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7話 入学という名の開幕 その1

 四月十一日、入学式が始まった。


 新入生たちが身に纏《まと》っているのは、青と黒を基調とした軍服調の制服。

 一見すると学校の制服とは思えないが、これこそが私立明星学園の象徴である。


 この独特なデザインの理由は、理事長朔夜千歳。彼女が原因だ。

 朔夜家は代々、強力な能力者を輩出してきた名家であり、その全員が軍人として生きてきた家系である。

 そして、現日本国防衛軍総司令官《げんにほんこくぼえいぐんそうしせいかん》は朔夜千歳の父親。


 そんな環境で育った彼女にとって、軍服は日常であり、正装《せいそう》でもあった。

 その結果、学園の制服も自然と軍服調になる。


 黒神透も、その制服に袖《そで》を通していた。

 もっとも、彼にとって軍服は着慣れた服であり、入学式だというのにすでに着崩れている。

 周囲の新入生が妙に緊張しているのとは対照的だった。


 入学式の流れなど、どこの学校でも大差はない。

 新入生が順番に入場し、教員や保護者、来賓の拍手に迎えられる。

 点呼、来賓祝辞《らいしんしゅくじ》、祝電披露《しゅくでんひろう》、そして理事長の長い話。


 透にとって今日の役目は、順番通りに入場し、名前を呼ばれたら返事をすることだけだった。

 実際、点呼は早々に終わる。

 緊張の糸が切れたのか、透は椅子に座ったまま、うとうとと浅い眠りに落ちてしまった。


「続きまして、生徒会長からの歓迎の言葉」


 司会の声に反応し、生徒会長の名が呼ばれる。

 七瀬涼菜。

 その名前が聞こえた瞬間、浅い眠りに落ちていた透の意識が一瞬だけ浮上した。


「えー、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます」


 壇上に立つ涼菜は、落ち着いた声で祝辞を述べ始める。

 だが透は、その内容にほとんど興味を示さず、再び意識を手放した。


「続きまして、新入生代表挨拶および、入学証書授与」


(……んあ?)


 再び司会の声が耳に入り、透は中途半端に目を覚ます。


(筆記試験一位、実技試験二位……総合一位、だったか)


 どんな人物なのかと、ほんの少しだけ興味を持った。


(どうせ、この学園に来るようなヤツだ。エリート気取りで、傲慢《ごうまん》で、いかにも強そうな――そんな感じだろ)


 だが、その予想は見事に裏切られる。

 壇上に現れたのは、小柄な少女だった。

 人形のように整った顔立ち。

 銀色のハーフアップの髪が揺れ、瞳は氷のような蒼玉《サファイア》色。


 その姿は、会場の視線を一瞬で奪《うば》った。


 少女は上級生や教員たちに軽く一礼し、淡々と、しかし淀みなく言葉を紡ぐ。

 学園に入学できた喜び。

 これから学びたいこと。

 すべてが模範的で、機械的とも言える内容だった。


「……新入生代表、白神《しらかみ》アリス」


 そう名乗り、入学証書を受け取る。

 頭を下げるその仕草ですら、どこか完成されていた。


「以上をもちまして、入学式を閉会といたします。新入生の皆さんはご起立のうえ、指定されたクラスへ移動してください」


 司会の言葉とともに、会場はざわめき始める。


*****


「ふわぁあ……」


 長かった入学式がようやく終わり、透は大きな欠伸を噛み殺しながら、少しふらついた足取りで教室へ向かっていく。

 その途中で、ふと脳裏に浮かんだのは、壇上に立っていた少女の姿だった。


(白神……か)


 その姓に、嫌でも引っかかるものがある。


 白神家。

 昔、軍で聞いたことがある名前だ。


 AI兵器で名を上げた財閥。

 霊獣が現れてから没落。

 そして――戦争の終わり頃、一族皆殺し。


(……生き残りがいたって話、あったか?)


 どう見ても、日本人離れした見た目。

 銀色の髪に蒼い瞳。流麗な所作。

 入学式で見た記憶を思い出す。


(もし本当に、あの白神の血筋だとしたら……皮肉な話だ)


 霊獣との戦争が終わったあとになって、ようやく強力な能力者が現れるとは。

 ニュースに興味のない透でも、その一族の末路くらいは知っている。


 やがて、廊下の壁に貼り出されたクラス分けの紙の前で足を止めた。


(一年A組……。まあ、そうなるか。実技一位に、あの再試験だ)


 妥当すぎて、文句のつけようもない。

 自分の名前を見つけ、ふっと鼻で笑う。


(さて……)


 これ以上考えても仕方なかった。

 透は思考を切り上げ、そのまま教室へと足を向ける。


 成績順にAからEまで振り分けられる仕組みだ。


 透が指定された一年Aクラスの教室に足を踏み入れた瞬間、見覚えのある顔が目に入る。


(……やっぱりいたか)


「よう、透!」


 先に気づいたのは向こうだった。

 明るい茶髪で、透よりわずかに背の高い少年が、いかにも楽しそうに手を振っている。


「はぁ……やっぱりここかよ。しかも同じクラスって、どうにかならなかったのか亮太」


「いきなりそれかよ。俺も静さんに勧められて受けただけだっての。ま、他にも理由はあるけどな」


 鬼龍院(きりゅういん)亮太《りょうた》。

 透と同じく軍に所属する同僚《どうりょう》で、同い年の特殊従事軍人――だが、今の彼からはそんな肩書きは微塵《みじん》も感じられない。


 透は亮太の後ろの席に腰を下ろすと、背もたれ越しに声をかける。


「てかお前、入学式どこ座ってたんだよ。隣にいねぇし」


「適当に流れで座った。眠すぎて、自分の名前呼ばれた時に返事するので精一杯だった」


「相変わらず雑だなお前」


 そんな他愛もないやり取りをしていると、教室の扉が開いた。

 空気が、わずかに変わる。


(……アイツ)


 入ってきたのは、入学式で新入生代表を務めていた少女――白神アリスだった。

 その姿は、否応なく視線を集める。


「近くで見るとマジで可愛いな」


「俺、告白しようかな」


「やめとけ。即フラれて終わりだろ」


 男子のひそひそ声が一斉に立つが、当の本人は気にする様子もない。


「ヤバ……お人形さんみたい」


「私、連れて帰っちゃおうかな」


 色めき立っているのは男子だけではなかった。

 女子たちの視線もまた、好奇心と欲望を隠そうともせず、彼女へと注がれてる。

 アリスは静かに空いていた席――透の斜め後ろに、ちょこんと腰を下ろした。


「なあ、やばくね? 三年間、同じクラスだぞ」


「興味ない」


 透は即答する。


 亮太が明らかに浮き足立っている一方で、透の温度は驚くほど低い。

 同じ制服を着て同じ教室にいても、二人の空気は噛み合っていなかった。

 

 すると、教室の扉が開き、メガネを掛けた二十代後半ほどの男性が入ってくる。


「遅れて申し訳ありません」


 男は一礼し、淡々と名乗る。

 整った身なりに、感情を押し殺したような視線。教師というより、機械が一番近かった。


「私はこのクラスの担任となりました、藤林(ふじばやし)亜刀《あとう》と申します」


 教壇に立つ男の声には、抑揚《よくよう》らしい抑揚がなかった。

 淡々と、事実だけを伝えるような発声。

 まるで感情という要素が最初から計算に含まれていないかのようだった。


 瞬きの間隔《かんかく》すら一定で、視線は教室全体を正確になぞる。

 威圧《いあつ》しているわけではない。それでも、ざわめきは自然と消えていった。


 彼は一拍置き、次の指示を出す。


「では皆さんの自己紹介をお願いします」


 そうして自己紹介が始まった。


 しかし相変わらず透は、クラスメイトたちの自己紹介を真面目に聞くことはなく、眠たそうに視線を宙に泳がせる。


「そちらの君、寝てないで起きてください」


 不意に声を掛けられ、透は少し遅れて眠そうという態度を前面に出して顔を上げた。


「ああ、俺ですか。すみません」


 眠気まなこで、周囲を見渡す慌てる様子もなく立ち上がる。そして最低限の言葉だけで、名乗った。


「自分の名前は黒神透です。趣味は雑誌読みです。三年間、よろしくお願いします」


「では、次の人」


 藤林はそれ以上突っ込むこともなく、透の斜め後ろの席を指差した。


「はい」


 すっと立ち上がったのは、白神アリス。


「私は白神アリスです。趣味は……様々な本を読むことです。よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。では次」


 淡々としたやり取りだったはずなのに、なぜか透は視線を感じた。

 自分の自己紹介が終わってからも、アリスがこちらを見ている気がする。


(……気のせいか?)


 そう思い直し、特に気に留めることはしなかった。

 やがてクラス全員の自己紹介が終わる。


「今日は顔合わせだけですので、これで終わりです」


 藤林はクラスメイトたちに視線を彷徨わせて後続けて、


「二年生と三年生はまだ春休みですので、昼間は部活動をやっております。一週間程は校庭とか体育館でデモンストレーションとか勧誘《かんゆう》をしているので一度ご覧ください」


 淡々と、機械音声のように連絡事項を口にした。

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