27話 五日目 その1
透は飲み物を買うため、通路を歩いていた。
天井のモニターから、『ディフェンス・タワー』新人戦女子の実況が響く。
歓声とざわめきが、通路にまで漏れ出していた。
「キミはいつも余裕そうだな」
声をかけられ、透は振り返る。
そこには二人の少女が立っていた。
「茜と、ゆか……か。で、何の用だ?」
「なに、ボクたちも飲み物を買おうと思ってね。そしたら前にキミがいたから、声をかけただけだ」
肩をすくめ、気軽な調子で言った。
透は目を細め、言い返す。
「なるほどな。余裕そうなのは、茜――お前もじゃないのか?」
「そうか? まぁ、ボクは午後からだしな。こんな朝っぱらから張り詰めてたら、保たないだろ?」
「それもそうだな。ところでお前ら、何飲む? 奢ってやる」
透は得意気に端末を取り出し、二人に見せつけた。
「うむ、そうだな。じゃあ、ボクはスポドリで。ゆかはどうする?」
「わたしは緑茶でいいかな」
二人の注文を聞き、透は三つ奥の自動販売機に手を伸ばす。
「ん? なんで奥の自販機なの?」
「ああ、ここにしか微糖コーヒーがないんだよ」
そう言って視線を向けた瞬間――。
「なん……だと……」
売り切れだった。
この五日間で、この会場に微糖コーヒーを置いているのはここだけだと把握している。
それだけに、その事実は致命的だった。
(終わった……)
透は静かに絶望する。
「どうしたの?」
なかなか動かない透を、不思議そうにゆかが覗き込んだ。
「……微糖コーヒーがないな。キミがそれ以外を飲んでいるところを見たことがないが」
「他のもの飲むわ!」
透は諦めて炭酸飲料を選択し、緑茶とスポーツドリンクもついでに購入する。
「あいよ」
「ありがとう、透くん」
三人は自動販売機近くのベンチに座った。
座ると同時にペットボトルを開ける。
プシュ、と音が鳴った。
一口飲み、喉を潤す。
そのとき、モニターがどっと沸いた。
実況によれば、明星の選手が敗退し、天津の選手が勝利したらしい。
「……四位かー」
「……そうだな。男子の方はベスト八だから、まあまあだな」
「なぁに、俺がサクッと勝って、優勝してポイント取ってやるよ」
「ホント、余裕なやつだ。……ムカついてきたな」
透の飄々とした態度に、茜は小さくぼやいた。
「あ、そうだ透くん」
ゆかがふと思い出したように視線を透に向ける。
「二週間くらい前に、生徒会長さんと一緒にいるところ、見られてたって噂、聞いたんだけど……本当?」
「……ああ、そうだけど……」
「透くんは、生徒会長さんと付き合ってるの?」
「は? いや、付き合ってないけど……」
即座に否定をした。
すると茜が食い気味に詰め寄る。
「じゃあ、なんでデートしたんだ?」
「あれはただの罰ゲームだよ。ちょっと勝負して負けてさ、メシ奢れって言われただけだ」
「「ふーん」」
二人は目を細めた。
透はそれを無視して、そのときのことを思い出す。
予定がなかなか合わず、結局今から約二週間前に駅前のカフェで会うことになった。
人通りの多い昼下がり、二人で向かい合って食事をすることに。
取り留めのない、たわいない会話ばっかり。
――それでも、妙に印象に残っている言葉があった。
「……透君は強いよね」
ふいに落とされたその一言は、どこか憂いを帯びていた。
(あの言葉、どういう意味なんだろうな……能力は申し分ない。……昨日見た限り、応用も利く。……それでも、何か引っかかる)
色々と思案して最終的に透は首を傾げて、
(……よくわからないな)
モニターから大きな歓声が響く。
その音に、透は意識を現実へと引き戻された。
どうやら、決勝戦が始まるようだ。
歓声を聞きながら、ゆかがふと思い出したように口を開く。
「……あ、そうだ! 透くん、ちゃんと課題やってる?」
「……課題?」
「……やっぱり、聞いてなかったのか」
怪訝な顔をする透に、茜が呆れたように肩をすくめた。
ゆかは慌てて透の肩を掴む。
「選手の人たちは、練習期間とか本番までに課題を終わらせれば、授業免除っていう話だよ!」
「無駄だよ、ゆか。こいつは練習どころか、普段の授業も怪しいやつだ。……後で須藤先生の折檻だな」
その一言で、透の顔が一気に青ざめた。
「……あの人の折檻はマジで勘弁してくれ。目の敵にされてんだぞ、俺」
「自業自得だ。愚か者め」
「……た、助けてくれー! ゆか、茜!」
態度を改める気はないくせに、怒られるのは嫌らしい。
二人は心配半分、そして『これが新人枠のエースなのか』という不安半分で、複雑な表情を浮かべた。
「じゃあ、わたしが勉強教えてあげるよ」
「ああ、ゆかは学年二位だしな。任せていい」
「ありがとう、二人とも。何かお礼するよ」
珍しく殊勝なことを言う透に、二人はわずかに目を丸くする。
「じゃあ、何か褒美が欲しいな」
「褒美か……いいぞ。なんでも買ってやる。小遣いはそれなりにあるからな!」
「じゃあ――今度、時間が空いたときに一緒にどこか行こう!」
ゆかが食い気味に身を乗り出した。
その勢いに、透と茜は一瞬言葉を失う。
「……おう、いいぜ」
茜は顎に手を当て、少し考えら素振りを見せた。
「……ゆかは勉強担当。じゃあボクはどうするかな」
そして、何か思いついたように顔を上げる。
「そうだ。ボクが『エッジ・デストラクション』で優勝したら、そのご褒美に乗ってもいいかい?」
「ゆかがそれでいいならな」
透は困惑気味にゆかへ視線を向けた。
ゆかは頬を膨らませ、少しだけ不満そうな顔を浮かべる。
「……茜ちゃんが優勝できたら、ね」
「ああ。ちょうどいいモチベーション維持になる。もちろん、アリスや真然に負ける気はないが――優勝以外にも目標があった方が、やる気は上がるからな」
茜はどこか楽しげに口元を緩めた。
その目には、確かな闘志が宿っている。
「じゃあ、茜は優勝したらでいいんだな」
「ああ。そこまで図々しくはないさ」
「……了解」
そう言って、透は立ち上がり炭酸飲料を一気に飲み干した。そして、慣れた調子でペットボトルを放り投げゴミ箱に入れる。
「どこ行くの?」
「そろそろ決勝が始まるから、準備してくる」
「そう。頑張ってね」
「応援しているぞ!」
二人のエールに、透はわずかに口元を緩めた。
そのまま振り返らず、その場を後にする。




