28話 五日目 その2
『シューティング・ソニック』決勝会場。
先ほどとは打って変わって、透は集中していた。
昨日のタイムアウト決着は、彼のプライドを確かに傷つけていたからだ。
透はちらりと視線を向ける。
相手は――雨野雄輔。
昨日、タイムアウト決着となった相手だ。
『シュリンク・サバイバル』では、氷柱をミサイルのように撃ち出し、氷の騎士団を生成し、さらには剣や盾を作り出して近接戦までこなす。
多彩な戦術を持つ厄介な相手だった。
今回の決勝はスコアタイム競技。
時間制限はない。すべての標的を、より速く撃ち落とした者の勝利だ。
「黒神さん。決着をつけましょう」
雨野が歩み寄り、静かに告げる。
「ああ。今度こそ、どっちが上か証明してやる」
透は闘志を隠さず応じた。
透は二丁のハンドガン型人工心器。
雨野はライフル型の人工心器。
二人は指定位置につき、静かに構える。
数秒の沈黙――
……合図が鳴った。
乾いた電子音。
次の瞬間、射出機が唸りを上げ、無数のクレーが三次元的に空へと放たれる。
上下左右、奥行きすら定まらない軌道。
予選よりも不規則で、速度も速い。
(……ッ!?)
透はわずかに眉を上げる。
だが次の瞬間には、右手の引き金を引いていた。
空中に雷球が生成される。
球体を中心に、放射状の雷が弾けた。
クレーは一瞬で粉砕される。
それを確認した射出機が、第二射を放つ。
今度は左手の引き金。
闇が広がり、クレーを破壊しようと蠢く。
しかし第二射のクレーはさらに不規則かつ速い。
触手が全てのクレーを破壊するのに、透の予測よりわずかに遅れが生じた。
「……チッ!」
――その間にも。
雨野は一切無駄のない動きで引き金を引いていた。
放たれた氷弾は空中で分裂し、軌道を先回りするようにクレーを撃ち抜いていく。
一発も無駄にせず、正確無比に。
(……速いな)
透がそう評価した瞬間、第三射が放たれる。
透は先程のタイムロスを帳消しするべく、連射。
いくつもの雷球、いくつものスライムが生成され、クレーを破壊し尽くした。
透は息を切らす。
集中しすぎて、呼吸すら忘れていたのだ。
ようやく息を整えると、会場は大歓声に包まれていた。
どうやら、記録が更新されたらしい。
透はちらりと電子板に目をやる。
「なっ……!?」
絶句した。
大会記録が、更新されている。
だが――
その最上段に表示されていたのは、自分の名前ではなかった。
雨野雄輔。
約三秒。
透より、三秒も速い。
「これで――自分の勝ちですね」
雨野は静かに歩み寄ってきた。
勝ち誇るというより、ただ事実を確認するような声音。
「……ああ、そうだな」
透は俯き、わずかに息を吐く。
「俺の負けだ」
しかし、透はバッと顔を上げ、雨野を見据えた。
「だが――次は勝つ」
その眼は、獲物を逃さぬ獣のように鋭い。
言い切ると同時に、踵を返した。
*****
控え室。
モニターには、つい先ほどまで行われていた決勝のリプレイが映し出されていた。
誰もが、無言でそれを見つめている。
「……ザマァ見ろ、だな」
ぽつり、と誰かが呟いた。
その瞬間。
「――今言ったやつ、あのタイム出してみろ!」
天音が鋭く睨みつけ、声を張り上げる。
空気が、一瞬で張り詰めた。
「まぁまぁ、天音。そんな怒らないの」
涼菜が軽く肩をすくめて嗜める。
「でもね――」
視線はモニターのまま、続けた。
「彼も人間なんだなって、思っちゃったの。……少し、安心した」
「会長、透については、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」
椅子の背に体重を預けたまま、亮太が口を挟む。
「……鬼龍院君。彼とは昔からの付き合いだったわよね」
涼菜は視線を向けた。
「ええ。まあ腐れ縁みたいなもんです」
亮太は肩をすくめる。
「大丈夫ですよ。あいつは――」
一度、言葉を切った。
「久々に負けて、今日一日は荒れるでしょうけど。最終日には、ちゃんと戻ってきます」
「……そう」
涼菜は亮太にそう言われて、頷かしかなかった。
「それに」
亮太はモニターへ視線を戻す。
「いい薬ですよ。ああいう場で一度、正式に負けるのは」
「……」
「あいつにとっても、必要な経験です」
まだどこか不安げな涼菜に、亮太が口を開いた。
「大丈夫ですよ、会長」
椅子にだらしなくもたれたまま、続ける。
「あいつ、ちゃんと新記録は出してますし」
「……ええ」
「戻ってきたら、まずはそこ褒めてやってください」
涼菜は小さく頷いた。
「そうね。まずは、そこからにしましょう」
涼菜は一つ息をつき、表情を切り替える。
次の瞬間には、生徒会長としての顔になっていた。
「五日目の現時点の総合成績では、国能附に後れを取っています」
静かだが、よく通る声。
「せっかく逆転したというのに――ここで再び離されるわけにはいきません」
そう言って、次に出場する選手たちへ視線を向ける。
「ですから――生徒会長として、お願いがあります」
選手たちを見据えて、
「優勝してください」
『はい!!』
控え室に、力強い返事が響いた。
涼菜は満足げに微笑み――
ふと、違和感に気づく。
「……あら? アリスちゃんは?」
「そういえば、さっきから姿が見えませんね」
円香が困惑の表情を浮かべて、エマが教えた。
「いつの間にか、いなくなっていたみたいです」
「……そう」
涼菜は小さく頷く。
「でも、彼女なら大丈夫よね」
また不安な顔をする涼菜に、円香が優しく微笑んだ。
「試合までには、戻ってくるはずよ」
*****
――その頃。
透は着替えるため、ロッカールームに入っていた。
「あ、あ……あああああああッ!!」
堪えていたものが、決壊する。
涙が止まらない。
久々の敗北。
透はどこかで、自分は負けないと思い込んでいた。
まして戦場ではない――こんな競技で、負けるはずがないと。
だが、現実はどうだ。
負けた。
完膚なきまでに。
「……ッ」
自分の愚かさを、ようやく理解する。
天狗になっていた。
確かに、あの頃よりは強くなった。
だが、それでも――上はいる。
その事実を、叩きつけられた。
「うああああああああッ!!」
喉が裂けるほどに叫ぶ。
その絶叫はロッカールームを越え、廊下にまで響いた。
ロッカールームの外で、その絶叫を静かにアリスは聞いていた。
そして何も話しかけずその場を離れる。




