18話 三日目 その4
亮太が箱を抱えて会場へ戻ると、背後から声がかかった。
「君が弟さんッスか?」
「……誰だ?」
亮太は目を細めて、振り返る。
呼んだ人の顔は亮太にとって、どこかで見た顔だった。
(確か『ロングレンジ・スナイプ』で決勝に進んだ、『国能附』の選手……何の用だ)
「ウチ、天ヶ瀬日菜って言います。よろしくッス」
「はぁ……」
(弟さん? ……天ヶ瀬?)
思考が一瞬止まる。
その姓に覚えがあったのか、亮太はわずかに目を見開く。
「……天ヶ瀬?」
「そうッス。姉が、そちらにお世話になってマース」
日菜はにこりと笑った。
「葉月さんの妹さんか……それで一体どういう用事だ」
「いやー、お義兄さんにとりあえず情報交換しておけって言われまして」
亮太の目つきが鋭くなる。
「……真然紗衣陽の監視役か」
次の瞬間、立ち位置が変わった。
無意識のうちに一歩引き、互いの死角を潰す位置取りをする。
軍で叩き込まれた距離感だった。
「うわ、凄っ!」
日菜は素直に目を丸くする。
「私、何もしないッスよ。だからそんな警戒しないでくださいって」
両手をひらひらと振った。
その調子に毒気を抜かれ、亮太はわずかに肩の力を落とす。
「……で? 情報交換ってなんだよ」
「えっとッスね、さいちゃんのことッス」
亮太の目がわずかに細くなった。
「……そうやって友達のこと売るの、どうなんだ?」
責めるというより、確認する声。
「うーん、売るとかじゃないッスよ。普通に日記みたいなもんッスよ」
日菜は悪びれもせず肩をすくめた。
「今日一緒ご飯食べた、とか。
最近一緒に買い物行った、とか。
六極戦の練習を切磋琢磨した、とか」
「……じゃあまず質問。何で監視役になったんだ?」
「うーん。姉から国能附に入学する直前にさいちゃんと友達になって、後で何でいいから教えてって……」
日菜は思い出すように、虚空を見つめて話す。
「なるほど、姉に言われて打算で友達になったと……」
「違うッス。写真とプロフィールを教えてもらって気になったから話しかけただけで、そこまで本格的な監視役ってワケじゃないッス」
亮太の嫌味に頬を膨らませて怒る日菜。
「……なるほど、ね。ああじゃあ次の質問。最近の彼女、特に透について何か言ってなかったか?」
「うーん……昔のこと、ちょっと教えてくれましたッスよ」
「へぇ、気になるな」
軽く相槌を打ちながら、亮太の視線はわずかに遠くなる。
三年前。
軍と鬼龍院家から通達を受け、
『監視役兼制御役』として最初に接触した、
あの日。
初めて会った時の透は――
どこにでもいる、普通の子供だった。
なぜ、こんな子供が。
確かに能力、戦闘技能に関しては天賦の才はあった。
だが。彼のデビュー戦を見て、理解した。
――あれは異常だ。危険存在だ。
だからこそ、俺が止める。『監視役兼制御役』として。
あいつを――世界を、守るために。
「えっと、確か小学校入学してからすぐ……」
その始まりから語られたのは、どこにでもあるような話だった。
小さな頃から一緒にいて、喧嘩して、仲直りして。
気づけば隣にいるのが当たり前になっていた――そんな、ありふれた幼馴染の話。
亮太は黙って聞きながら、内心で小さく息を吐く。
――なんてことはない。ただの、平凡な思い出話だ。
「それでこの間、再会してから何か変わったか?」
「うーん……その話も、透さんの愚痴の流れで出てきただけッスからねー。最近は愚痴ばっかッスよ、あの子」
悪気のない声音だった。
「……愚痴?」
「中学に入ってから性格が変わった、とか
私には何も言ってくれない、とか
再会しても口が悪いままだった、とか」
「……なるほど、ね」
短く相槌を打ち、亮太は踵を返す。
「え、もう帰るんッスか? ウチ、透さんのことも聞きたいんッスけどー」
背中越しに声が飛ぶ。
「俺より紗衣陽ちゃんから聞いた方がいい。それでも聞きたいなら――葉月さんにでも聞け」
振り返らないまま、そう告げた。
「えー、冷たっ。鬼龍院家ってみんなそうなんッスか? せめて弟さんと透さんの出会いくらい聞きたかったですけど!!」
「お前とそんなに変わんねーよ! それが本腰か否かっていう程度だ!」
亮太はそんな捨て台詞を言って、その場を後にした。
――ちなみに。
彼の箱の中身は、会場近くのスイーツ店で買ったケーキとプリンである。
プロフィールも、朔夜千歳から正式に譲り受けたものだと誤魔化し――
結果、女子たちの機嫌取りには無事成功した。




