16話 三日目 その2
「透くん、まだ起きてこないの?」
朝九時頃。観客席で、ゆかが身を乗り出すように亮太へ尋ねた。
「まぁ……そうだな。全然ダメだな」
亮太は肩をすくめる。
「そっか……残念」
ゆかはしょんぼりと視線を落とした。
「明日は見どころいっぱいだし、明後日は決勝だ。今日くらい寝かせてやれ」
「……そうだね」
本日の最初の競技は『マキシマム・バスター』女子新人戦。
会場中央では、巨大なオベリスク群が朝日を受けて鈍く光っていた。
開始直後――三面同時に爆音が轟く。
炎柱。雷光。衝撃波。
火力を競う競技だけあって、他競技とは比べものにならないほど派手だった。
「弦月の選手だな。ゆかちゃんと同じ水系だ」
「……うん。でも、わたしじゃあんな使い方できないよ」
フィールドでは、水が刃へと変貌していた。
極限まで圧縮された水流が、空気を裂きながら一直線に走る。
狙いはオベリスク一点。
水刃が命中した瞬間、鈍い破砕音が響き、硬質な表面が大きく抉れた。
「一点突破型か」
「制御、相当上手いですね」
アリスが静かに分析する。
ただの水ではない。切断に特化した高圧水流だ。
「ですが、渡会さんも頑張っていますね」
御沙希が反対側のフィールドを指差した。
渡会は両手をオベリスクへ向け、集中するように目を細めている。
一見すれば何も起きていない。
だが――。
低く不気味な振動音が響いた。
オベリスクの表面が内側から軋み始め、やがて耐え切れなくなったように外殻が崩れ落ちる。
「渡会さんの能力は『超振動』でしたっけ?」
アリスが確認するように尋ねる。
「はい。対象物を高速振動させる能力ですね」
『霊視』でフィールドを見ながら、御沙希が説明した。
「ホント、よく見える眼だな。流石、『旧式能力』」
亮太は感心したように御沙希の瞳を覗き込む。
御沙希のような、遥か昔から存在する曖昧かつ神秘性の強い能力群は『旧式能力』。
一方で、透たちのように明確な特性を持つ能力は『新式能力』と呼ばれている。
「あまり見えすぎる眼というのも、困りものですよ」
御沙希は苦笑する。
「無駄に心労が増えますから」
「……制御できてないのか?」
「眼の能力は、扱いが難しいんです。特に私みたいな強力な旧式能力は、感情や波動に勝手に反応してしまうので」
「へぇ。だったら明星じゃなくて、『旧式能力』を多く集めてる天津の方が良かったんじゃねぇの?」
亮太が不思議そうに首を傾げる。
御沙希は一瞬だけ視線を落とした。
「私の場合、こういう戦いの場とか、強い感情とか……荒れた波動に反応するみたいで」
そして小さく息を吐く。
「だからこそ、強力な能力者が集まる明星の方が、制御訓練には向いていると思ったんです」
「なるほどな……頑張れよ」
数秒の沈黙。
その空気を変えるように、茜がフィールドを見ながら口を開いた。
「そういや、『超振動』って近接向けのイメージだったんだが、渡会は何でこの競技なんだ?」
「ああ」
亮太は視線をフィールドへ戻す。
「普通は刃物を振動させて、威力や切断力を上げる使い方が多い。だけど、ああやって直接構造物へ振動を流し込めば、内部から破壊できる」
フィールドでは、再びオベリスクが鈍く揺れていた。
「二種類の運用ができる時点で、かなり優秀な能力者だな」
「随分と威力がありそうだが、なんで彼女はBクラスなんだ?」
茜が不思議そうに首を傾げる。
亮太はスマートフォンを操作しながら答えた。
「能力の威力自体はAクラス級だ。ただ発動速度が少し遅い。それと筆記や座学の成績が平均止まり――」
そこまで言って、女子陣の視線に気づく。
「どうして成績のことをご存じなのですか? あれは一般公開されていないはずですよね」
御沙希が代表して問いただした。
亮太は小さく舌打ちし、天井を仰ぐ。
「……嵌められた」
「道理で、やけに詳しいと思ったのです」
御沙希の声色は穏やかだが、視線は鋭い。
「そこにはボクたちのプロフィールまであるんじゃないだろうな!」
茜が顔色を変え、身を乗り出した。
「ちょ、やめ――」
亮太は慌ててスマートフォンを頭上へ掲げる。
「怪しいです!」
「渡せ!」
御沙希が抗議し、茜がさらに手を伸ばした。
そのとき――。
フィールドから、今まで以上に大きな破壊音が響く。
渡会の前にあったオベリスクが、大きく傾き、そのまま崩れ落ちた。
「ほら見ろ! 渡会、四基目だ!」
亮太が声を張り上げる。
反射的に全員の視線がフィールドへ向いた。
観客席から歓声が巻き起こる。
その隙に――
「じゃ、俺は飲み物買ってくるわ」
小声でそう言い残し、亮太は人混みに紛れるように席を離れた。まさに脱兎だった。
「……逃げましたね」
御沙希が半目で呟く。
「クロだな」
茜は頬を膨らませて、腕を組んだ。
その様子に、ゆかは苦笑した。
「……まずいですね」
それまで騒ぎを静観していたアリスが、フィールドを見据えたまま呟く。
三対三。
残り時間はわずか。
「はぁああッ!」
渡会が能力を解放した。
対面から放たれた水の刃が一直線に迫る。
直後、高周波の唸りが空間を震わせた。
水刃は進行途中で激しく乱れ、その形を維持できずに霧散する。
生まれた一瞬の隙。
渡会は即座にオベリスクへ振動を叩き込む。
内部から響いた鈍い軋み。
そして巨大な構造物は耐えきれず、轟音と共に崩れ落ちた。
「……やりましたね」
「ああ、そうだな」
フィールドでは、渡会が小さく息を吐いていた。
その背中へ、ようやく大歓声が降り注ぐ。




