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32話 呼びし者は悪魔と相対する

「キサマ……どうやってここに侵入した。

 それに――“F”はどうした。

 まさか。そんな馬鹿な……。“F”がやられただと!?」


 矢継ぎ早に投げつけられる問いには、怒りと動揺が隠しきれず滲んでいた。

 想定外の事態を前に、“E”は冷静さを失いかけている。


「一気に聞いてくるなよ。うっさいなー」


 透はアリスをゆっくりと床に下ろした。そして矢継ぎ早に飛んできた質問を思い返し、面倒くさそうに頭を掻きながら説明を始める。

 

「えーと、まずどう入ったかだっけ? あの異空間が解除されたあと、俺は一回ショッピングモールに戻されたんだよ。で、まだ戦闘している空間を見つけて、少し眺めてから突っ込もうとしたら――」


 透はそこで一度言葉を切り、ちらりとアリスを見る。


「アリスがさ、ちょっといいこと言ってくれて……。それで、ついテンション上がっちゃって、勢いで波動を流し込んだら、ヒビが入ったんだよ。そしたら、そこに手を突っ込むと……中に入れたんだよ」


 子供のように無邪気に笑いながら、透は片手を掲げ、再現するように指先を動かした。

 頭を掻きながら、透は改めて“E”へと顔を向けた。


「それで“F”……ああ、藤林先生ね。いやー、強かったよ。久々に本気で苦戦した」


 “F”と呼ばれると、一瞬考える素振りを見せた。軽い口調とは裏腹に、目だけは笑っていない。さっきの戦いを振り返りながら、うわ言めいた言葉を呟く。


「で、どうやって殺したかって? えーっと……」


 その言葉を遮るように、“E”が低く唸る。


「……もういい。ヤツの代わりに――オレが殺すだけだ」


 怒気を孕んだ声で、目を細めた。

 そう言って、“E”は右腕を掲げる。


(……なるほど。安易に切り捨てたのは、即座に再生できるからか)


 透は、先ほど放り投げられた腕へと視線を向けた。


 そこには、はっきりと分かる形で、まだ腕(・)が残っている。

 透は迷いなく銃を展開して、引き金を引く。

 闇が蠢《うごめ》き、残っていた腕は一瞬で飲み込まれ、消え失せた。


「黒いモヤのような能力か」


 “E”は黒いモヤに視線を向けながら、冷笑を浮かべる。


「だが。その程度。“F”の能力なら。どうとでも対処できたはずだ」


「随分と、アイツのことを買ってるんだな」


「アレはオレが作った最高傑作だ。……全てを理解している」


「そうかい」


 透の口元がわずかに吊り上がり、次の瞬間。


「じゃあ、すぐ会わせてやるよ」


 透の姿は消え、“E”の目前に現れる。

 雷を帯びた双剣が、斜めに閃いた。


(真然流 刀剣術 竜狩り 双刃雷刀《そうばらいとう》)


 だが――切り裂けない。

 途中で刃が止まり、雷撃も通らなかった。

 斬ったはずの箇所は、金属とも異なる無機質な物質へと変質している。


 透は刀を引き抜こうとするが、動かない。

 内部で配線や金属片のようなものが絡み合い、刃を絡め取っている。


(……機械の体!?)


 直後。

 その体(・)が、爆ぜた。

 爆音とともに黒煙が広がる。

 視界が戻った時、透の身体は大きく損傷していた。


 だが、肉体はすぐに再生を始める。

 焼け爛《ただ》れた皮膚は元に戻り、砕けた骨が復元を始めた。

 透は即座に周囲へ視線を走らせ、“E”の存在を探す。


「波動量は減衰しているが……無傷というのはあり得ないと思っていた」


 いつの間にか、“E”はそこに立っていた。

 藤林が敗れた理由を噛み締めるように、感心した口調で言う。


「まさか。『再生能力』まで持っているとはな。なるほど……それなら、アヤツが負けるのも無理はない」


 透はその声を捉えた瞬間、踏み込み、


(真然流 格闘術 破猪《はちょ》)


 “E”の位置を正確に捉え、超速度で一直線に突進。

 そのまま、右拳を鳩尾へと叩き込んだ。

 衝撃と同時に、“E”の身体が粉々に砕け散る。


「……ッ!?」


 しかし、それは肉体の破壊ではなかった。

 砕けた破片は、水晶のような、生物とも無機物ともつかない物質へと変化し、鋭い先端を持つ針の集合体となる。


 次の瞬間、それらが一斉に透へと襲いかかった。

 突き刺さる――いや、違う。

 それは、縫い付けるような感覚だった。


(……拘束!?)


 針状の物質は透の身体を貫くだけでなく、

壁、床、柱へと伸び、深く突き刺さっていく。

 逃げ場はない。


「動けないだろう」


 再び別の柱の陰から、“E”が姿を現す。


「お前が近接戦闘を選んでくれて助かったよ。遠距離なら。いくつかの工程を踏む必要があったからな」


 拘束された透を一瞥《いちべつ》し、"E"は思案するように視線を細めた。


「さて……その『再生能力』だが。相当なレベルだ。“F”の能力を考えるに。再生阻害も可能なはずだが……それすら効いていない」


 “E”の声は、淡々としている。そして小さく息を吐き、


「となると―― 『呪殺剣』。こういう呪(・)い(・)という曖昧な概念の武器は。ヤツには作れなかった」


 “E”の手に、禍々《まがまが》しい剣が現れる。

 刃からは、不吉な気配が滲み出ていた。

 “E”はゆっくりと歩み寄り、剣先を透の胸へ向ける。


「では。これで終わりだ」


 その刃が透の胸を突き刺そうとした、その時。


「這い出し黒(ヴリトラ)」


 低く呟かれた言葉に応じるように、透の足元から黒い何かが湧き上がった。

 それは蛇にも似た形を取り、濁流《だくりゅう》のごとくうねりながら上昇する。

 黒は透の身体を縛っていた拘束ごと、そして“E”の手に握られていた禍々しい剣すらも、まとめて呑み込んだ。


 だが、濁流の中から人影が弾き出される。

 透は空中で体勢を立て直し、そのまま床へと着地した。

 そして、逃れたそれをじっと注視する。


「……コイツは俺が操作している。だから、確実にアンタを呑み込んだはずだ」


 透は静かに語った。

 だが、返ってきた声は落ち着き払っている。


「確かに。呑まれたさ。だが――オレは。逃れた。それだけのことだ」


 黒装束を纏っていない“E”の姿が、はっきりと目に入る。

 露わになった顔は、五十代、あるいは六十代に見えた。透は一瞬、彼の能力、そして彼の見た目について思考を巡らせる。


(複製……か? ショッピングモールの時と同じ原理か。だが――声から想像はしていたが……やはりな)


 透の口元が、わずかに歪む。楽しそうに、獰猛に、子供のように。


(歴戦の能力者……いや、暗殺者か。いつから裏社会を生きているのかは知らんが――手練だ)


「形ある物質しか呑み込めないと思っていたが……」


 老獪《ろうかい》な暗殺者は、先ほどの攻撃を冷静に分析しながら、透の目をじっと見つめる。


「波動体も。呪いの力も関係なしか。実に厄介だ。キサマの能力は『闇』だな。……なるほどな。そして。その眼。現実世界からオレの作った空間すら見えるとは」


 透の二つ目の能力は、『闇』。物質、エネルギーをすべて呑み込む能力。

 その附属として行使できる『波動を見る魔眼』。

 その『闇属性』能力は『聖属性』と同様に希少で異常な能力。

 その研究は、未だ進んでない。


「ああ、なるほど。純然たる暗殺者であるアヤツでは。確かに。その闇に対抗する光属性の武器は生成できまい」


「……まるで、自分は違うって言い方だな。アンタほどの歴戦の暗殺者なら、それこそ強力な光属性なんて、逆に持ってないはずだぜ?」


 透は挑発しながら、真っ直ぐ見据えた。


「複数ある能力の中に、そんな都合のいい切り札があるってのか?」


「見れば。わかる」


 すると、“E”はその挑発を受けて、ニヤリと口角を上げた。

 そして、その言葉と同時に――。


 暗殺者の背後から、もう一人の“E”が姿を現す。

 その手には、眩い光を放つ剣が握られていた。


 透は即座に判断する。

 銃を構え、光剣を持つ個体へ向けて――黒雷を放つ。

 だが、光剣を持たない方の“E”が、右腕を掲げた。

 黒雷は、まるで吸い寄せられるように、その腕へと収束していく。


(……避雷針!?)


 雷に耐えきれず、右腕は爆《は》ぜるように破壊された。

 その隙を突くように――光剣を持つ暗殺者が、透へと斬りかかる。


 透は寸前で身を翻し、刀で受け流した。

 数手、二人が斬り合う。

 しかし技量の差か、それとも積み重ねてきた修羅場の数か。

 徐々に、透は押され始めていた。

 剣先が、喉元を掻き切ろうとした――その瞬間。


「……ッ!?」


「暗技――双電」


 透は即座に後方へ跳ぶ。

 同時に、両手の刀へ一気に電流を走らせ、そのまま勢いよく投擲した。

 帯電した二振りの刀は、一直線に飛翔《ひしょう》し――光剣を持つ暗殺者の両肩へ、深々と突き刺さる。


 バチッ、と空気が弾ける音。

 電流が神経を焼き、一瞬だけ相手の動きが鈍った。

 その隙を、透は逃さない。


 着地するや否や刀を肩から一本抜き、刀身に雷を纏わせて一気に踏み込む。そのまま心臓めがけて突きを叩き込んだ。


 肉体が内側から破壊され、暗殺者はその場に崩れ落ちる。


(……動きが変わった)


 戦闘に加わっていなかった、もう一人の“E”がそう判断した。

 そして、光剣を持つ暗殺者は、ぴたりと動きを止める。


「――なるほど」


 低く、感嘆を含んだ声。

 だが、その言葉が終わる前に、透は踏み込む。

 刀を振り抜き、胴を断ち切ろうとする――が。

 寸前で躱された。

 刃が捉えたのは、薄皮一枚。


(……避けられた。コイツ、何かあるたびに話しかけて時間を稼ごうとするな)

 

 透は舌打ちしそうになるのを堪える。

 一瞬の攻防の中で思考を巡らせ、


(だがアリスの時は、もっと早い段階で能力を使ってきた。しかし俺相手だと、様子見が長い……)


 本当は、考える時間すら惜しい。

 だが、相手もまた同じだ。

 互いに、次の一手を測っている。


(アリスと俺の違い……。俺の時は、特殊な能力ばかりを使ってくる。だがアリスの時は、単純な属性《エレメンツ》と機械仕掛け)


 透は刃を構えたまま、思考を加速させ、脳裏に、これまでの戦闘が高速で再生される。


(『異空間』『属性能力』『機械仕掛けの肉体』『もう一人の自分』『再生能力』、能力が複数あるんじゃない。一つの能力として捉えるなら――)


 そこで、透は一つの結論に辿り着いた。

 そして笑みを浮かべ、テンションを上げる。


「アハハッ、イイネ!! 今日はとにかくイイ経験値を得られる日だ。こんな能力があるなんてな! なるほど、並行世界の『物』を持ってくる能力か」


 スッと切り替えて、思考を整理するように、低く呟いた。


「単純な能力は、腕を媒介にして引き出す。だから一々、腕から能力を起動させている」


 一歩、踏み出しながら続ける。


「逆に、特殊な能力――『異空間』や、『光属性』の能力。そして別の『自分』を引き出す時は、準備に時間がかかる」


 まるで答え合わせをするかのように、嬉々として語る透。


 だが、“E”は――自分の能力を見抜かれたというのに、表情一つ変えなかった。

 そこにあるのは、動揺ではなく、涼やかな余裕。“E”は肩を竦め、薄く笑う。


「……それが、答えか? 別に。正解かどうかは教えはしないがな。〔雷精の悪魔《ライトニング・ブラック》〕」


 その異名を呼ばれ、透は僅かに眉を上げた。

 そんな挑発を無視して、意趣返しのように“E”は挑発し返した。


「なるほど……それで? そう結論づけたのはいいが。どうするのだ?」


「それは、こうするんだよ」


 透は据わった目で、低く告げる。


「全て呑み込む黒(ウロボロス)」


 両手を床についた、その直後だった。

 床一面が、黒に染まる。

 否――透が生成した闇が、床を這い、瞬《またた》く間に広がっていく。

 壁も、柱も、すべてを呑み込み始めた。


「奥の手中の奥の手だ!! これなら!! どんだけ速く光の能力を持ってこようが、間に合わねぇよな!」


「……ぐっ、まだ……これほどの波動量が残っていたとは……」


 透は闇の中心で、歯を剥く。

 “E”は瞬時に左腕から巨大な炎を生成した。

 本来なら光の能力を引き出したいところだが。

 それでは時間がかかりすぎる。


 だが、巨大な炎は、地面から蠢く闇に喰らわれていった。


 その光景を見た瞬間、透は踏み込んだ。

 いくら全て呑み込む黒(ウロボロス)でも、能力者そのものを完全に呑み込むには、それなりの時間が要《い》る。

 透は、その隙を逃さない。

 刀を、突き立てる。


 同時に――“E”もまた、相打ち覚悟で心器のナイフを展開し、突き出した。

 刃と刃が、互いの胸を貫く。


「相打ち覚悟とは……らしくないんじゃないのかい、殺し屋?」


「仕方ないさ」


 “E”は静かに、事切れそうになりながら答える。


「波動量が尽きかけている。……とはいえ。それはキサマも同じだろう。現に砲撃ではなく。近接戦を選んだ」


 “E”は知らない。

 透の『再生』が、波動を必要としないことを。

 もっとも。それを教えてやる義理はない。

 透は、“E”が完全に事切れるまで、刃を引かなかった。


 バックアップの存在を警戒し、透は周囲を探る。

 数秒。新たな敵意も、襲撃の兆《きざ》しも、どこにもなかった。


 その直後、空間がひび割れる音が聞こえる。

 異空間が解除された。


 つまり、すべてが、終わったのだ。


「……ガハッ!? ……あー……」


 透の意識が、急激に揺らぐ。視界が滲み、足元が覚束なくなった。


「そういえば、時間制限あったな。久々に起動させたせいか……忘れてたな」


 独り言のように、掠れた声で呟き、


「ホント、この副作用は厄介だ……しかし……久々だな、この異常な睡魔……」


 抗おうとするが、限界だった。

 透は、その場に倒れ込み――深い眠りへと落ちていく。


 こうして。すべての戦いは、終わりを迎えた。

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