84話 理不尽。
84話 理不尽。
ユズの母親は、あろうことか、この期に及んで『不当逮捕だ何だ』と、ごちゃごちゃ文句を抜かして暴れたので、職員は、センの命令通り、『現場で執行された暴力的制圧の全責任はセンエースにある』という契約のもと、彼女の腹部に思いっきり蹴りをぶちこんだ。
「うげぇあああああああああ!!」
その後、もちろん、彼女は『違法暴力で訴える』などと喚いていたが、
「お前は、娘が泣いた時、何度も殴ったり蹴ったりしただろう。赤子は契約できないし、意思表示もできない。だから国家が代理する。お前に痛みを与えるのは国家の義務だ」
「うっせぇ、ぼけぇ! 屁理屈にもなってねぇんだよ、カス! 絶対に訴えるからなぁあ!」
「好きにしてくれ。間違いなく握りつぶされるだろうが」
「あぁ?!」
「被害届は形式不備で差し戻し、仮に通っても証拠不十分で不起訴となるように手筈は整っている。お前が、我々に対して嫌がらせするため、自分自身の腹部を殴りつけたという目撃証言を、数十人規模で用意することも可能。医者の診断書も自由自在。……意味わかるか? この世界のシステム全体が、『貴様を絶対に許さない』と言っているんだ」
「……っ」
「上からのメッセージをそのまま伝える。――理不尽に虐げられる弱者の気持ちを思い知れ。反省はしなくていい。謝罪の言葉も必要ない。何を口にしようと所詮は獣の戯言。俺の心には響かない。……以上だ」
★
父親もまた、
監護義務違反および不適切養育の疑いで捜査対象となる。
「金は十分に払った!! 毎月200万だぞ! てめぇの安月給の何倍だ?! 私は、そこらの出来のわるいリーマンなんかよりも、よっぽど男の責任を果たしている! 何が問題だという! 俺のなにが法に触れる!!」
「扶養義務を果たしている、という主張か」
ISA職員は淡々と書類をめくる。
「確かに、金銭的扶養については履行されている」
「なら問題ないだろう!! 世の中、それが全てだろうが!! むしろ、安月給の雑魚どもを捕まえて罰をあたえろ!! あいつらの方がよっぽど怠慢で罪深いだろうがぁ! 俺がいくら納税している?! 俺がいくら、あの女とガキに金を使った?! ちょっとは考えて口を開けド貧乏人がぁああ!」
「だが君は知っていた」
机の上に、調査資料が並べられる。
母親の生活記録。
夜遊びの頻度。
ヘルパーの勤務ログ。
長時間の放置記録。
「この監護環境を、君は、間違いなく認知していた。裁判で証拠として認められる記録がいくつか残っているよ。ウチの調査を舐めない方がいい。調査力もそうだが、執念も常軌を逸している。病的といってもいいほど、徹底的に調べ上げるからね」
父親の顔がわずかに歪む。
「実の娘の散々な育児環境を知りながら是正しなかった以上、保護責任の放棄と見なす余地は十分にある」
「よ、余地だろぉお! つまり明確な違法じゃないんだろうが!!」
「そうかもしれない。この辺の法律は基準が曖昧だからな……」
ISA職員は肩をすくめた。
「通常の司法手続きでは立件が難しい可能性が非常に高い。毎月200万の養育費が極めて大金なのも事実だしな」
「なら話は終わりだろう!! だいたい、あの女は、コンドームに穴をあけていやがったんだぞ! こっちはキッチリと節度をもって綺麗に遊んでいたのに、あのメギツネにいっぱいくわされて――」
「だが」
ISA職員は静かに続けた。
「貴様の感想に興味はない。法に触れていようがなかろうが、救世主が望む以上、貴様は身柄を拘束されて罰を受ける」
「きゅ、救世主?」
「貴様が気にする必要はない」
「は、話にならん! ……おい、うちの顧問弁護士はまだ来ないのか!」
「呼んでいないから来るわけがない」
「はぁ?! おい、いい加減にしろ! 基本的な人権ぐらいは守ったらどうだ!!」
「愚者に人権は不要。クズはただ、罰を受ける。それだけだ」
「お、横暴すぎる!! いくらなんでも!!」
ISA職員は軽く笑った。
「そうだとも。極めて横暴だ。理不尽で……不合理極まりない」
「こんなまねして、恥ずかしくないのか!!」
「君の娘は、君に対して同じことを思うだろうね」
★
一方その頃、葛葉柚子は、
ISAの保護医療室で眠っていた。
センは、穏やかに眠っている彼女の様子をモニターで監視しながら、
「別にこれで、これから先、『理想の人生になる』ってわけじゃねぇ。『世界を恨みたくなる理不尽』なんか、どこにでも転がっている。……もし、またどこかで腐って、ゴミみたいな怪物になったら……その時は躊躇なく殺してやるからな。覚悟しておけ」
ボソっと、そんなことをつぶやいた。




