10話 一日目 その4
『――以上で、『シューティング・ソニック』はすべて終了しました。新人戦では明星学園が一位を獲得しましたが、一般戦では国能附の選手二名がともに決勝進出。その結果、現時点での総合順位は国能附が第一位となっています』
実況と解説が言葉を交わしながら、モニターに成績が映し出される。
一位 『国立能力統合教育大学附属学園』
二位 『私立明星学園高等部』
三位 『国立北辰能力専門高等学校』
四位 『国立天津能力科高等学校』
五位 『私立弦月学園高等部』
六位 『私立業天学校第三等部』
『続きましては、『ロングレンジ・スナイプ』。新人戦、一般戦ともに、十五時より競技開始となります』
そのアナウンスを聞きながら、涼菜は小さく息を吐いた。
苦悶というほどではないが、決して軽くもない表情である。
「まさか、私たちが二位スタートになるとはね。出鼻を挫かれた感じだわ」
「……ごめんなさい」
乾が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいえ。あなたも二位を出してくれたのよ。
十分すぎる結果よ」
涼菜はそう言って、静かに首を振る。
「次は、ウチが頑張ります」
飯塚姫花が勢いよく手を挙げ、大きな声で宣言した。
「ええ、お願いね。……でも、あまり気負わないこと」
「はいっ!!」
元気な返事が控え室に響く。
「ほら、新人がここまで言ってるんだ。お前らもシャキッとしろ」
天音が、『ロングレンジ』に出場予定の三年生たちの肩を、順に叩いて回った。
「いやぁ、姉御ォ……頑張りますけど、正直プレッシャーが」
「そうですよ、委員長。私たち、かなり重圧感じてますし……」
二年で風紀委員会副委員長を務める地水弓華が、やや拗ねたように続ける。
「それに委員長は明日なんですから、今日はもう休まれたほうが……」
何を言っているのだ、という顔で彼女は首を横に振った。
「みんなが頑張っているんだ。アタシが休んでどうする」
それ以上誰も何も言えない。
*****
観客席にて、透は間もなく始まる『ロングレンジ・スナイプ』の新人戦予選を眺めていた。
遠距離に並ぶ標的群と、風向きを示すホログラム表示が淡く揺れている。
「隣、いい?」
背後から、不意に声がかかった。
「……ッ!?」
反射的に振り返る。
そこに立っていた姿を見て、透は一瞬、言葉を失った。
「……紗衣陽」
「さっきぶりだね」
彼女は当然のように隣へ腰を下ろし、視線をフィールドへ向けたまま続ける。
「アンタ、インタビューに追われてたみたいだけど、大丈夫?」
「なんとか巻いたから問題ない」
透も前を向き直した。
視界の端で、次々と選手が配置につくのが見える。
「ふぅん。でも、決勝で勝ったら同じことになると思うよ」
「えー、面倒だな」
心底、嫌な顔をして、その顔を見て紗衣陽は小さく呟く。
「……いや、そうはならないか」
「はっ? なんでそうならないんだ?」
その問いに、彼女はようやく視線を向けた。
短く整えられた髪の下、迷いのない瞳が透を射抜く。
「だって、あたしたちが優勝するから」
「……言ってくれるねー」
透はその挑発に笑みを浮かべる、そして再びフィールドへ視線を戻した。
試合が開始される。
とはいえ、二人とも自分の学園の選手が出場していないせいか、フィールドに向ける視線はどこか散漫だった。
乾いた発砲音と着弾音が、規則正しく響く。
観客席の前方では真剣な空気が張りつめているが、二人の周囲だけが、少し浮いたような間を保っていた。
「そういえばさ」
透が、何気ない調子で口を開く。
「なんで今日は、この辺を彷徨いてるんだ?」
「あぁ」
紗衣陽は、視線を向けたまま答える。
「仲のいい先輩と、友達が試合に出るから。それの応援」
「お前が、応援ねー」
思わず漏れたような透の言葉に、紗衣陽がぴくりと反応した。
「は? バカにしないでよ」
彼女はちらりと睨みを向ける。
「友達くらい、普通にいるでしょ」
「へぇ?」
「……なにその顔」
数秒間を置いて、今度は逆に問い返してきた。
「そういうアンタこそ、いるの?」
「いや、まぁ――」
言いかけたところで、紗衣陽の視線がふっと横に逸れる。
「……さっき、一緒にいた女の子」
その声色が、わずかに変わった。
「まさか……彼女?」
「いや、フツーに友達だよ。付き合ってない」
「だよね……アンタが彼女なんて」
試合終了のブザーが鳴り響く。
直後、会場が大きく沸き立った。どうやら弦月の女子選手が、すべての的の中央を撃ち抜いたらしい。
「凄いね。あたしの能力と性質じゃ、長距離は無理だし」
「そうだな。お前には無理だな」
「言い方。まるで自分なら出来ます、みたいじゃん」
「事実だ」
透が当然のように言い切ると、紗衣陽は汚物でも見るかのように目を細めた。
「……ホント、そういうとこ大ッ嫌い」
「へいへい」
軽く受け流す透を尻目に、次の選手たちが入場し、準備を始める。
そこに並んだのは、明星と国能附の選手だった。
「そっちの男の選手、どんな人?」
「詳しくは知らん。ただ、遠距離狙撃に関しては相当だって話だ」
「ふーん」
紗衣陽は頬杖をつき、気のない相槌を打つ。
そのとき、国能附の女子選手がこちらに気づき、露骨に驚いた表情を浮かべた。
「あれが、さっき言ってた友達だな。随分と愉快そうな人だ」
「そうだけど……何やってんの、アイツ」
明らかに試合に集中していない様子に、紗衣陽は思わず立ち上がる。
「ちょっと! ちゃんと集中しなさい!」
一拍置いて、追い打ちのように叫んだ。
「じゃないと、メシ奢らないよー!」
その声が届いたのか、今度はしっかりと選手は集中を取り戻す。
「まったく……あの子は」
小さく息を吐き、席に腰を下ろした。
その声音には呆れと、ほんのわずかな安堵が混じっている。
「とりあえず……これは勝ったか」
透はニヤッと口元を緩めた。
「それは、分からないよ」
選手たちが構え、数秒の静寂ののち、合図が鳴った。
一斉に引き金が引かれる。
狙うは的の中心――中央を射抜けば、得点は最大。
両選手とも、ほとんど寸分違わず、的の中央を撃ち抜いた。
そして、最後の十キロ。
ほぼ同時に二つの穴は、どちらも正確に中心を捉えている。
審査が入った。同点の場合、勝敗は狙撃タイムで判定される。
……数分間の審査。
その間、誰一人として言葉を発さなかった。
観客も、選手も――そして、透や紗衣陽でさえ。
電子音が鳴り、審査結果が確定する。
一瞬の間。
次の瞬間、巨大モニターに判定が映し出された。
――勝者、天ヶ瀬日菜。
国能附の選手であった。
わずか、〇.〇二秒。
狙撃タイムの差だった。
会場が、遅れて爆発する。
歓声とどよめきが渦を巻き、観客席を飲み込んだ。
「……ほらね」
紗衣陽は、肩をすくめて小さく笑う。
「言ったでしょ。分からない、って」
「やるねぇ、二人とも」
(うちのところは波動弾だが……あそこまで正確に、しかも安定して長距離を飛ばせるとは。それが出来るのは、軍でもそう多くはいない)
透は目を細めた。
(そして、あの女――能力は『貫通』か。単純だが、影響距離が異常だな。つまり勝敗を分けたのは発動速度か)
爛々とした光を宿した瞳で、透は能力の痕跡をなぞる。
――『魔眼』による分析だった。
試合終了後、天ヶ瀬日菜は結果を待つこともなく、足早に会場を後にする。
その背中を見送りながら、紗衣陽は小さく息を吐いた。
「あぁ……これ、あの子。たぶん――」
言葉を切り、苦笑する。
「こっちに来るな」
そう言った直後、観客席の通路の向こうで、人影が立ち止まった。
「さいちゃんが男の子と一緒にいるッス!」
次の瞬間、弾かれたような声が響く。
人影は息を荒くしながら、こちらへ一直線に駆けてきた。
周囲の視線などまるで気にしていない。
どうやらさ予想は、的中したようだ。
「日菜、ち、違うのよ!」
間髪入れず、座ったまま紗衣陽は慌てて身を乗り出す。
「そう、コイツは昔からの腐れ縁! ただの顔馴染みよ、ホントにそれ以上でも以下でもないから!」
「それって、いわゆる幼馴染じゃないッスか? なんで教えてくれなかったッスか?」
「……そ、それは……」
その光景を、透はあえて口を挟まず、ただ傍観していた。
――が、視線を向けたままでいることに、日菜はすぐ気づく。
「初めまして。私、天ヶ瀬日菜って言いまス。さいちゃんとは高校から仲良くさせてもらってますッス」
「あぁ、よろしく」
反射的に手を差し出すと、次の瞬間、その手を思いのほか強く握られた。
「『シューティング・ソニック』、すごかったッスね。ウチは安泰だろって言われてたのに……本当に。尊敬しまス」
目を輝かせ、真っ直ぐな尊敬の眼差しを向けてくる。
「ありがとう。……とりあえず、これからもアイツと仲良くやってくれ」
「はい!!」
「なんでアンタに、そんなことを言われなくちゃいけないのよ」
紗衣陽は、本気の殺意をそのままぶつける。
だが、透はそれを軽く受け流していた――その時。
「透!?」
不意に名前を呼ばれる。
声のした方へ視線を向けると、そこにはアリスの姿があった。
「アリス、一体なんの用事だ?」
女の子に囲まれている状況など、まるで気にも留めていない様子で、彼女は淡々と言う。
「会長が探していました。とりあえず、控え室に来てください」
「あぁ、わかった。今向かう」
そう言って立ち上がると、透は振り返ることもなく、ただ一言だけ残す。
「それじゃあ、また今度」
その背中を、二人は並んで見送った。
「……NTR?」
「は? ぶっ殺すよ、アンタ」
今度は、日菜が真正面から殺意を向けられる。




