第13話 初めてのランチ
ミーナとリリィ、そしてエリスに連れられて、俺は学園の食堂へと足を踏み入れた。
中に入ると、そこはとても開放的な空間が広がっていた。
天井が高く、一面のガラス窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
テラス席まで完備されていて雰囲気としては「お洒落なオープンカフェ」といった感じだ。
エプロン姿の店員が忙しなく動き回っている様子は、学校の食堂というより繁盛している街の飲食店みたいだ。
そこら中で生徒たちが談笑していてガヤガヤとした熱気に満ちている。
「すごい人……ですわね……」
「これがランチ戦争だよ!負けてられない!」
「ひぅ……」
鼻息を荒くするミーナとは対照的に、リリィは人混みに怯えて俺の腕にしがみついてくる。
俺だってこの熱気には少し圧倒されている。
漂ってくる匂いは本物だ。香ばしい肉の焼ける匂い、焼きたてのパンの芳香……。
俺の胃袋が、ギュルルと悲鳴を上げた。
「まずは席を確保しましょうよ♪」
「あ!あそこが空いてるよ!」
ミーナが指差したテラス席に近いテーブルを俺たちは確保する。
テーブルにはメニュー表が置かれていた。
周りを見るとさっきの店員たちが注文を取っているのが見える。
どうやら食券を買って並ぶのではなく席で注文するスタイルのようだ。
やっぱり完全にレストランのシステムじゃないか。
まあ、貴族の生徒にお盆を持たせて並ばせるわけにはいかないか。
さて、異世界転生して初めての食事だ。
どんな料理があるんだろう。
やはりファンタジーっぽい、見たこともないような料理が並んでいるのだろうか。
期待に胸を膨らませて俺はメニューの一番上を見た。
『厚切りオークロースのソテー』
「……えっ?」
俺は思わず声を漏らし、メニューを二度見してしまった。
見間違いか?いや、確かに「オーク」と書いてある。
オークって、あのオークだよな?
ゲームやアニメに出てくる豚の顔をしたやつ。
あれを……食うのか?
恐る恐る他のメニューにも目を走らせる。
『コカトリスの唐揚げ』
『クラーケンのゲソ焼き』
『マンドラゴラと薬草のサラダ』
……まじかよ。
ゲテモノ尽くしじゃないか……
俺がドン引きしていると、エリスがニヤニヤしながら声をかけてくる。
「おやぁ?どうしましたセレスティアさん♪
なににするか、そんなに悩んでるんですか?」
「え、えぇ……たくさんあるので迷ってしまいまして」
「へぇ~道に迷ったり、メニューに迷ったり、大変ですねぇ~♪」
こいつ、わかってて煽ってきてるな。
何も言い返せないのが悔しい……
「あ!見て見て!今日の日替わり、オーク肉だって!やったー!」
そんな俺をよそに、ミーナが歓声を上げた。
その瞳はキラキラと輝いている。
「脂が乗っててすっごくジューシーで美味しいんだよねぇ~!村だと滅多に食べられないごちそうなんだよねぇ」
「お、美味しいんですの……?あれが……?」
「あれ?
セレスティアちゃん食べたことないの?
噛むと肉汁がジュワ~って溢れてくるんだぁ」
ミーナがうっとりと目を細めて力説する。
嘘だろ……あのゴツイ魔物が、そんな美味そうな食レポをされるなんて。
俺としてはどうしても「人型の魔物」を食べることに抵抗がある。
衛生面とか大丈夫なのか?いやそれ以前に倫理観が……
「あ、あの……私は……こちらの薬草サラダとパンにします……。あんまり、お腹が空いてなくて……」
リリィは申し訳なさそうに一番無難で軽いメニューを選んだようだ。
確かにリリィは小食そうだし、この人混みで緊張しているのかもしれない。
サラダとパンか……その選択肢があったか。
俺もそうすべきだろうか。
これならそんな抵抗感もないしな。
悪役令嬢として、優雅にサラダをつつくのが正解な気がする。
「私は『天使のふわふわオムレツ』にしましょうかねぇ♪」
エリスは相変わらずマイペースに、いかにも女子受けしそうなメニューを選んでいる。
……というかオムレツあるのかよ。
女神パワーでメニュー改変してないだろうな。
これも変な材料使ってるのか?
「セレスティアちゃんは何にする?」
ミーナに問われ、俺は再びメニュー表と向き合った。
理性は叫んでいる。「パンとサラダにしておけ」と。魔物を食うなんてありえないと。
その時だった。
「お待たせしましたー!オークソテー特盛です!」
元気な店員さんの声と共に、熱々の鉄板を乗せたトレイが俺たちの横を通り過ぎていった。
ジュワワ~ッという心地よい音。
そして、そこから漂う暴力的なまでに食欲をそそる香り。
これは……焦がした特製ソースと食欲を刺激するスパイスの香りだ。
空腹の男(中身)にとって最も抗いがたい魔性の香り。
(くそっ……身体がカロリーを求めてしまう……!)
背に腹は代えられない。
それにここは異世界だ。
郷に入っては郷に従えと言うしな。
俺は覚悟を決めた。
「……わたくしは」
俺は震える指で、そのメニューを指差した。
「この、『厚切りオークロースのソテー』にしますわ!」
「ふふっ♪結構ワイルドなんですね、セレスティアさん♪」
「うるさいですわ」
エリスがからかってくるが気にしない。
実際どんな味なのか気になる。
「私もそれにしよ!みんな決まったし店員さん呼ぼうか!」
とミーナが店員を呼び、それぞれ注文する。
注文を受けた店員さんが「かしこまりました!」と厨房の方へ戻っていく。
ふぅ、言ってしまった。頼んでしまった。
もう後戻りはできない。あとは覚悟を決めて食うだけだ。
俺は一息ついて、ふと重大な事実に気がついた。
(……あれ?そういえば支払いってどうするんだ?)
そうだ、この世界のお金のことなんて何も知らない。
財布とかあるのか?
女物の制服なんて着たことないしポケットがどこについてるのかもわからん……
財布やお金を探して身体中触ってみるがそれらしい感触はない。
鞄とかもないし……
(や、やばい……無銭飲食になってしまう……!)
血の気が引いていくのがわかった。
食い逃げだ……!
魔物の肉を注文して食い逃げ……!
まさか転生早々退学か……?
「あらあら?どうしましたセレスティアさん♪そんなに慌てて♪顔色が悪いですよ?」
「た、体調悪いんですか……」
「大変!セレスティアちゃん大丈夫?」
隣でエリスが面白がるような顔で覗き込んでくる。
リリィやミーナは心配してくれているというのに。
こいつ、気づいてやがるな。
「いえ、大丈夫ですわふたりとも。ご心配なさらず」
「よかったです……」
「体調悪かったら言ってね!私の魔法で癒してあげるから!」
「えぇ、ありがとうございます」
とりあえずリリィやミーナを安心させる。
「そういえばリリィちゃんって何属性なの?」
「えっと……私は……」
ふたりが会話で盛り上がっている。
今がチャンスだ!
俺はエリスに小声で声をかける。
(エリス……お金がないですわ……)
(おや、それは大変ですねぇ♪ここは食後にはお支払いが必要ですよ?)
(ど、どうしましょう……)
(仕方ないですねぇ)
エリスはニマリと口角を上げ、どこからともなく革袋を取り出しテーブルの下でふたりにバレないように見せてくる。
ジャラッ、と硬貨の擦れる音がする。
(私が立て替えておいてあげますよ♪感謝してくださいね?リリィさんに情けない姿、見せたくないですもんね♪)
(うぅ……助かりますわ……)
(あくまで『貸し』ですからね?あとで何倍にして返してもらうか……ふふふ、楽しみです♪)
女神の笑顔が、悪魔のように見えた。
こいつケチくせぇ!人のこと転生させておいて借金背負わせてきたぞ!
しかしそんなことを言ってる場合じゃない。
今は素直にエリスの力を借りよう……




