2話 入学式前だというのに その2
「続いて面談がありますので、いくつか質問をさせていただきますね」
面談の内容は、主に透のパーソナルデータについてだった。
出身校や経歴、家族構成など、いくつかの質問が続き、そして――なぜ、ここまで能力値が高いのか。
透は、入学の際に提出した書類に書いた内容をなぞるように、あるいは当たり障りのない言葉を選んで答えていく。
ただ一つだけ、気になったことがあった。――家族について。
その話題だけは、やけに踏み込んで聞かれた気がする。
質問自体は他のものと大きく変わらない。
それでも、妙に引っかかった。
透としては、正直あまり触れてほしくない部分だった。
「そういえば何故、あなたはこの学園に?」
何気ない口調。
だが視線はまっすぐで、逸らさない。
それまでの質問とは、わずかに空気が違った。
答えの内容そのものを確かめるというより、透がどう答えるのかを見ているように見える。
最後の確認――そんな響きだった。
「知り合いが理事長と懇意にしているらしくて。受けるだけ、受けてみろって言われたんです」
肩を竦めて、大した理由じゃないという風を装う。
「やりたいことをするには、高卒以上の資格が必要だとも言われましたし」
じっと見られて、投げやり気味に視線を逸らした。
問い詰められているわけではない。
それでも、透は妙な居心地の悪さを覚えていた。
「それにどうせ通うなら、普通の学校より実力主義の環境の方がいいかと思いまして」
そして、視線を正面に戻す。
「あとここなら、実技のレベルも高いですし。もしかしたら、今よりは強くなれるかもしれない……と思いました」
「……なるほど」
少女教師はしばらく透を見つめたまま、沈黙した。
透も何も言わず、その視線を受け止める。
疑うでもなく、納得するでもなく。
ただ、答えの裏側まで探るような目だった。
……やがて、小さく息を吐く。
「向上心のある方は、嫌いではありませんわ」
彼女は柔らかく微笑む。
「この学園は、強くなりたい方を歓迎しておりますもの」
その声音は穏やかであるがどこか、決定事項のようでもあった。
まるで、透がここへ入学することをすでに決めているかのように。
「再試験、きちんと受けてくださいまし。そうすれば、あなたの席は――こちらで用意いたします」
一通りのやり取りが終わり、ようやく空気が緩む。
張り詰めていたものがほどけ、透も小さく息を吐いた。
――逃げ道が、最初からなかったことに気づかないまま。
「本日の用件は以上ですわ。面談と、再試験の告知。それから――実際にお顔を拝見しておきたかった、それだけですわ」
そう言ってから、彼女は静かに書類をまとめる。
一枚ずつ紙を揃える仕草まで妙に丁寧で、最後まで隙がない。
「この後は、別の方をお呼びしておりますので。次は、その方との面談になりますわ」
思い出したように彼女が付け加え、
「ちなみに……この後お会いするのは、入学試験の総合順位一位の方ですわ」
その一言で、透の意識がわずかに引き寄せられた。
「筆記試験は一位。実技試験は二位」
「……へぇ」
思わず、声が漏れる。
ほんのわずかな反応だった。
その反応を見逃さず、少女教師はくすりと笑った。
僅かな興味を持ったことを、完全に見抜かれている。
透は内心、感心せざるを得なかった。
目の前の彼女は随分と人を見抜くことが上手いようだ。
「アンタ……一体何者なんだ?」
思わず口をついて出た言葉だった。
少女教師の手が、書類を纏める動きを止める。
その質問を受けて、一瞬だけ目を見開く。
どうやら、そう聞かれるとは思っていなかったらしい。
「……あら」
すぐに、くすっと小さく笑う。
「これでも私、結構有名人のつもりでしたのだけれど」
肩を竦め、軽く息を吐いた。
「まあ、よいでしょう」
スカートの裾を軽くつまみ、優雅に一礼する。
「初めまして、新入生さん。私はこの私立明星学園の理事長、朔夜千歳と申します」
一瞬の間。
「無事、再試験に合格なさった暁には……これから、どうぞよろしくお願いしますわ」
その仕草は見た目通りとは言い難いほど洗練されていて、また先ほどまでの教師という立場とは、明らかに空気が違っていた。
透は、目の前にいる人物を改めて見る。
朔夜千歳は、そのまま踵を返す。
「では」
それだけを残し、彼女は優雅な足取りで指導室を後にした。
扉が閉じる。
残された透は、しばらくその扉を眺めていた。
――そして。
「……もしかして、とんでもないヤツに目ぇつけられたか?」
小さく呟き、がしがしと頭を掻く。
「再試験、ねぇ……」
一瞬だけ考えた。
白紙で出した筆記試験を、今度はきちんと受けなければならない。
面倒なのは間違いない。
(……入学取消しは面倒だ。それに、もしかしたらここは悪くない環境かもしれない)
透は口角を上げる。
(それに強いヤツがそれなりに、いるだろうしな)
さっき聞いた総合順位一位の存在が、頭の片隅に残っていた。
「……まあ、やるか」
覚悟というほどでもない。ただの選択だ。
透は指導室を出ると、スマートフォンを操作しながら廊下を歩き出す。
画面へ視線を落としながらも、その足取りに迷いはない。




