99話 助けてやったぞ、ざまぁみろ。
99話 助けてやったぞ、ざまぁみろ。
さらに歩くと、通りの端で子供が泣いていた。
声はか細く、しかし途切れることなく続いている。
人混みに飲まれて、親とはぐれたのだろう。
周囲の大人たちは、ちらりと見るだけで通り過ぎていく。
誰も足を止めない。
センは一度だけ立ち止まり、
泣き続けるその頭を、『うるせぇ!』と怒鳴りながら、軽快にシバきあげる。
パシィン!
と景気のいい音が周囲に響き渡る。
いきなり殴られて、子供もびっくりしたのか、
ピタっと泣き止み、『イカれたやつ』を見る目でセンを凝視した。
その一瞬の静止を利用して、センは視線だけで周囲を走査する。
数十メートル先、人ごみをかき分けるように進んでいる女を見つけた。
焦りの色が濃く、明らかに何かを探している。
それを確認したセンは、
ガキの首根っこを掴み上げ、自分の頭より高く掲げた上で、
「わっ!!」
と、急に、だいぶ大きな声を出した。
空気を震わせるほどの声量に、周囲の人間だけではなく、数十メートル先にいる女も反応する。
視線が一斉に集まり、その中心にいる子供の顔を認識した瞬間、女は弾かれたように駆け出した。
それを確認してから、センはガキを適当に放り投げ、
そのままあくびをしながら歩きだした。
背後で、抱きしめられた子供が再び泣き出しているが、
そんなことは知ったことじゃないといった顔で、うーんと、大きく伸びをした。
そのままダラダラと散歩をつづけるセン。
人の波の中を、淡々と。
――そして。
不意に、足が止まる。
ほんの数メートル先。
人の流れの隙間で、ひとりの少女が立っていた。
でかい買い物カゴを手に、体を少し傾けながら、一歩一歩を確かめるように歩いている。
彼女が視界に入った瞬間、
その存在だけが、周囲から切り離されたように浮かび上がった。
――ユズ。
葛葉柚子の転生体。
かつて、救えなかったガキ。
それ以降、ずっとずっと、センの脳裏で『たすけて』と叫び続けたクソガキ中のクソガキ。
センは、数秒だけ、その姿を見つめた。
人の流れがその前を横切っても、視界から外れることはなかった。
「……」
黙ったまま近づいていって、
『手を伸ばすと届く距離』までくると、
「おいおい、ユズさんよぉ……お前、結局、転生するんかい。前世の環境がだいぶ変わったから、死因はさすがに変わっているだろうが……俺や母さんと同じで、死の運命からは逃れられないってことなのかねぇ……」
少女は、きょとんとした顔でこちらを見上げた。
状況が理解できていない、まっさらな反応。
「おにいちゃん、だれ?」
センは、肩をすくめて、
「知らんよ。誰だよ、俺。いまんとこ、『かなり痛い不審者』っていう客観的事実しか見受けられねぇ」
ユズは一歩、後ずさる。
警戒の色が、はっきりと浮かぶ。
その反応を見て、センは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
『……せんおにいちゃん、たすけて……』
彼女の声を思い出す。
もう聞こえなくなって久しいけれど、
今でも、思い出そうと思えば、思い出せなくもない。
センは、そのまま、口元を緩めた。
ニッ、と。
やけに明るく、場違いなほどに、
太陽みたいな笑みを作ってみせる。
「……ちゃんと助けてやったんだから、二度と逆恨みして呪ってくんなよ。お前の呪い、マジでしんどかったからな。流石、第一アルファ人の上位個体は格が違った」
ユズは眉をひそめて、
「……おにいちゃん、頭だいじょうぶ?」
「大丈夫なわけねぇだろ。ちょっとでもまともだったら、『おかわりの2垓年をやろう』だなんて思わねぇよ」
軽口のまま、本音を言い切る。
その言葉の奥にある本当の重さを、
目の前の少女が理解する日は来るのだろうか。
「……ふっ」
センは、一度、己の愚行を鼻で笑ってから、
それ以上何も言わず、スイと視線を外した。
そして、そのまま歩きだす。
人の流れが、再び二人の間に入り込んだ。
次の瞬間には、もう、二人は、
ただの通行人同士に戻っていた。




