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24話 四日目 その5

 ジャングルを抜けた瞬間、視界が開けた。

 中央には一本の巨木。


 幹は数人がかりでも抱えきれないほど太く、枝葉は周囲の木々より高く広がっている。

 地面にはうねるような太い根が走り、自然の足場を作っていた。

 ――第四エリア。最後の戦場だ。


 そこには三人の選手が倒れている。


「アンタがやったのか?」


 透は巨木の陰を睨み、低く呟いた。

 やがて陰から一人の男が姿を現す。

 第三エリアで戦った氷使いだった。


「そうです。自分がここに来た時点で、すでに戦っていました」


 淡々とした声で言う。


「二対一で二人組が勝ち、その二人を倒したのが自分です」


「へぇ……」


 透は肩を鳴らした。


「じゃあ残ったのが、俺とお前か」


「そういうことになりますね」


 氷使いは一歩前に出す。


「とりあえず名乗っておきましょう。

 自分は国立能力統合教育大学附属学園所属。

 SSランク第七十位――〔氷騎士〕雨野雄輔です」


 名乗り終えた瞬間。

 空気が凍りついた。

 四本の氷柱が宙に生成される。


 さらに氷で出来た剣と盾が雨野の手に現れた。

 それを見て、透は二丁の銃を構える。


「私立明星学園高等部所属、黒神透」


 ゆっくりと口を開いた。


「ランクは一応、Sだ」


「一応、ですか……」


 雨野はわずかに目を細める。


「なるほど」


 二人の間に、冷たい風が吹き荒れた。


『ッ……!!』


 同時に走り出す。

 氷柱がミサイルの如く、透に飛翔した。

 それを闇で防御する。

 今度は凍ることなく、氷柱を呑み込んだ。


「……ッ!?」


「俺に二度も同じ手が通じるかよ」


 透は闇を纏ったまま突進する。

 氷柱を喰らいながら、そのまま距離を詰めた。

 だが――。


「ですよね……なら」


 雨野は剣を地面へ突き刺した。

 次の瞬間。

 透の周囲に大量の氷の騎士が出現する。


「……コイツらも既に攻略済みだぞ」


 透は肩を鳴らした。


「いくら数を増やしたところでな!」


 雷が弾ける。


「放電《スパーク》!」


 透の身体から雷が爆発するように広がった。

 氷の騎士がいくつも砕け散る。


「……知ってますよ。ですから、こうするんです」


 雨野が指を鳴らした。


 砕け散った氷の騎士たちが再生を開始する。

 散らばった氷片が集まり、再び人の形を成していった。


 さらに、重厚な氷の鎧が騎士たちの身体を覆った。


「へぇ……」


 透は興味深そうに感嘆の声を漏らす。

 そして、先ほど以上の高電圧の雷を放出した。


 氷の騎士たちは砕け散る。

 しかし、砕けたのは鎧だけだった。


「重複装甲か……なら、放電雷槍《スパーク・ランス》」


 二丁の拳銃を騎士たちに向ける。

 雷が槍となって放たれた。

 騎士は貫かれ、人の形を保てなくなる。


 だが――。

 砕けた氷がすぐに集まり、再び騎士の形を取り戻す。


「……確かにこれは厄介だ。だが、すぐバテるぞ」


「分かってますよ。ですが、その前に勝てばいいんです」


 雨野は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべた。


 それを見て透も笑う。

 だがそれは――獰猛な獣の笑みだった。


「違いねぇ!!」


 透は地面を蹴る。

 大地いっぱいに闇が蠢いた。


「全て呑み込む黒(ウロボロス)」


 闇が騎士たちを呑み込もうとする。


 しかしまるで闇を封じるかのように、大地が凍りついた。

 騎士たちの足元から、地面そのものが凍結していたのだ。


「やはり広範囲の闇攻撃がありましたか。もちろん、その対策も用意してありますよ」


「チッ……!」


 透は舌打ちする。


「バテて、そのまま負けろ!」


 透は跳躍し、能力者本人を狙った。

 無数の氷の矢と槍が、透めがけて投擲される。

 それを身体で捻ってそれらを避けた。


 避けきれないものは雷撃で弾き、軌道を変える。

 そして――宙を蹴った。

 空中で進路を変え、一気に雨野へと迫る。


「なっ!?」


「喰らいやがれ、双雷砲《ツインレーザー》」


 宙に浮いたまま、二丁の銃から雷閃を放つ。


 雨野は手にした盾でそれを受け流した。

 透はそのまま着地し、一気に距離を詰めようとする。


 しかし、剣を持った騎士たちが背後から斬りかかってきた。


「真然流 格闘術 猿塔《えんとう》 回後《かいご》」


 透は振り向きざまに回し蹴りを放つ。

 蹴りが騎士の頭部を砕いた。


 その衝撃で氷の騎士が倒れ込み、後ろの騎士を巻き込む。

 氷の騎士たちが次々と崩れ、ドミノ倒しのように連鎖していった。


「真然の体術!?」


 雨野が目を見開く。


「同じ学校だから知っているのか……ッ!?」


 風を切る音が響いた。

 槍と矢が、天から雨のように飛来してくる。

 相打ち覚悟の攻撃だった。


「這い出し黒(ヴリトラ)」


 闇が凍った地面を突き破る。

 天翔ける竜の如く天高く昇り、飛来してくる矢と槍を喰らった。


「はぁあああ!!」


 それを見て雨野は高く跳ぶ。

 そして氷の剣で、這い出し黒(ヴリトラ)を切り裂いた。


「なっ!?」


 今度は透が驚愕する。


 切り裂かれた這い出し黒(ヴリトラ)は凍りつき、そのまま機能を停止したのだ。

 二人は一度動きを止め、睨み合う。


 そして――透が走り出した。

 一瞬で距離を詰め、決着をつけようとする。


 だが、騎士たちがその前に立ちはだかった。

 透は攻撃を避け、あるいは体術で破壊しながら進む。

 雷と闇の能力を駆使し、雨野へと迫った。


 雨野も盾で透の攻撃を受け止める。

 さらに自らも前に出て、剣を振るった。

 だが透は致命傷を負うことなく、攻撃を続ける。


 そして――


『試合終了』


 時間終了の合図が鳴る。

 二人は思わず息を飲んだ。


「……決着がつかなかったですね」


 能力を解除し、雨野は残念そうに肩をすくめる。


「そう……だな」


 透も銃を下ろした。


「全員倒して、単独一位のつもりだったのだが……」


「この決着は――『シューティング・ソニック』でつけましょう!!」


 雨野は静かに言う。


「あの競技なら、白黒つけられます」


「あんたも、アレに出ているのか」


「そうです」


 雨野の視線が鋭くなった。


「あの競技の予選で、お前と同じ成績を出してます」


 一歩踏み出す。


「だが、決勝ではそうはいかない」


 雨野は鋭く、透を睨みつけた。

 透はそれを見て、口角を上げる。


「……いいだろう。そこで決着をつけよう」


 二人は互いに背を向けた。

 そして反対方向へ歩き出す。


 激闘の跡だけが、そこに残されていた。

 倒れた木々。砕けた氷。焼け焦げた大地。


 二人の戦いによって、第四エリアの森林は――まるで地獄のような有様となっていた。


*****


 透が控え室に戻ると、拍手が送られた。


「透君、おめでとう。貴方に頼んで正解だったわ」


 代表として、涼菜が賞賛と感謝を述べる。


「ありがとうございます。でも申し訳ございません。単独勝利はできませんでした」


「いいえ、充分です。でも悔しいと思うなら、明日の決勝で頑張りなさい」


「はい! 頑張ります!」


「黒神! お前を妨害したバカどもは、こっちで折檻してやるから気にするな」


 椅子に座ったまま、怖い顔で言う天音。


「気持ちはありがたいですが、問題ないです。あの程度、大したことありませんから」


「そ、そうか。お前がそう言うなら……手加減しておこう」


 透のあっけらかんとした態度に、天音は少し面食らった。


「……」


 エマが、周囲で賞賛されている透を静かに見つめる。

 その双眸が、わずかに揺れた。


(あの人……異常です。何ですか、あの鎖と抑えつけるような力は)


 解析眼の橙玉《アンバー》が淡く輝く。

 続いて、紫玉《アメジスト》が未来を捉えた。


 ――崩れ落ちる明星学園の時計塔。

 瓦礫の中に倒れている朔夜千歳。

 そして、その前に立つ男。黒神透。


 エマは小さく首を振った。


(……違います)


 自身の未来視は遠い未来まで視える。

 だが、それがいつなのか、どこなのかは分からない。


 また、それは確定した未来ではない。

 数ある可能性の中の、ただの一つに過ぎない。

 それでも――


 胸の奥に残る、拭いきれない恐怖。

 エマは思わず、隣にいた純次の腕を掴んだ。


「なんだ? ベネット。体調が悪いのか?」


「……少しだけ、こうさせてください」


「……まあ、いいが」


 状況はよく分からない。

 だが、抱きつかれている事実だけは理解できる。


(……これは役得では?)


 純次は必死に表情を抑えながら、内心の高揚を押し殺していた。


「次は一般戦ね! みんなで応援しましょう!」


 そんな空気など気づくことなく、涼菜が明るく声を上げる。

 控え室には再び活気が戻った。


 ――ただ一人。

 エマだけが、まだ透を見ていた。

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