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7話 一日目 その1

 七月上旬、午前九時。


 日本軍が演習に使用する広大な訓練地が、この日だけ大会会場として開放されていた。

 まだ朝靄《あさつゆ》の残る草原に、仮設ステージと観客席が整然と並ぶ。

 ここで、六極戦の開会式が行われる。


「えー、ただ今より――第二十五回、全日本能力学園総合競技大会の開会式を開始いたします」


 会場に設置された拡声器越しの声が、早朝の演習地へと響き渡る。

 壇上に立つのは、大会実行委員会委員長。

 能力研究開発部所属、代表責任者――高砂《たかさご》凌一郎《りょういちろう》。

 淡々とした口調。しかし、その一言一言には場を統べる重みがあった。


「本大会は、かつて数年に一度の開催でしたが、ここ十年は毎年行われています。実行委員会としても、感慨深いものがあります」


 一度言葉を切り、高砂は整然と列を成す選手たちをゆっくりと見渡す。


「しかし近年、霊獣の出現件数は増加傾向にあります。不安を覚える者もいるでしょう。それでも――未来ある若者を守るために。そして皆さん自身が未来を切り開く存在となるために。

 この一週間で、その成果を示してください」


 締めくくりの言葉に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


「続きまして、選手宣誓。

 代表は私立明星学園高等部リーダー、七瀬涼菜。

 そして、国立能力統合教育大学附属学園リーダー、雨野《あまの》俊哉《しゅんや》」


 名前が読み上げられると、会場の視線が一斉に二人へ集まる。


「「はい!!」」


 短く応じ、二人は並んで壇上へ上がる。

 背筋を伸ばし、正面を見据えたまま右手を胸に当てた。


『『選手を代表して宣誓いたします』』


 涼菜の澄んだ声が、広い会場に響く。


『私たちは本大会の規則を遵守し、正々堂々と競い合い』


 雨野が引き継ぐ。


『この能力《ちから》を未来のために用いることを、ここに誓います』


 静まり返っていた会場に、再び大きな拍手が湧き起こる。


 宣誓が終わると、壇上には再び実行委員会の関係者が並んだ。


 続いて紹介されたのは、本大会を支援する協賛団体と来賓たち。


 軍の能力研究部門、人工心器開発企業、各種研究機関――この大会が単なる学生競技ではなく、国家規模の事業であることを改めて印象づける顔ぶれが、順に読み上げられていく。


 透はその説明を半ば聞き流しながら、周囲へ視線を巡らせた。

 各学園の選手たちは、それぞれの表情で壇上を見つめている。


 緊張を隠せない者。

 高揚を抑えきれない者。

 すでに戦場を見据えたような目をした者。


 七日間。

 勝敗も、評価も、未来の進路さえ左右する時間。


 やがて紹介が終わり、実行委員長が再びマイクを取る。


「以上をもちまして、開会式を終了いたします。

 第二十五回全日本能力学園総合競技大会――開幕です」


 その言葉と同時に、会場は拍手と歓声に包まれた。


*****


 透は明星学園の待機室で、椅子に深く腰掛けたまま目を閉じていた。

 騒がしいはずの会場の音も、どこか遠い。


「おい、まさか寝てるとかじゃねぇよな」


 呆れた声で、亮太が声をかける。


「な訳ねぇだろ」


 透は目を開き、軽く睨み返すと立ち上がった。

 抗議するように鼻を鳴らし、荷物の中から競技用のハンドガン型の人工心器を取り出す。


 その瞬間、電子掲示板に文字が走り、会場全体にアナウンスが響いた。


『それでは、最初の競技を開始します。

 第一競技――『シューティング・ソニック』新人戦、予選を開始します』


 淡々とした声が、広い会場に反響する。


『出場選手の皆さんは、競技開始五分前までに射撃場エリアへ集合してください』


「透さん、ちゃんとしてくださいね。ただでさえ貴方、練習にあんまり来なかったのですから。しかも予選第一回戦ですよ」


 釘を刺すように御沙希が言う。


「大丈夫だよ、委員長。サクッと勝ってくるから」


 透は肩を竦め、気楽そうに笑い。

 ひらりと手を振り、そのまま射撃場エリアへ向かって歩き出した。


「全くもう……」


 御沙希は頭を抱え、ため息を漏らす。


 それを見て苦笑する者もいれば、あの飄々とした態度に「なんだあいつは」と言いたげに、訝しげな表情を向ける者もいた。




 人工心器の検査を終え、射撃場エリアへ向かう。


(学園で支給されてるヤツだっていうのに、意外と時間かかったな。生真面目すぎだろ)


 思った以上に足止めを食らい、少しげんなりしながら通路を進む。

 そのとき、ふと視界の端をよぎる人影があった。


(……アイツ)


 反射的に足を止め、顔を向けて周囲を見回す。

 だが、その姿はすでに人混みに紛れて消える。


(まさか……いや)


 すぐに首を振り、時間を確認した。


(まあいいか。今は時間がない)



 会場に姿を現した瞬間、観客席から大きな歓声が湧き上がる。

 その中には、ひときわ騒がしい一角があった。

 カイトたち応援団が、声を枯らしながら必死に声援を送っている。


 それを捉え、口元が緩んだ。


(……意外と、悪くないな。応援されるってのは)


 射撃場は、軍の演習施設を転用した専用エリア。

 流れ弾や能力の余波が観客席に届かないよう、見えない形で幾重もの安全設計が施されている。

 だからこそ、選手は一切の遠慮なく引き金を引く。


 フィールド中央に、三人の選手が横一列に立つ。

 それぞれが構えるのは、銃型の人工心器。

 形状も調整も異なり、個性がそのまま表れていた。


 ――ビィッ


 乾いた電子音が鳴った瞬間、射出機が唸りを上げ、無数のクレーが三次元的に空へと解き放たれる。


 上下左右、奥行きすら定まらない軌道。

 反射神経が試される前に、判断力が問われる配置だった。


 透は、迷わない。


 引き金を引いた、その刹那。

 空中に雷球が生成される。

 球体を中心に、放射状の雷が一気に弾けた。


 轟音。

 破裂音が重なり、視界に無数の光点が散る。

 クレーは砕けていた。

 触れたものから順に、完全破壊されていく。


 選手の中央に立つ透は、視線だけを右隣へと流した。


 右隣の男の選手も『雷属性』の能力者らしい。

 連射による放電で押し切る算段だったのだろう。

 だが、隣の光景に焦ったのか、彼は無理に雷球を生成した。

 ――失敗だ。


 雷球は不安定に揺らぎ、放電も散漫だった。

 威力は足りず、雷は狙いとは無関係な方向へと流れていく。

 クレーはいくつも軌道を変え、撃ち漏らされていった。


 射出音を聞き視線を戻し今度は連射する。

 射出されるクレー一つ一つに、正確に雷槍が突き刺さった。

 軌道を読み、距離を測り、迷いなく撃ち抜く。

 三次元に散るクレーは、次々と完全破壊されていった。


「なっ……!?」


 右隣から、思わず漏れた唖然の声。

 だが透は気にも留めず、今度は左隣へと視線を向ける。


「はぁああ……」


 短く息を吐きながら、女選手が能力を展開していた。『風属性』。

 発生させた気流でクレーの動きを制限し、

 流れを乱し、叩き落とす戦法だ。


(制御型か。面白い)


 だが、それでも――透の指は止まらなかった。

 最後の射出音が鳴る。


 刹那――透は引き金を引き、出現した雷球は、先ほどのものよりも一回り大きかった。

 膨張する間もなく、即座に放電。


 閃光が走り、空間を裂くような稲妻が広がる。

 逃げ場はない。

 飛び散っていたクレーは、一つ残らず完全に破壊された。


 ――ブザーが鳴る。


 試合終了。

 満点、三百。

 その数字を叩き出したのは、透ただ一人だった。


 一瞬、会場が静まり返る。

 まるで今起きた光景を、全員が理解しきれていないかのように。

 次の瞬間――

 割れんばかりの歓声が、射撃場を包み込んだ。


 両隣の選手は、力が抜けたようにその場でへたり込んでいた。

 透はそれを尻目に、何も言わず踵を返す。

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