83話 ネグレクト。
83話 ネグレクト。
センは『未来知識』&『ISAを巧みに扱う行動力』で世界を丁寧に救いつつ、
裏ではユズの面倒事を処理していた。
世界規模の災害や国際事件と向き合う一方で、
センはISAの内部回線を使い、ひとつの個人ファイルを呼び出す。
――葛葉柚子。
モニターに並んでいるのは、家庭環境の調査記録。
ネグレクト。
養育放棄。
金銭目的の監護。
複数の暴力記録。
そして、
父親側の冷淡な対応履歴。
センは数秒ほど、そのデータを眺めていた。
「……これだけ丁寧なクズでいられたら、人生、色々と楽でいいだろうな。ある意味でうらやましい。……親になるのに『資格』は不要だが、『覚悟』は必要だと、改めて理解できる素晴らしい反面教師だぜ」
世界を安定させるために必要な未来予測ログが並ぶモニターの隣で、
センは静かに呟いた。
「カルゲ」
「なんだ?」
センは小さな体をよじらせ、椅子に深く座り直すと、
「災害、金融危機、資源戦争……この世界が被るはずだった『でかい損害』の大半を消してやる。だから、対価をよこせ」
「……もちろんだ。それで、なにをのぞむ? 好きなだけ望みを言うがいい、『世界の救世主』よ。金でも地位でも好きなだけ用意しよう」
そこで、センは画面を切り替える。
そこには別の統計が表示されていた。
――虐待通告。
年間20万件。
――実際の虐待推定数。
その数倍、あるいは数十倍。
――児童相談所。
慢性的な人員不足、箱不足。
――保護施設。
慢性的な満床、法整備の不備も散見。
――里親制度。
慢性的な不足。
――予算。
慢性的な後回し。
現状の世界が抱えている不備を提示してから、センは言う。
「俺のワガママを全て叶えろ。……『部分的に』とか、『特定の範囲内で』とか、『出来る限り』とかじゃない。……『全て』だ」
★
センの望み通り、ISAは動いた。
まず行われたのはユズの家庭環境の再調査。
結果は、事前調査よりもさらに悲惨なものだった。
住居は都心の高級マンション。
実の父親から毎月200万円以上の養育費が振り込まれていた。
ガワだけ見れば、理想的な環境。
だが、ユズの扱いは、飽きたペット以下だった。
粉ミルクは切れたまま。
ベビーケアの業務ログには、数時間単位の空白が並んでいる。
ユズの母親は、子供の世話をほとんどしていない。
乳児の世話はヘルパーに丸投げ。
だが、そのヘルパーも格安の派遣業者。
担当は日替わりで、引き継ぎもろくに行われていない。
十分な金はあるくせに、
育児に使う金だけは徹底してケチっていた。
『死ななければそれでいい』というストロングスタイル。
母親が夜遊びに出る日は、
一歳児が数時間、ひどい日は一晩放置されることもあった。
文句なしのネグレクト。
完璧な養育放棄。
――母親は即時拘束された。




