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15話 三日目 その1

 シミュレーターから出た透は、怪訝な顔する。軍の人間が慌てふためいていた。


「透君、ちょっといい?」


 すると静が慌てて駆け寄ってくる。


「どうしたのですか? 静さん」


「あのね。ここから数キロ先に霊獣が出現したの」


 その一言で、透の目つきが変わった。


「それで討伐部隊が向かってるの。本来は私たちが動かないといけないのだけど、今は六極戦の都合で動きづらくて、それでね透君も一緒にお願い」


 透は一瞬だけ黙る。


(シミュレーターは悪くなかったが……報告書作成で時間を取られたしな。結局ストレスが溜まっただけか)


 小さく息を吐いた。そして、


(ちょうどいい)


「ええ、分かりました」


 あまりにあっさりとした返事に、静が少しだけ目を細める。


「無理はしないでね」


 その後、軍施設にある軍服に着替えて、外に出た。



 早朝の朝霧が立ち込める時間。

 透は建物から建物へと駆け抜けていた。

 車両も空輸も使わない。

 秘密裏に対処するための判断だ。

 体内に雷を巡らせ、筋肉を一時的に活性化させる。

 電気信号を強制的に増幅し、出力を引き上げた。


 命令を受けてから三十分。


 山岳の森林の奥に、規制線と軍用車両が見えてきた。

 着地と同時に活性を解除する。

 何事もなかったかのような顔で、透は歩き出した。

 後方で待機し、支援に回っている軍人へ声をかける。


「こちら支援に来ました。日本国防衛軍特殊暗躍部隊、組織コードネーム【蠍《スコーピオン》】所属。黒神二等兵です。……状況は?」


 声をかけられた隊員が振り向く。

 一瞬、年若い透の姿に驚きの色を見せた。

 だが、透の軍服と、一般人が知り得ない組織コードを即座に口にしたことで、その表情は引き締まる。


「討伐部隊が接敵中。霊獣の数――小型の虫類型十体。中型の奇蹄類型が二体。大型の鳥類型が一体です」


「……大量かつ混成だねー」


「はい、ここ数年では見られなかった光景です。が二十年前でよくあったようですよ」


「なるほどね、それでどれをやればいいの?」


「……それは」


 直後、上空から衝撃波のような羽ばたき音が響く。

 霧が一瞬、吹き払われた。

 影が横切る。

 それはとても巨大で、移動速度は速かった。


「最初期の情報では小型の虫類型のみの報告でしたが……」


 隊員は悔しげに歯を噛みしめる。


「急に三体が出現して、現場は混乱しています。中型二体と――大型の鳥類型一体」


 遠くで轟音。

 上空から落ちる影。


「特に、あの鳥類型が厄介です。あそこまでの巨体でありながら超高度を飛行。狙撃部隊でも有効射程に届かない。仮に当てても、大きな損傷を与えられません」


 霧の切れ間から、巨大な翼が一瞬だけ姿を現した。

 真っ白な体表には、脈打つように赤く発光する幾筋もの線が走り、瞳もまた赤く光っていた。

 いつもの通りの霊獣の姿だ。


 旋回して急上昇し、次の瞬間には急降下。

 叩きつけられた衝撃で地面が爆ぜ、討伐部隊は即座に散開した。

 透は、目を細める。


「狙撃は苦手なんだけどなー……とりあえず離れてください」


 そう言いながら、透はポケットから金属片を取り出し、指の間に挟んだ。

 そのまま手を銃の形に構える。

 空気が、震えた。


「電磁加速砲《レールガン》」


 瞬間。爆ぜるような衝撃音。

 超高速で射出された金属片が音を置き去りにして上空へ走る。

 一直線に鳥類型の霊獣の脳天へ――


 だが。

 貫く寸前、巨大な翼がわずかに傾いた。

 弾丸は空を裂き、雲を穿つ。


「へぇ……」


 透は口角を上げた。


「トリ公にしては動きがいいな」


 ポケットに手を突っ込み、金属片を無造作に掴み出す。

 指先に挟む数は、一本ではない。


「乱射電磁加速砲《ガトリング・レールガン》」


 連続する雷鳴。

 無数の金属片が網のように空を埋める。

 だが鳥類型は旋回し、急降下し、急上昇した。

 羽ばたき一つで弾道を読み、掠りもしない。


「アハハッ……トリ頭にしてはアタマいいな」


 透の瞳が愉悦に細まる。


「イイネ! サイッコーだよ!」


 その瞬間。

 二丁の銃の心器が展開された。

 引き金に指をかける。


「多数追尾雷砲《ホーミング・レーザー》」


 同時に、幾条もの雷閃が解き放たれた。

 直線ではない。蛇のように軌道を変え、鳥類型の霊獣へと殺到する。


 霊獣は急旋回。だが、雷閃は追う。

 逃れるように急上昇する霊獣へ、なおも食らいつく。


 高度が上がる。さらに、上がる。


 雷閃が、あと一瞬で届く――そのとき。

 高度限界を越えた雷閃は、霧散した。


 光がほどけ、空中で消える。


「チッ……」


 透が舌打ちする。

 鳥類型はさらに高度を取り、戦場を見下ろす位置で旋回する。

 嘲るような鳴き声。


「鳥類型とはやったことがあるが……」


 透は目を細める。


「あの巨体で、身軽だとは。しかも、あそこまで高く飛ぶか」


 ぞろぞろと部隊が集結してくる。

 装備や身体に傷はあるが、統制は取れている。


「協力感謝する」


 この部隊の隊長らしき男が、敬礼とともに声をかけた。

 透は軽く顎を引く。


「そっちは終わったのですか?」


「はっ、確認されている十三体のうち十二体の討伐及び緑化を確認しました」


「そうですか……死傷者とかいますか?」


「死者はゼロ。負傷者は数名おります。ですが、医療回復《ヒーラー》部隊が対応中。戦闘継続に支障はありません」


 透は口笛を吹きそうになるが、堪える。

 正直、地上の掃討は長引くと思っていたのだが、予想以上に優秀のようだ。


「そっちには何か、異変はありましたか?」


 隊長の問いに、透は一瞬だけ空を見上げた。

 巨大な鳥類型が、依然として高空を旋回している。


「いえ。最近目撃されている変異種などは確認していません」


「アレは?」


 指先で上空を示す。隊長も視線を上げた。

 巨大な影が、ゆっくりと円を描いている。


「可能性はあるかと……あそこまで身軽で超高度まで飛ぶ個体は初めてです」


「だよねー。だけどどう見てもいわゆる、猛禽《もうきん》類そっくりだよなー」


 巨大な翼。鋭い鉤爪。湾曲した嘴《くちばし》。

 フォルムは鷹《タカ》や鷲《ワシ》に酷似している。


 現在確認されている変異種は最初は現存する生物に酷似していた。そして正体を現す場合のみ巨大化して、神話や伝承で語られる姿に変わる。


(変わるとしたら竜とか、か?)


 ここ数年は竜型の霊獣は発見されてないが二十年前まで何十体か確認させていたそうだ。

 もしかしたら竜型とやれるかと思うと口角が思わず上がってしまう透。


「とりあえず、狙撃部隊と長距離射程持ちを集めてください」


「了解しました。ちなみに作戦は?」


 透は、ニィと口角を吊り上げる。


「次、攻撃してきたら――高く飛ばせないようにする」


 指で上空を示す。


「浮かせなきゃ、ただの的だ」


「……了解」


 だが――

 その意図を察したかのように、霊獣が急降下を開始した。

 空気が裂ける。


「ホント、トリ公にしては頭がいいな」


「どうしますか?」


「問題ないです。さっき言った通りで。ついでに火力自慢も寄越してください」


「はっ!」


 隊長が命令を飛ばす。

 その瞬間、透の両手に二振りの刀――心器が展開された。


 雷光を帯びた刃。

 地を蹴り、踏み込みの衝撃で地面が爆ぜる。

 透は、ほぼ垂直に跳躍した。


 急降下してきた翼へ――刃を突き立てるべく踏み込んだ。

 だが霊獣は翼を器用にひねり、軌道を逸らす。


 刃は、空を裂いた。


「チッ……」


 舌打ちをする。その直後。


「――なーんてな」


 透の口元が歪む。


 翼が、不自然に軋んだ。

 羽膜のあちこちに、鈍い光が埋まっている。


 ――戦闘の最中にばら撒いた、金属片。

 透の指先が、わずかに動く。

 雷が走った。磁力が発生し、透と霊獣の距離が一気に縮こまる。


「逃がすかよ」


 動きを止められた翼へ、

 今度こそ――刀を突き刺した。

 骨を貫く感触。巨体が悲鳴を上げる。

 片翼の膜に刀をねじ込み、体重と雷で固定した。


 霊獣が咆哮した。

 高度を上げようと暴れる。


 透は左手を離し、空中で銃型の心器を展開。

 迷いなく、引き金を引いた。


 ――黒いモヤが出現する。

 いくつも。空中に点在する闇。

 それらが連動し、霊獣を囲む――檻のように。


 霊獣は滑空軌道を失い、強引に羽ばたいた。

 だが、その翼はすでに拘束されている。


「暴れんなよ、クソドリ」


 透は、突き刺さった刀へ雷を流し込む。高電圧、高密度の電流が一気に駆け、神経を焼き切る。


 霊獣が甲高い絶叫を上げた、その瞬間――

 骨格が軋みながら歪み、膜が膨れ上がる。頭部後方のクレストが押し出されるように肥大し、嘴が前方へと伸び、さらに鋭利さを増していく。


 体躯が内側から押し広げられるように拡張し、質量が跳ね上がる。空気が押し退けられ、周囲の空間が歪んだ。


「……来たな」


 隊長が呟く。


 黒いモヤを押し破るように、巨大な影がうねり、姿を変える。

 現れたのは、古代に存在した翼竜。


「プテラノドンってやつか」


 透は空中で踏ん張りながら笑う。


「意外と可愛げがあるな……だがな」


 突き破られたはずの闇が――縫い戻る。

 空間そのものを縫合するかのように、黒いモヤが再構築されていく。


 逃げ道を塞ぐのではない。貫く。

 細く鋭く変質した闇が、縫い針のようにプテラノドンの肉体を穿つ。


 翼膜を裂き、胴体を貫き、関節へと食い込む。

 そのまま空中へ縫い留める。


 巨体が、一瞬だけ止まった。


「今だ、撃て! 俺に構うな!」


 透の咆哮が地上へ叩きつけられる。

 次の瞬間、空が裂けた。


 炎弾が尾を引き、

 氷槍が軌跡を描き、

 雷光が直線で空を貫く。

 地上部隊の一斉射撃。

 それはまさしく――能力の嵐だった。

 プテラノドンごと、透の視界が白く弾ける。


 能力の嵐を浴びたプテラノドンは、断末魔もなく高度を失った。

 巨体が傾き、翼が痙攣する。

 そして――墜落。

 地面が爆ぜる。

 衝撃が波となって広がり、土煙が空を覆う。


「……流石に古代種とはいえ、こんだけ能力の嵐を喰らえば無理か」


 霊獣の巨体を下敷きにする形で、透は着地していた。

 翼膜に足を乗せ、土埃を払う。

 プテラノドンは動かない。

 巨大な瞳から、光が消えていく。


 隊長が慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか!? いくら討伐のためとはいえ、無茶が過ぎます」


「いえ、大丈夫です」


 透は、何でもないことのように言った。


「『再生能力』持ちなので」


 あっけらかんとした口調に、隊長は一瞬、言葉を失う。


「……なるほど。だから、あの距離で」


「囮役は慣れてます」


 透は軽く笑った。

 だがその目には、まだ戦闘の熱が残っている。


「協力感謝します。後処理はこちらで行います。とりあえずお送りします」


「ありがとうございます」


 空は、もう明るい。

 朝日が昇り始めている。


 黒煙の向こうで、巨大な翼竜の亡骸が静かに緑化を始めていた。


 早朝の霊獣討伐作戦は――これにて終了。


 だが、透は一度だけ振り返る。


(……竜じゃなかったか。まあでも古代種とやれるだけでも万々歳か)


 わずかに残念そうに。

 それでも、ほんの少しだけ嬉しそうに。


*****


「これで満足ですか?」


 戦場から数メートル離れた高台で、井戸川静が淡々と問う。

 その隣で、朔夜千歳はゆるく扇子を閉じた。


「ええ。些か物足りませんが……十分ですわ」


 視線は、軍用車両に乗り込む透へ向けられている。


「私《わたくし》が見(・)た(・)い(・)と申しましたのですがまさか」


 風が吹き、朝日が彼女の横顔を照らした。


「……変異種が出るとは思いませんでしたが」


「ええ。プテラノドン型への進化。適応速度も高い」


 井戸川が簡潔に分析する。


「それを拘束し、連携火力へ繋げる判断。単独突入も含めて――」


「合理的ですわね」


 千歳の瞳が、わずかに細まった。


「黒神透。もう少し観察いたしましょう」


 その声音には、好奇心と興味、そしてほんのわずかに――

 確(・)信(・)が混じっている。

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