのコーヒーを啜りながら駐輪場を覗こうと窓に向かう…
「ただいま!」
突然窓にジャックが現れた。驚いた僕は口に含んだコーヒーを盛大にジャック目掛けて吹いてしまった。
「哎呀ーーーーーーーー!」
熱々のコーヒーを思いっきり吹きかけられてジャックは悶絶した。
「なんて所から入ってくるの!ここ三階だよ!?」
慌ててタオルを持ってきてジャックの身体を部屋に引き込み顔を拭く。
「いやー、階段登るのがメンドーになってよー。それにそんなビビることねーだろ」
コーヒーまみれになったシャツを脱ぎ捨てながらボヤいている。
それにしても哎呀という悲鳴、本当に中国の人は使うんだなぁ。
くだらない感想はさておき、大雑把にコーヒーを拭き終わったけど、それでも身体がすす汚れたり新しい痣があるのが見えた。
まさか…
「いやー悪りーな帰りが遅くなって」
「お帰り。まさかまた喧嘩してたの?」
ジト目で疑う僕を見て不敵な笑みを浮かべている。
「安心しろ。喧嘩はしてたがきっちり調べ物はこなしたからよ、話す前にシャワー浴びさせてくれ」
そう言い残してジャックは着ているものをその辺に脱ぎ捨てながらシャワーに向かった。
やれやれズボラなんだから。シャワー 越しにバスルームから声が聞こえた
「置いておいていいぞ?シャワー浴びたら片付けるからよ」
「そう言って片付けないでしょ」
そう言い返して脱ぎ捨てられた服をまとめた。
暫くしてタオルを被ったジャックが出てきた。心身がリフレッシュして清々しい表情になっている。
「いくつかわかったぜ?やっぱりあのオバン限りなく黒に近い怪しさだ」
「おばんって……マリア先生のこと?」
全裸のままタオルで頭をガシガシ拭きながら続けた。
「おう。あの「先生」裏のスジモノ連中と繋がりがあった。それも人身売買を扱うスジモノだ」
「人身売買!?」
洗濯機を回しながら聞いていた僕は思わず表情が強ばった。現代に人身売買が行われているなんて…
そのまま冷蔵庫から残り少ない牛乳のタンクを取り出しラッパ飲みしながら続けた。
「ング…ング…ぷはぁ。何でも中学生前後の女ばかりを週一で買って引き取ってたらしい。この時点で完全にアウトだけどよ」
僕は真顔になってジャックの報告を聞き入っていた。
ジャックは肩にタオルをかけてる以外全裸で牛乳を飲んでいるがそこに突っ込んでいる場合じゃない内容だ。
「今月はその「買い物」は無かったそうだ。どういう理由かは知らねーけどな。そこに来てオメーが持ち込んだ「ナイフ女」の騒動だ。何か関係ありそうに見えねーか?」
「怪しいのは間違いないね」
「まだ確証ねーがあの「先生」、調べる必要が出てきたぜ」
こんなに早く手がかりが掴めるなんて、ジャックには本当に驚かされる。事件の犯人じゃないかもしれないけどとんでもない犯罪の情報を仕入れて来た。
「おめーはどうだ?学校の方はなにか聞けたか?」
牛乳を傍に起き、ようやく着替え始めながらジャックが僕に問いかけた。
「聞けてこれたけどジャック程の重大性は無いよ」
僕はジェニファー達に聞いた話を伝えた。
「おいおいそいつは俺が聞いてきた話と辻褄が合うんじゃねーか?」
「話してて僕も思った」
僕もジャックも表情が曇った。
妄想も甚だしいがいやな仮説が頭に浮かんだ。おそらくジャックも似たようなことを考えてるだろう。
先生は人身売買に手を出していた。理由は不明だが週一回のペースで中学生くらいの女の子を買っていた。それが今月に入って「買い物」が止まりジェニファーの学校で失踪事件が始まった。
それが「買うのを辞めて学校の女生徒を攫うようになった」としたら…?
「オープンカフェで会っていた怪しい人物」も人身売買を行うスジモノの人達という仮説も立ってしまう。
「もしもだ。ジェニファーの友達は先生が香水を変えたなんて言ってたんだよな?もし買っていた女たちを……その……どーにかしちまってその時付いた臭いを誤魔化すために香水を変えた……なんて事は……」
2人してお互い顔を見合せたまま黙り込んでしまった。
フィクションに出てくるような常識外れの化け物が現れる世の中だ。先生がその「化け物」に関わる悪事を働いているとしたら……
荒唐無稽に思われるだろうけど可能性として無視できなくなってしまう。
この数年、形は違えど本当に化け物絡みで想像したような酷い事件が起こっているからだ。
どうしよう…?
警察に報告してもくだらない妄想だと突っぱねられるだろうし(何より証拠も何もない)、学校も相応の対策は既に行っている筈だ。
かと言ってこのまま生徒の失踪が続くのを指をくわえて見てる場合でもない。
そうなると……
「俺たちで先生を直接調べるか」
「やっぱりそうなるよね」
僕は腹を決めた。ジャックもやる気になってニヤリと笑いながら空になった牛乳ボトルをゴミ箱に投げ捨て、いつものイカしたパンクロッカーな服装と革ジャケットに着替え始めた。
「そうと決まれば善は急げだ。先生の尾行と調査をするぜ。兄弟、おめーはその間学校に張り込んでジェニファー達を守ってく……おっ?」
ジャックが話している途中で僕のデバイスの着信音が鳴った。
ジェニファーからだ!
「Hello?」
「もしもしコーダ?大変なの!」
あれ?ジェニファーの声じゃない?この声は…
「君はジェニファーの友達の…」
「そうそう、昨日お話したロッテ」
「どうしたの?なんでジェニファーのデバイスに?」
不審に思っているとロッテは震え声で続けた。
「お願いすぐ来て!ジェニファーがいなくなった!」
「なんだって!?」
「学校でジェニファーのデバイスを見つけてて…学校にもハミルトンさんの家にも帰ってなくて…とにかくお願い!すぐに来て!」
「わかった!すぐ行く!」
僕は焦りつつ強くデバイスをタップして通話を切った。
「…何があった?」
怪訝な顔をして傍で通話する様子を見ていたジャックが問いかけた。
「大変だ、ジェニファーがいなくなった!」
「くそ!遅かったか!コーダ、直ぐに出発だ!学校に行きゃいいのか!?」
ジャックはバイクのキーを手に構えた。
「合ってる!いつでも行けるよ!」
そう言いながら僕は白い皮のライダースをハンガーから引っ付かみ、駆け出しながらジャックに続いて駐輪場に向かった。




