98話 街。
98話 街。
センがおもむいた街。
ここは、本来の正史における『最初にバグが牙を剥いた場所』だった。
逃げ遅れた者、守れなかった者、何が起きたのか理解できないまま消えていった者。
名前を覚えている者もいる。
覚えていない者もいる。
その断片は、センの記憶の底で、どれも同じ重さで沈んでいる。
だが、今、ここにあるのは――
昼下がりの喧騒。
屋台からは香ばしい匂いが漂い、油の弾ける音が軽やかに響く。
子供たちが笑いながら走り回り、ぶつかりそうになっては互いに笑い合う。
商人が声を張り上げ、客が値切り、やり取りの合間に笑い声が弾ける。
近くのカフェでは、コーヒーブレイクを楽しんでいる夫人たち。
みんな当たり前みたいに、今を生きている。
誰も死んでいない。
「……人がゴミのようだ」
などと、のたまいつつ、センは、人混みに紛れるように歩き出した。
視線は特に動かさない。
ただ流れに乗るように、自然に、無関心を装って。
だが、その足取りの裏では、呼吸の間合いひとつ乱さず、常に周囲のすべてを把握している。
視界の端で、ゴロツキが通行人の肩を強く押した。
押された男の体がよろめき、空気が一瞬だけ軋む。
暴行、カツアゲに発展しそうな、独特の間がたゆたう。
その瞬間、センの体がわずかにブレた。
次の瞬間、ゴロツキは地面に転がっていた。
何が起きたのか理解できない顔で、真っ赤に腫れた頬を押さえ、低く呻いている。
センは、
「やべ……めちゃくちゃ力加減をミスった。気絶させるだけのつもりだったんだが、ありゃ、しばらくダメージが残るな。んー……まあいいか。反省してまーす」
などと供述しつつ、何事もなかったかのように歩き続ける。
普段ならしないようなミスも、高揚している時には、つい出てしまうもの。
そんな折、視線の先で、ひったくり犯が走り出した。
女性の悲鳴が上がり、周囲の視線が一斉にそちらへ向く。
センはすれ違いざまに、
「ひゃっはー! 汚物は消毒だぁ!」
ひったくり犯の足を蹴り飛ばした。
ひったくり犯は派手に三回転し、勢いそのままに顔面から石畳へ叩きつけられる。
鈍い音が響き、奪われた荷物が弾かれるように転がり、元の持ち主の足元に戻った。
ぴくぴくと痙攣しているひったくり犯の頭を踏みつけながら、センは、
「俺は、体は悪魔になった。だが、人間の心をうしなわなかった! 貴様は人間の体を持ちながら、悪魔に! 悪魔になったんだぞ!」
などと、テキトーな事を口にする。
近くで一部始終を見ていたモブのオッサンが、顔を引きつらせながら、
「ぃ、いや……さすがにやりすぎじゃないか? し、死んでるんじゃ……」
「ひったくり犯は死にはしないよ。命そのものだから。生と死と2つとも持っているもの。……私に生きろと言ってくれた」
「はぁ?」
疑問符を浮かべているモブを背にして、
センは、また、だらだらと散策の続きにうつる。




