3話 アリスvs透
その日、放課後。
アリスと黒神透は第五校舎、能力訓練場に足を運んでいた。
「都合よく、六極戦のために練習がしたいって言ったら、すんなり使用許可が降りたな」
透は肩を竦めながら、周囲を見回す。
「そうですね……それで、どうしてここに来たのですか?」
アリスが問いかけると、透は一瞬だけ考える素振りを見せた。
「ん? あぁ稽古するにしても、結局はお前の全開の能力と戦闘技術を知らないと意味がないだろ。だから一度、本気でかかってこい」
あまりにもあっさりした言い方。その言い方にアリスは一瞬だけ視線を細める。
「……なるほど」
「あぁ。俺はいつも通り、じっくり対処してやるよ」
そう言う透の口元は、僅かに緩んでいた。
「その割には、楽しそうですね。……まあ、いいです」
アリスはじとり、とした目で指摘するが、小さく息を吐き、気持ちを切り替え、
「では、行きます」
そう告げると同時に両手に鍔のない両刃剣が展開される。
静かな気配の中に、鋭い殺気が混じった。
踏み込む。一直線に、躊躇なく。
右手の剣が透の胸を正確に捉えた。
能力による身体強化が、瞬間的な超加速を生む。
無駄のない剣筋。狙いは明確で、迷いはない。
透は一歩も動かず、その一撃を、刀一本で受け止めた。
止められたと理解した瞬間、アリスは踏み込みの勢いを殺さぬまま、体軸だけを捻る。
左手の剣が、追撃として閃いた。
だが――
透は受け止めた刀をわずかに傾け、右手の剣を滑らせるように外す。
そのまま一歩、前へ。
左手の両刃剣の剣身を、正確に叩いた。
衝撃が直接、手首へと伝わる。
鍔のない剣ゆえの弱点。
結果、アリスは一瞬、無防備になる。
その隙を、透は逃さない。
切っ先が一直線に伸び、突きが放たれた。
「……ッ!?」
反射的に、全力で能力を発動する。
防御に全てを回し、無理やり突きを止めた。
――間一髪。
すぐさま距離を取り、体勢を立て直す。
今度こそ、と再び胸を狙う。
連続する斬撃。流れるような動き。
それはもはや攻撃ではなく、剣舞と呼ぶべき技だった。
しかし――
透はそれらすべてを、最小限の動きで受け止め、受け流し、対処していく。
(速い――そして、剣技も十分に強者だな)
透は内心でそう評価し、口角をわずかに上げた。
「んじゃあ、俺も能力を使うから、しっかり耐えろよ」
軽い調子とは裏腹に、その言葉には本気の響きがあった。
次の瞬間、透は手にしていた刀を上空へと放り投げる。
反射的に、アリスは視線でそれを追ってしまった。
――その一瞬が、判断の遅れを生む。
気づいた時には、透の手にはすでに銃が握られていた。
引き金が引かれ、雷光が一直線に走る。
「っ――!」
紙一重で回避。
アリスはそのまま照準を定めさせないよう、壁や床を蹴り、ジグザグに跳ね回る。
だが、透は追撃を躊躇しない。
もう一丁、銃を展開。
雷を凝縮した塊――雷球を放つ。
アリスは最高速で天井へと駆け上がった。
天井を蹴り、反転。
今度は透の背中を狙う。
「放電」
低い声と同時に、透を中心に数メートルの範囲で雷が解き放たれた。
直撃。衝撃が全身を駆け抜ける。
「……っ!」
だが、決定的ではない。
威力は意図的に抑えられている。アリスの能力なら、数分で回復できる程度だった。
「……あい、分かった」
「……分かった、ですか?」
攻撃を止め、透はそう呟いた。
アリスは息を整えながら、戸惑いを隠せずに問い返す。
「簡潔に言うぞ。能力は、自分で理解しろ」
透は銃を下ろし、淡々と続けた。
言い切りの口調に、アリスは背筋を正す。
「さすがに『聖属性』に関しては、俺に知識も見聞もない。だから、教えられることはほとんどない。……だがな」
困ったように頭を掻きながら謝った。
けれどニヤリと口角を上げながら続ける。
「同じ能力の持ち主でも、戦い方や才能次第で、伸ばすツリーは変わる。お前の戦い方を見る限り、一番相性のいい方向は見えてる」
アリスは、思わず唾を飲み込んだ。
「……それは、一体なんですか」
「簡単だよ。猪突猛進だ」
数秒の沈黙の後、言葉の意味を測りかねたアリスは小さく瞬きをした。
「……猪突猛進、ですか」
「ああ見た限り、速さと剣技はもう十分だ。いや、剣舞と言っていい。今までの授業や模擬戦から判断して、『聖属性』は身体能力、防御力、回復力が売りの能力だ」
理屈として、否定できない。
アリスは黙って耳を傾ける。
「なら、お前の速さと剣技――剣舞を活かして、前に出ろ」
「……〈砲撃〉も、使えます」
思わず、抗議の言葉が口をついて出た。
一瞬だけ、透はアリスを見る。
「だからこそ、砲撃があるからこそ、近接をもっと伸ばせ」
透は、はっきりと言い切った。
「お前は速い。剣技もある。そこに防御と回復が乗る『聖属性』だ。近接で詰めて、相手に判断を迫る。その上で――」
透は指を鳴らした。
「退いた瞬間、砲撃を叩き込め。近接か砲撃か、じゃない。両方だ。近接を主軸に、砲撃を切り札として使えるようになれ。それが、お前に一番噛み合う戦い方だ」
淡々とした声だったが、そこに迷いはない。
そして、少しだけ声を落としながら指先で、空をなぞった。
「心器に力を載せる時、闇雲に載せるな。確かに威力は上がるが、すぐにバテる。剣型なら――紙みたいに薄く、鋭くをイメージしろ」
さらに続けて、
「〈接続〉は、何もない空中でもできるようになれ。そうすれば、選択肢が一気に増える」
アリスは静かに息を吸い込んだ。
これは命令ではない。評価でもない。
――これから戦場に立つ者同士だからこその、実践的な助言だった。
「……まあ、以上だな」
透は一息つくように呟く。
「あとは、やっていくうちに分かるだろ。それで、何か質問とかあるか?」
アリスは汗を拭い、近くにあった壁際に腰を下ろした。
それを見て、透も釣られるように同じように座わる。
校舎の窓から差し込む夕日が、訓練室の床を赤く染めていた。アリスは窓の方に視線を向けながら尋ねる。
「質問、というわけではないんですけど……聞きたいことが、ありました」
「何だ?」
透はわずかに首を傾げ、アリスに視線を向けた。
「貴方と――〔黒騎士〕との関係を、知りたいです」
空気が、わずかに変わる。
視線をアリスに向けて逸らさずに眼を細めて、問い返した。
「……そう言うお前は? 一体、何者を探しているんだ?」
(……また、誤魔化されました。ですが、こちらから情報を出せば、何か返ってくるかもしれません)
アリスは少し思案した後。正直に答えることにする。
「……分からないんです」
「……は?」
透が、思わず声を漏らす。
「名前も、顔も知りません。会ったのは……あの日、一度きりですから」
「名前も顔も知らない相手に、そこまで強くなろうとしてるのか」
透の声音に、呆れが混じる。
アリスは視線を伏せたまま言った。
「……笑ってくれていいです。呆れても、構いません。手がかりなしで、それでも会いたいってことか」
影を掴もうとするような行為。
その表現があまりにも的確なほどアリスのやろうとしていることは無謀であった。
小さく、だがはっきりと言う。
「……それでも、です。それに、手がかりが全くないわけじゃありません」
「……それは、なんだ?」
「その人の、格好です」
アリスは、記憶を辿るように語り始めた。
「雪が降る日、あたり一面真っ白な森の中で、父は倒れていました。その人はその近くに佇んでいました。その時の格好が、顔まで覆う白いヘルメット。それに真っ白なロングコートを着た、長身の人でした」
「……なんだ、それ」
透は眉を顰める。
「分かりません。ただ、私の記憶の中では、そういう姿だったんです。しかも、一瞬でしたので些か曖昧なんです。そんな感じの人がいたような気がした。それだけです。でも雪の日に、わざわざそんな格好をしますか?」
透はその特徴的な格好を聞いて、顎に手を当て考え込んだ。
「顔まで覆う白いヘルメットに、白いコート……。迷彩のつもりか? ……いや、それにしても異様だな」
「……どうしたんですか?」
透は答えず、低く何かを呟きながら思考を巡らせていた。
「……まさか……いや、確かに、あの時も……」
独り言のような言葉が続く。
アリスはその様子を不思議そうに見つめ、意を決して問いかけた。
「ここまで話したんです。少しくらい……教えてくださっても、いいじゃないですか」
透は、はっとしたように顔を上げた。
だが、すぐに視線を落とす。
「ああ……すまない。とはいえな。言えないことと、言いたくないことだらけなんだ。俺と――ヤツのことは」
「……そうですか」
アリスはそれ以上、踏み込まなかった。
「まあ、いいです。会えたら……分かるかもしれませんから」
その言葉に、透は少しだけ表情を歪める。
申し訳なさが勝ったのか、ぼそりと呟いた。
「……俺の身内なんだ。アイツは」
アリスが顔を上げる。
「……身内、なんですか」
アリスはその言葉を、反射的に繰り返した。
意味より先に、感情が追いつかない。
透はそっぽを向いたまま、続けた。
「悪いが……今は、それしか言えない」
それ以上、言葉は交わない。
互いに何かを考えながら、アリスと透は並んで第五校舎を後にする。
夕暮れの校舎に、足音だけが静かに響いていた。
そのまま二人は、無言のまま帰宅する。




