IGNITION
俺の名前はジャック。ケンカ好きな高校生の格闘家だ。人喰いの化け物や悪党が蔓延るこのご時世、そんな身近な脅威をぶちのめすのが俺の趣味だ。
故郷から遠く離れたここ、カリフォルニアでも学業とケンカに明け暮れてるが、ミョーなやつとルームシェアで暮らしてる。
コーダ・ハメット。
よいこで人懐っこい、不良の「ふ」の字も知らない様な気のいいやつなんだが、これがまぁ正義感が強すぎて勇敢というか無謀というか、ことある事に厄介事に巻き込まれてる。
この厄介事が曲者で、どー言うわけか化け物絡みの厄介事が多いんだ。
(俺がいなかったら3回は死んでただろうな)
でもまぁ、そんなアイツの度胸は俺は好きだし、俺も強えやつと戦いたいしで、アイツとつるんでると退屈しないのは面白い。
どうやら今日も「厄介事」を持ち込もうとしてるらしいが、さぁ今日はどんな話かな?
「ねぇ聞いた?路地裏の噂」
ガッコーのロッカーで荷物をまとめていたところ藪から棒に言われて俺はキョトンとした。
「いや、なんの事だ?」
「オリバーのバーガーショップの裏路地に出てくる青白いナイフ女の噂だよ。学校中その噂で持ち切りだよ?」
コーダは興奮気味だ。
サラリとしたライトブラウンのボブヘアー、女と見間違えそうなベイビーフェイス。トレードマークのライムグリーンのパーカーは今日もビビッドで見てると目がチカチカする。
コーダが話してるのは最近ハンバーガーショップの裏路地に現れるとか言うお化けの騒動だ。
先週から夜中に女のすすり泣きが誰もいない裏路地に響き渡るだの、青白い肌の痩せこけた女がいきなり金切り声を上げて手に持ったナイフで斬りかかってきたとか、おかしな噂だ。今週に入ってからも目撃情報が出てる。
そんなチャチなオカルトがあるものか。どうせ誰かがSNSでバズる為に流した悪い冗談だろう。
さもなきゃ悪党が悪いことしやすくするために流したデマか…
下らねー。この手の噂は十中八九歯ごたえのない三下が犯人だったパターンしか見たことない。
そう考えてつまらなそうにしている俺の心を知ってか知らずか、コーダはやけにワクワクしてる様子だ。
「こんな超常現象が身近に起きるなんてラッキーだよ。ジャックも調べに行こうよ」
「何がラッキーだなにが。おいキョーダイ。身の毛もよだつバケモノならぶっ飛ばしがいがあるけどよ、どーせくだらねーイタズラじゃねーか?」
ジト目で率直な感想をコーダに告げた。
しかしコーダの勢いは止まらない。
「それでも僕は調べるよ。オリバーもおばけ騒動のせいでお客が来ないって嘆いてるんだ。 それに、今週に入ってから本当に襲われて怪我人が出たって話だし」
目を輝かせて熱弁してる。口角泡を飛ばす勢いだ。
この様子だと俺が行くのを断ってもコイツは一人で行くだろう。やれやれ。
とはいえ、オリバーの店が幽霊のせいで困ってるのは知らなかった。それで店を閉めるとか言われたら俺も困る(あのハンバーガー美味いんだよな)
しかも実際の怪我人が出ただと?ますますコーダ一人で行かせるのが心配になってきた。
「OK、俺も行くよ。解決したらオリバーにスペシャルバーガーご馳走してもらってやる」
「そうこなくっちゃ」
俺はナイフ女の調査に同行することにした。
――――――――――――――――――――
その夜、俺はコーダと件のハンバーガーショップにいた。
俺たちはプロテクターを仕込んだ皮のライダース(俺は黒、コーダは眩しい純白だ)に身を包み、戦闘用グローブもはめてきた。
さっきも言ったように厄介事は化け物や悪党絡みが多く当然荒事も起きやすい。できる限りの用意は必要だ。
ここからなら何かあればすぐ気づけるし何よりケンカになった時に腹ぺこじゃ倒せる相手も倒せねぇ。そういうわけで張り込みがてらバーガーを食べているのだ。
煌びやかなバーガーショップのネオン看板。ドラマでよく見るテカテカの椅子や平たいテーブル。古ぼけたラジオが最新のEDMを流してる。客は俺たちふたりだけで少し寂しい。店主のオリバーのオヤジは心配そうにオープンキッチンでソワソワしている。
「よくそんなすごいもの食べれるね」
対面に座るコーダがナゲットを口に入れつつ引き気味に俺の食うハンバーガーを見て言った。
俺が食ってるのは特製レッドバーガーだ。
真っ赤なハバネロソースを使った激辛バーガーで、粗挽き黒胡椒を練りこんだハンバーグにザクザクのレタス。オニオンリングとトマトにパプリカも少々。
辛いものが苦手なコーダからすればこれを美味しく食べてる俺が信じられないという表情だ。
「へへ、この辛さが最高なんじゃねーか。一口いるか?」
「ううん、遠慮しとく」
苦笑いをしつつコーダはナゲットを口に放り込んだ。
口に付いたソースを拭いつつ窓の外に目をやった。乗ってきた俺のバイク(黒いCBR600RR)が佇んでいる。それ以外は何の変哲もない夜だ。
「こんな音も見かけもやかましい所に幽霊なんて出るのか?」
「ないとは言いきれないよ。賑やかな酒場でもフランシス・タバーンなんて怪奇現象が起こる酒場もあるし 」
「なるほど、実例があるのか。よく調べたな?」
「勿論!」
素直に感心した俺を見てコーダは得意げになったが、すぐに自信なさげに萎んだ。
「…なんて言ったけど、これだけ賑やかだと幽霊も逃げ出しそうだよ。だんだん自信なくなってきちゃった」
「何も無かったらそれに越したことはねーさ。今は様子見よーぜ」
呑気なこと言ってストローからコーラを吸い始めたその時だ。
外から金切り声と悲鳴が同時に響き渡った!
「!!今の!!」
「!どうやらマジで出たらしいな」
俺たちはガタリと立ち上がった。
コーダは目つきをキッと保っているが内心は怖いらしい。手が震えているのがわかる。
「ひぃ!で、出たのか!?」
「オリバー!俺たちに任せろ!」
「た、頼むぞ2人とも!」
悲鳴に怯えるオリバーを後に、俺たちは悲鳴の聞こえた裏路地へ駆け出した。
懐からバンダナスカーフを抜き取り顔に巻きつつ裏路地へ入ると目が眩んだ。
裏路地の対向方面から懐中電灯で照らされた。
(サツ(警察)か!?)
しかしすぐに違うと気づいた。サイレンもなければパトカーも警官もいない。
いるのは両腕がカマみたいなひょろデカイ「何か」と、それを対向方面から懐中電灯で照らす女だ。目が眩んだのはあの女の懐中電灯が原因だ。
黒髪ロングヘアの整った顔立ち。水色のシャツにプリーツスカート。年は中学生位の幼い印象の女が奥にいた。
逆光で見えにくいがここからわかるのは、女は酷く動揺しているように見えた。
恐怖だけじゃない。酷いショックを受けて悲しんでるようにも見えた。
「アン!!私よ!!ジェニファーよ!!」
ジェニファーと名乗っている女は「何か」に対して必死に叫びかけている。
しかし「何か」は聞く耳持たず女にじりよっていく。金切り声とも唸り声ともどちらとも取れない声を上げてゆっくりと女に詰め寄る……
「大変だ、助けないと!」
そう言い残して隣にいたコーダが駆け出していた。
「あっ!待てコーダ!……しょうがねーなぁ」
またあいつの悪い癖が出た。後先考えず正義感だけで無謀にも化け物に挑もうとする。
俺も後に続いた。
化け物が女目掛けて両腕のカマを振り上げて切りかかろうとしてる。
コーダは打ち捨ててあった鉄パイプを拾い上げて化け物と女の間に割って入る。
間一髪。振り下ろしてきた両腕のカマを鉄パイプで受け止めた。
「あ……あ……」
「逃げて!早く!」
しかし力負けしてそのまま地面に押し倒されてゆく。
「う……ぐぐ……」
抵抗してるが少しづつ鎌がコーダの首に近づいてゆく。さらに化け物は顔を近づけ唸る。女は後ろにへたりこんで口をパクパクさせている。
このままだとコーダが危ない。
「オラァ!!」
俺はすぐさま化け物目掛けて飛び回し膝蹴りをおみまいした。
手応えあり!鈍い音と共に化け物の頭が真横に倒れた。
そのまま押し倒されていたコーダの腕を掴んで引き上げる、
「ありがと、ジャック」
コーダは安堵の苦笑いを浮かべたが、俺は肝を冷やしていたのでプンスカ説教した。
「全く無茶しやがって大体オメーはいつもなー」
しかし説教するのも束の間。化け物は体勢を立て直してこちらにカマを構えて威嚇してきた。
「…コーダ。そいつ連れて逃げろ。あとは俺がやる」
「ジャック!?」
「アイツは俺のエモノだ」
身の毛もよだつ化け物に対して俺は鋭い笑みを浮かべて舌なめずりをした。
歯ごたえがありそうな化け物だ。しかし「ターボ」を吹かすまでもねーかな?先ずは生身のままでどこまでやれるかやってみるか。
気合いを込めて化け物に向き直る。
「さぁ来やがれ。俺が相手だ」
―――――――――――――――――――――
僕は後ずさりジャックの方を見つめた。
化け物は相変わらず両腕を振り上げて威嚇しているが、ジャックはヒタヒタと歩み寄り凶悪そうな笑みを浮かべた。金に染めたスパイクヘアーは暗がりでもいっそうギラギラ尖って見え、黒い皮のライダースを羽織っている上からでも筋肉に力を込めてるのがわかる。
戦いを前に気分が高揚しているんだ。
どうしようか?
このまま戦いの行く末を見届けたいし、ジャックが化け物をやっつけたら化け物を縄で縛って二次被害が出ないようにしなきゃいけない。
でもこの女の子を安全な場所まで逃がさなきゃ行けないし…
「お願いやめて!!」
突然女の子が僕にすがって叫んだ。
「やめてって、どういうこと?」
「私の友達なの!お願い、傷つけないで!」
友達?どういうことだ?
女の子の言葉に困惑している中、化け物が金切り声を上げてジャック目掛けてカマを振り下ろした。
しかしジャックはヒラリと躱して化け物の懐に入る。
「おせーよ」
そのままジャックは連打を叩き込んだ。
肘打ち、裏拳、フック、更にボディに膝蹴りを3連打。
化け物は怯みながらも両腕のカマを振り回して応戦する。
「おせーつってんだろ!」
振り切ったカマ腕を跳ね除けて真下からハイキックで顎をカチ上げた!
化け物はたたらを踏んで後退した。
「これで終わりだ!」
渾身の一撃をお見舞いしようと大きく前に踏み込んだその時だ。
「やめて!!」
僕の制止を振り払い女の子はジャックの後ろから飛びついた。
「おい!?何だよいきなり!?」
突然の事態にジャックも戸惑っている。そして頬を赤らめている。
「お願い!傷つけないで!!」
「んだと!?オメーを刺身にしようとしたやつだぞ!?何考えてんだ!」
ジャックは頬を赤らめながら女の子をほどこうともがく。そうしてるうちに化け物が体制を立て直してカマを振り上げた!!
「ジャック!危ない!!」
無我夢中だった。僕は化け物目掛けて全力疾走した。
そのままショルダータックルで化け物の鳩尾に飛び込んだ。
「コーダ!!」
僕は化け物と地面に倒れ込んだ。化け物が倒れてもがいている内にすぐ立ち上がり間合いをとる。
「やいこら!!いきなり何しやがる!!」
振り返るとジャックは解放されて女の子に怒鳴りつけていた。
「お願い!あれは私の友達なの!!傷つけないで!!」
「さっきからそればっかり!んな事言ってる場合か!今はあの化け物を止めるのが先だ!」
ジャックがぷんすか怒っているのに気を取られていたが、化け物に向き直ると丁度起き上がり僕目掛けてカマを振り下ろし始めていたのが見えた。しまった!!
「やべえ!!」
ジャックがダッシュで距離を詰めるが間に合わない。
僕の脳天目掛けて鎌が振り下ろされる。時間がゆっくり進んでいるように感じる。ああ、僕はこのまま真っ二つに切り裂かれるのか…
いやダメだ!!こんな所で死ぬ訳には行かない!!
「わあぁぁぁぁあ!!!」
刹那、僕は大声をあげて化け物に立ち向かった。
前足を斜め前に踏み込み、カマの振り下ろす軌道から身を外す。
そのまま片手で相手のカマ腕を導きながら、もう片手で化け物の胸に当ててバランスを崩す。相手の後ろ側面に入り、回転を加えながらカマの腕を天に上げるように導き、思いっきり投げ落とした!
「グエッ!!」
強烈なインパクト音が裏路地に響いた。
化け物は泡を吹いて地面に横たわって脈打つように痙攣している。
僕は一連の動きをスローモーションで覚えていた。一挙手一投足。何をどうやってこの状況になっているかを克明に覚えていた。しかし突然の出来事で頭が混乱している。滝のような汗をかき、手が……いや、全身が震えてゼーゼーと息を荒らげている。
「い……入身投げ……」
ジャックが仰天している。僕は力が抜けてその場にへたりこんでしまった。僕は、勝ったのか……?
「おい!大丈夫か!?」
「何とか……」
「ちくしょう、とうとうやったなコノヤロー!綺麗に極まったじゃねーか!」
僕を引き起こしながらジャックは嬉しそうにしている。
僕は生まれて初めて実戦で入身投げを成功させたのだ。しかも化け物相手に。小学校の頃から習い事で合気道を続けてきた甲斐があった……
もう一度やれと言われてできる自信はないけど。
「怪我はねーか?」
「ありがとう、僕は大丈夫。それよりも今のうちにあの化け物何とかしないと」
この数分が怒涛の展開だったのでまだ足が震えてるが少しづつ心が落ち着いてきた。
「そうだな。後は……」
ジャックは女の子の方を向いた。女の子は一連の状況を目の当たりにして引きつった顔で狼狽している。
「おい姉ちゃん、あんたの名前は?」
急に話しかけられて女の子はビクッとした。
「……ジェニファー」
女の子=ジェニファーは恐る恐る答えた。
「よし、ジェニファー。俺はジャック。こっちは相棒のコーダだ。アンタはさっきこの化け物を友達だとか言ってたな?俺にしがみついてまで止めようとして」
ジェニファーは無言で口をキュッと噛んでいたがジャックは続けた。
「どういうことか話してもらおーか?」
ジェニファーは黙ったまま頷いた。
――――――――――――――――――
俺(=ジャック)は化け物を縄で縛り上げていた。例え化け物でも命まで取る気はねぇ。また暴れたら困るから動けないようにだけしてるのだ。
「ちょっとやりすぎじゃない?」
化け物から取り上げたカマを脇に退けながらコーダは言った。
まるで糸巻き機のように縄でぐるぐる巻き、簀巻きというほうが正しい。
「やっぱやりすぎか?」
「もうそれくらいでいいでしょ」
コーダは目を細める。
「そうか。よし、これで話が聞けるな?」
傍で心配そうに立っていた女=ジェニファーに声をかけた。
「…………」
ジェニファーは黙り込んでいる。
「安心しろ。少なくとも俺たちは敵じゃねーよ。単なる喧嘩好きとそのルームメイトってだけだ。別にオメーをどーこーしようなんて思ってねー」
しかしジェニファーは怪訝な表情で俺を見つめている。
……警戒されても仕方ねーか。金のスパイクヘアーに黒の革ジャン、どー見ても輩の格好の男が化け物をボコボコにしてたんだ。そりゃ疑うよなぁ。(化け物倒したのはコーダだけど)
不本意だがコーダに頼むか。
「おいキョーダイ、悪いが話を聞いてやってくれねーか?」
「OK」
コーダは苦笑いしてる。こんにゃろ、多分俺に対して同じことを考えてたな?
不服そうにする俺を他所にコーダがジェニファーに問いかけた。
「さぁ聞かせて。なにか訳ありそうだけど、僕らで良ければ力になるよ」
コーダはつけてた覆面スカーフを外して言った。
「…………」
ジェニファーはまだ黙りこくっている。
「うーん困ったなぁ、僕でもダメみた…」
「あなた達、何者なの?」
ジェニファーが口を開いた。不安そうだが毅然とした態度を取っている。お?やっと話す気になったか?
「えーと、僕らは高校生で、こうして夜中に困ってる人を助けたり悪いやつを懲らしめて回ってるんだ。」
「……何それ?」
ジェニファーは余計に疑い始めた。
「正義のヒーローみたいなものだと思って」
おいおい正義のヒーローって……
コーダがこんな変な調子だからかジェニファーもはっきりものを言うようになってきた。
「そう…正義のヒーローなら、私の友達を離してくれる?」
俺たちは顔を見合せた。そういやさっきからジェニファーは、あの化け物を「友達」と言っていたが…
「悪いがそれはできねー。あんたの言う友達とやらは最近この辺りで人を襲ってるんだ。アンタも危うく活け造りにされるところだったんだぞ」
ナメられた気がしてムッとした俺はコーダに変わって話した。
「さっきも聞いたが、どーいう事情があるか聞かせてくれねーか?」
ジェニファーは困ったような不安なような表情で少し俯いたあと返答した。
「あなた達、強いの?」
「つえーぞ。俺も、こいつの投げも見ただろ?」
もう一度俯き、そして彼女は答えた。
「わかった。お願い、私たちを助けて」
予想外の謎の返答に俺たちはまたも顔を見合せた。




