33話 二人の復讐者
「……ん、あ?」
透はゆっくりと目を開けた。
白い天井。消毒薬の匂い。機械音が微かに響いている。
(……病院、か)
透は感覚を取り戻すために、掌に波動の塊を生成した。
小さく淡い、波動の塊が掌に浮かぶ。
能力者の波動は睡眠と食事で回復するのだ。
基本的に枯渇寸前まで使えば、完全に回復するのに二十四時間以上かかる。
透の感覚では約八割ほど使用したのだが、完全回復した感覚があった。
(丸一日寝てれば、元に戻るか)
身体を動かそうとして、視界の端に人影が入る。
ベッドの脇の椅子に腰掛け、腕を包帯で固定した亮太がいた。
「何だ、生きてたのか」
「そっちこそな。まだ起きねぇと思ってた」
透は喉の奥で小さく息を鳴らした。目を覚ましたばかりの身体には、まだ気怠さが残っている。重たい腕でベッドを押し、ゆっくりと上半身を起こした。
「それで……わざわざ俺が起きるまで待ってたってことは、何か用か?」
「まあな。丸一日寝てたから、報告が溜まってる」
「めんどくせぇな……もう一回寝ていい?」
「寝るな。お前も軍部の人間だろ」
亮太は呆れたように息を吐いた。
せっかく目を覚ましたと思ったら、いきなり寝直そうとする。
そんな怠惰な透に亮太は、額に手を当てたくなる衝動を覚えた。
「それに今回は無関係じゃない。ちゃんと聞け」
そう言ってポケットから端末を取り出し、画面を操作しながら報告を始める。
「今回の事件の首謀者は不明。【滅神派】のテロリストについては、確認できている限り全員死亡している」
端末を親指で弾き、次のページへ。
「ただし、関与している逃亡者がいる可能性も考慮して、いくつか捜索班を編成中だ。……もっとも、無駄骨になるだろうがな」
「それでアイツらと【滅神派】の繋がりは?」
亮太は端末を操作しながら淡々と続ける。
透の問いに、亮太は一瞬だけ端末から視線を外して目を細めて。
「それも不明。藤林からの証言以外、裏は取れてない。そもそも雇い主自体が影も形もない」
「……都合よく何も分からないわけだ」
吐き捨てるような透の呟き。透は倒れるようにベッドに体重を乗せる。そしてそんな透につられる形で、亮太は小さく肩を竦めた。
「全くだ。それに捕縛した“G”、“H”、“I”についても、首謀者に関する有益な情報は今のところ無し。捜査は難航してる」
「……俺が“E”と“F”を殺したのは、やっぱ不味かったか?」
透は枕に頭を預けたまま、ぼそりと呟く。その声には、彼には珍しく後悔が滲んでいた。
亮太はそんな殊勝な態度に面食らうが、一瞬だけ視線を逸らし、続ける。
「その件についてはな……。お前を快く思ってない派閥からは、案の定、抗議が来てる」
「だろうな。いつものことだ」
「だが、『波動痕跡を辿る能力者』の報告と、現場記録を読む『読心能力』の証言が揃った」
端末を閉じ、はっきりと言い切る。
そして亮太はタブレットを仕舞って、真っ直ぐ透を見つめ姿勢を正しながら。
「正当防衛かつ、やむを得ない排除だってさ。公式にはな」
「つまり?」
「せいぜいやり過ぎだって、嫌味を言われる程度だ。つまりお前は、今回も仕事をしただけって扱いだよ」
「へいへい。今後は気をつけますよー」
透は軽く手を振り、まるで反省していない態度を見せる。だが、すぐに何か気付いたのか視線を窓に向けながら尋ねた。
「しかし、手際がいいな」
「今回の件の担当は静さんだ。あの人なら、こういう事後処理はお手のものだ」
「……そうだな」
透は桜が散り、夏の季節へ変わりつつある病院の木を見ながら呟く。
カーテン越しに差し込む淡い光が、白い壁を静かに照らしていた。
「……で、アイツらは?」
透が友達の安否を気にする様子を見て、亮太は一瞬あんぐりと口を開けた。
だが、すぐに我に返り、咳払いを一つする。
「全員、だいたい一週間くらいの入院だな。ああ、それと――」
「それと?」
「俺たちが助かったって聞いた瞬間、ゆかちゃんが安心しすぎて失神したらしい。そのまま丸一日寝込んでたってさ」
「……そうか。全員、生きてたんだな」
安堵のような優しい声が、病室に響いた。
亮太は目を丸くした後、周囲を軽く見回しながら続ける。
「当たり前だろ。ここは軍人御用達、この国で一番の病院だぞ。まあ、いちばん重症なのはアリスちゃんだな。面会途絶の二週間くらいってところだ」
「……そうか」
透の表情が、わずかに緩む。
それを見て、亮太は心の中で思った。
(こいつにも、ちゃんと人間らしいところはあるんだな)
「とりあえず、奴らの準備不足が功を成したな。幸い俺たちの能力とか、実力について浅い知識しかないのが、俺たち全員生き残った理由だろうな。その雇い主は、一体何を焦っていたのか……」
「……」
亮太は軽い調子で説明を続けるが、透はそれに反応することなく、ただ黙って外を見つめる。亮太はそんな透を尻目に話題を変えた。
「それと――殺し屋が学園に紛れ込んでいた、って話がマスコミに出て、この二日間はそりゃもう大騒ぎだ」
「だろうな」
「けど、まあ時間の問題だ。じきに収まる」
呆れと、どこか畏怖の入り混じった表情で、亮太は少し声のトーンを落として朔夜千歳について話し始める。
「あの魔女の家系は、代々軍事の中枢だ。今はあの女は軍部にはいないが、それでも揉み消しも、書き換えも、いくらでも出来る。……EXランクの特権か、謎の権力があるとか、ないとか」
「……便利だな」
「笑えねぇよ。俺たち、とんでもないところに入学したのかもしれんな」
「ああ、そうかもな。……だが、それがいい」
その嘆きに、透は僅かに寝返りをうった。亮太へ横顔を向け、口角を上げながら答えた。
亮太は横顔を見て、思わず苦笑する。
どうやら透は、不安よりも期待のほうが勝っているらしい。
*****
その後、全員が無事に退院することができた。
一番最初に病院を出たのは、黒神透だった。
白い廊下を抜け、手続きを終えたあとも、彼の足取りは普段と変わらない。
桁外れの再生能力のおかげで、身体に残る違和感はほとんどなく、念のための一泊入院すら持て余していたほどだ。
病院の自動ドアを抜けたところで、透はふと思い出したように足を止めた。
「……ああ、そういえば」
ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作する。
「これで文句はないだろ」
そこには、ショッピングモールで撮られた一枚の写真――何気ない日常の一場面が映っていた。
短い文章を添え、送信する。
それだけだ。
数秒後、振動。
届いた返信は、そっけない一文だった。
――『合格』
透は画面を見下ろし、鼻で息を吐く。
スマートフォンをしまい、そのまま歩き出す。
それ以上、その件を気にする様子はなかった。
学園に登校するや否や、今度は別の意味で足を止められる。
「透くんんぅぅぅ!!」
ゆかが泣きながら飛びついてきたかと思えば、涼菜からは過剰なほどの心配を受けた。
またクラスメイトたちからは、遠慮のない質問が次々と飛んでくる。
「大丈夫だったの?」
「何があったんだよ」
「ニュース見たぞ」
透は曖昧に笑いながら、適当に受け流して応じた。
その際、入院中に亮太から釘を刺された言葉。
『余計なことは言うな』——その言葉を、ふと思い出す。
胸に留めたまま曖昧にやり過ごす、その時間だけが少し面倒だった。
五日後、茜と亮太が揃って学園に戻ってくる。
「……なんか、入院中より疲れてないか?」
「報告書と後始末のせいだ。察しろ」
亮太はそう言いながら、明らかにげっそりしていた。
傷自体は浅かったはずだが、どうやら回復を待つ間に仕事が山積みになっていたらしい。
さらに二日後、カイトが何事もなかったかのように登校してくる。
その様子を見て、ようやく全員が戻ってきたのだと実感する者も多かった。
そして――アリスが学園に姿を現したのは、皆が登校を再開してから一週間後のことだった。
その頃には、マスコミもすでに明星学園の話題を追わなくなっていた。
アリスが復帰した週の金曜日。
放課後、透は彼女に声をかける。
「……少し、話がある」
一瞬だけ、教室の空気が揺れた。
視線が集まり、ざわつきが広がる。
だが二人はそれを気に留めることもなく、自然な流れでクラスメイトたちを撒き、無人の教室へと足を踏み入れた。
扉が閉まる音だけが、静かに響く。
「元気そうで、何よりだ」
「はい。おかげさまで、もう大丈夫です。あの時は助けてくださり、ありがとうございます。それで……お話ってなんでしょうか?」
アリスは礼儀正しく頭を下げると、改めて透へ向き直った。
数秒の沈黙。
どう切り出すか、なんて言えばいいか口下手な透は少し考えた後。
「……あの時、お前言ってただろ」
やがて、透は静かに口を開いた。
あの時と言われ、アリスはきょとんと首を傾げる。
だが数秒考え込んだ後、はっとしたように声を上げた。
「あ……聞いていたんですね」
その瞬間、アリスの頬がわずかに赤くなる。
普段の彼女なら見せることのない、どこか気まずそうな表情だった。視線も透から外れ、窓の向こうへと逃げるように逸れていく。
「あの時は意識が朦朧としていて……ほとんど無意識で口にしてしまった言葉なんです。正直、少し恥ずかしくて……」
「それでもだ……。その話の詳細が、知りたい。それ次第で本当に、お前に稽古をつけてやる」
その言葉を聞いた瞬間、アリスは一度俯いて深く息を吐いた。
そして覚悟を決めたように、顔を上げ透を見据える。
「私は、ある人に会わなくてはいけないのです。その人に会って、復讐を果たさなければならない」
そう言って、彼女は自分の決意を告げた。
視線を透から外さず、しっかりと顔を見て。
「その人に復讐するには、強くなるしかありません。父を殺したあの人に会う、その日までは。だから……私に稽古をつけてくれませんか?」
自分の意思を。目的を。決意を。
熱を帯びた様子で、蒼い瞳に真っ直ぐ透を写しながらお願いする。
「やはりあの日、朦朧とした最中見た戦闘を忘れることはできません。貴方なら、私を強くできます。そう、確信しています」
その声に、迷いはない。
再び頭を下げて懇願した。
透はそれを聞き、ふっと小さく笑う。
「復讐……ね」
「なぜ、笑うのですか?」
アリスは、わずかに声を強める。
笑われたことが、不快に感じて思わず低くなってしまった。
自分の決意を訴えるように、思いを伝えるように叫んだ。
「滑稽で、無謀なことだという自覚はあります!! それでも!! 私は——」
「いや、笑ったつもりはなかった」
「では……どういうつもりですか?」
その叫びを制止するように、苦笑しながらアリスを宥める。その行動に怪訝な顔をしながら、この約一ヶ月間、気になっていたことを質問した。
「それに……貴方は、なぜそこまで強いのですか。そしてそれでも、まだそれ以上を求めるのですか?」
透は答えず、夕暮れに染まる教室の窓へと視線を向けた。
再び沈黙が、数秒だけ流れる。
「俺も、同じだからだよ」
そして、視線をアリスに向けた。
「俺も、復讐者だ」
その声には、怒りも悲しみもない。
ただ、事実を告げるだけの温度。
「EXランク第二位――〔黒騎士〕」
そして、最後に、はっきりと言い切った。
「そいつを、殺したいのさ」
入学編が終了しました。
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