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20話 四日目 その1

「……んあ」


 透はゆっくりと目を開けた。


 見慣れた天井。泊まっているホテルの一室。

 凝り固まった身体をほぐすように腕と肩を回す。ベッドから立ち上がり、軽くストレッチをした。


 骨が、パキリと乾いた音を立てる。

 最後に首を回すと、また小さく鳴った。


 そのとき、ドアがノックされる。


「はーい、起きてまーす」


 返事を聞いたのか、遠慮なくドアが開いた。


「なんだ、起きたのか」


 入ってきたのは亮太である。

 部屋に入るなり備え付けのポットに水を入れ、慣れた手つきでスイッチを押した。


「聞いたぞ。軍の作戦に参加してたとはいえ、お前が『再生』を使うなんてな。その変異種、よっぽど化け物だったんだろ?」


 やがて湯が沸き、亮太は自分の分だけ緑茶を淹れる。

 当然のように、透の分はない。

 一口含み、ふうと息を吐く。

 透はベッドに腰を下ろした。


「いや。古代種とやるのは初めてだったけど、そこまでじゃない。……ちょっとしくじっただけだ。面白半分で能力の嵐を受けてみたら、さすがにヤバかった」


「ぶーっ!?」


 亮太が盛大に吹き出す。


「はぁ!? 能力の嵐を受けた!?」


「当たりどころをミスってな。『再生』をうっかり起動させた」


 あっけらかんとした口調に、亮太は頭を抱えた。


「バカか、お前。『再生』は損(・)傷(・)に(・)よ(・)る(・)死(・)亡(・)が起動条件で、効果は三十分限定だろ」


 背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。


「そのくせ副作用で二十四時間眠り続ける。普通、能力に起動条件や副作用なんてないはずなんだけどな」


「……根本が違うんだろ」


 透の補足に、亮太が視線を戻す。


「……なんでいきなり、俺の能力の確認なんかしてるんだ?」


「……一日中寝てるヤツの介護と、周囲への説明。俺がどれだけ奔走したと思ってる」


 どこか遠くを見るような目で愚痴った。

 透はバツが悪そうに頭を掻く。


「悪かったよ。不用意に起動させた俺が悪かった」


 ふと思い出したように、


「……そういえば、三日目は?」


「ギリギリ二位だな。最後は盾宮先輩が優勝して、なんとか持ち堪えた」


「へぇ……どんな人なんだ?」


「なんでお前は学園の有名人を知らないんだよ……」


 呆れを隠そうともしない半眼が向けられる。


「盾宮勉。あの人は柔道部主将で高位能力者だ。確かSSランク四十五位だったはずだな」


「ふーん」


 透はわずかに口角を上げた。


「……まあ、お前が気に入りそうな選手の録画を後で見せてやるよ」


「ありがとサン」


「それいろんな人が心配してたから後で挨拶とかしとけよ」


「……わかっているよ」


 透は立ち上がり、備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。

 プルタブを開け、一口飲んだ。


 そのとき、二人のスマートフォンが同時に震えた。

 画面には短い一文が表示されている。


 【至急 控え室に集合】


*****


 控え室に入ると、そこには主に一年生の選手が集められていた。

 その奥には、生徒会役員と三年生の姿もある。

 扉の音に気づき、ひとりが顔を上げた。


「ああ、透君。大丈夫?」


 声をかけてきたのは涼菜である。


「はい。しっかり寝ましたので問題ありません。それで……何があったんですか?」


 透はのらりくらりとした口調で返した。

 涼菜は小さくうなずき、室内を見渡す。

 呼び出した選手が全員揃っていることを確認した。


「『シュリンク・サバイバル』新人戦の出場選手の多くが、練習中に負傷したの。回復には半日以上かかるから出場は不可能。……だから、急きょ代役を立てなきゃいけないのよ」


 困り顔で選手たちを見渡す。すると透が手を挙げた。


「なら、俺が出ましょうか?」


 控え室内が騒然とする。


「確かにあいつが出ると優勝が狙えるかも」「でも、三競技出るなんて聞いたことないぞ」「私は反対よ、アイツに頼りきりってイヤだわ」「じゃあ、お前が出ろよ」「でも、『ブレイク・ペア』に出るから、ちょっと」「じゃあ、どうするんだよ」



「……皆さん、お静かに」


 たった一言で、室内のざわめきが止まる。

 優しいお姉さんの面影はない。

 そこに立っているのは、生徒会長だった。


「黒神。申し出はありがたいが、残念ながら基本的に規定で二競技となっている。下手に特例を認めれば、他の選手の示しがつかない」


 壁に寄りかかり、腕を組んだまま厳しい表情を浮かべる盾宮勉。


「規則は守るべきです。ですが、このままでは三位に転落ですよね」


 真っ直ぐに勉を見据える。


「ちょっと、私たちが負けるって言いたいの?」

「いくら高位の能力者だからって、調子に乗るなよ!」

「実力に胡座をかくやつが、いい気になるな!」


 本日別競技に出場する選手や、すでに敗退している選手たちから抗議の声が上がった。

 その光景に隣で頭を抱える亮太。


「皆さん、お静かに!!」


 涼菜の叱責に室内が静まり返る。


「今回の事故は、運営が用意した練習用フィールドで発生しました。他学園の選手も数名、負傷しています」


 報告書を読み上げるように、淡々と話した。


「おそらく他校も、実力のある選手を代理に立ててくるでしょう。状況によっては、三競技に出場する選手が現れても不思議ではありません」


 他の選手に訴えるように視線を巡らせる。


「もしそうなった場合――こちらだけが規定に縛られれば、不利になります。だから――黒神透さん。あなたにお願いしたいのです」


 その声は、生徒会長としての命令ではなかった。


「明日の決勝についても、お願いしたばかりなのに……ごめんなさい」


 透から目を逸らさず、静かに言う。


「……それでも。私たちは勝たなければならないのです」


 涼菜の申し訳なさそうな態度に透は真剣な眼差しで見返した。


「出場するからには優勝します」


 透は、迷いなく言い切る。


*****


 『シュリンク・サバイバル』開始十五分前。


「お前、なんであの時手を挙げたんだ?」


 競技場へ向かう途中、亮太が低い声で問う。


「ただの好奇心だよ。それに今日は、あの人の試合だぞ」


 透は肩をすくめた。


「下手に考えすぎて、試合に影響されても困るだろ」


 口角が、抑えきれずに上がる。

 次の瞬間、亮太を置き去りにして歩き出した。


「戦えるのが嬉しいだけだろ」


 亮太の小さな独り言を無視して歩く。

 視線は、すでに戦場だけを見ていた。


*****


 フィールドの広い競技のため、放送用ドローンが何機も飛ばされている。その映像を、数人の軍人たちがモニター越しに見守っていた。


「柳中尉、お疲れ様でした。各学園への謝罪回り、ご苦労さまです」


 軍の映像室で、井戸川が声をかける。ドアを開けて入ってきたのは、やややつれた様子の、爽やかな二十代半ばの男性軍人だった。


「いやー、大変でしたよ。こちらの不手際とはいえ、選手を怪我させてしまったのですから」


 苦笑まじりに答え、柳は席に腰を下ろす。


「今回の事故は我々の管理責任です。老朽箇所の確認不足が招いた結果でした」


「とはいえ――」


 そこで隣に座っていた大坪が、にやりと笑った。


「面白いものが見られますよ。黒神二等兵が出場しますぞ」


「彼が出るのですか? 初日と五日目、それに最終日のみと聞いていましたが」


 柳は眉を上げる。


「例の事故の負傷者の中に明星学園の生徒がいて、代役として出場することになったようです」


「なるほど、それで……。もともと私は彼がこの競技に出るだろうと予想していましたが、まさか『シューティング・ソニック』だったとは。まあでも、あの競技でも大騒ぎになりましたが」


 井戸川の補足を受け、柳は初日の記憶を掘り起こし、呆れたような顔をした。


「今年の男子には射撃や範囲攻撃を得意とする選手がいなかったので、彼が選ばれたようですよ」


「確かに、彼はその両方の能力は高いですからね」


 柳が感心すると、大坪は口元を吊り上げる。


「ですがなんの偶然か、彼が『シュリンク・サバイバル』にも出場しています。この競技、見所がありそうですな」


「……彼が出ると塩試合になりかねないのでは?」


 柳は腕を組んだまま、淡々と冷酷なこと尋ねた。


「大丈夫ですよ。そう上手くはいきません。――おそらく、彼を大いに満足させることになるでしょう」


 井戸川がそれを否定してタブレットを操作し、画面を柳に向ける。そこには出場選手の名簿が表示されてた。


「へぇ……」


 柳の口角がゆっくりと上がる。


「いやー、確かに問題はなさそうですね。どころか……黒神君、負けるかもしれませんね」


 そこには、柳ですら名前を聞いたことのある将来有望な選手たちが並んでいた。


「他の学園も事故を逆手に取り、三競技目に回る選手を投入していますね」


「これは面白い試合になりそうですな」


 大坪が目を細め、


「ええ。少なくとも、彼を飽きさせることはないでしょうな」


 柳は静かにモニターへ視線を向けた。

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